最も「しがらみ」のない団体だから、できること──MSF日本会長が語るウクライナとガザ、紛争地での医療援助とは

2024年02月14日

紛争の激化から2年。国境なき医師団(MSF)はウクライナで医療・人道援助活動を続けてきた。紛争地での援助は、なぜ必要なのか。MSFがウクライナなどで活動する意義は。世界各地で医療活動を続けてきた、医師でMSF日本会長の中嶋優子が語る。

MSF日本会長の中嶋優子とウクライナのスタッフ © MSF
MSF日本会長の中嶋優子とウクライナのスタッフ © MSF

ウクライナで感じた北海道、そして日本との共通点

私がウクライナに行ったのは2022年11月のことです。普段の医療活動での派遣とは少し異なり、医師としてよりもむしろ、MSF日本の会長として向かいました。現地活動を視察して状況を把握し、今後の活動方針を検討するためです。首都キーウと西部ビンニツァなどで、リハビリの支援や移動診療といった活動を見てきました。

私は札幌医科大学で医学を学んだのですが、ウクライナの気候は北海道と似ています。人びとの暮らしぶりも共通していて、厳しい寒さの中、外ではコートなどで厚着するのですが、屋内は暖房で暖かくして薄着で過ごします。しかしウクライナの人びとは、戦争によって今、その「当たり前の暮らし」ができなくなっています。十分な暖房がない中で冬を過ごす厳しさは、ご想像いただけると思います。

そして、ウクライナと日本には、生活習慣にも共通点があることに気づきました。例えば、一般的な欧州の習慣と異なり、ウクライナの人は靴を脱いでから家に上がります。車の運転の仕方を見ていても、ハザードランプをつけて意思を知らせてきたりするやり方は、日本と同じだと思いました。

ウクライナでの活動と、MSFの強みは

ウクライナはもともと、医療制度が比較的整った国といえます。しかし、戦乱で急に需要が増えた部分が露呈し、その迅速な強化が必要になりました。

例えば、ウクライナは今、負傷した人びとのリハビリを行う理学療法士を必要としています。もちろんウクライナにも理学療法は存在したのですが、戦乱によって負傷した多くの患者さんに対応できるほどの質と量ではなかったのです。MSFはそこへの支援が必要と判断し、日本を含め各国から理学療法士をウクライナに派遣して支援するとともに、ウクライナ保健省と協力し、理学療法士の育成にも取り組んできました。

移動診療のプロジェクトも行っています。例えば大学の寮に避難した高齢者で、慢性疾患を抱える方は少なくありません。しかし、それまで服用してきた薬が足りなくなっている。そこで、基礎医療のため避難所などを回る、移動診療を続けてきました。

私が訪れた避難所では、すごい数の患者さんが並んでいました。皆さんがMSFを信頼し、私たちが来るのを待っていらっしゃるのです。こういった需要を素早く見出し、すぐ活動に入れるところは、MSFの強みです。

ウクライナで © MSF
ウクライナで © MSF

ウクライナではまた、心のケアも急務です。以前は精神疾患がそこまで注目されていない部分もあったようで、例えば心的外傷後ストレス障害(PTSD)やうつへのケアが不足していました。そこで、MSFが現地で「PTSDは誰にでも起き得る。PTSDに悩むことは恥ずかしいことではない」といった啓発活動を行ったことで、診察を受ける患者さんが増えるということも起きています。

紛争地の医療援助といえば、爆弾が落ちて大量の負傷者が搬送され、救急対応するというイメージが一般的にあると思いますが、それ以外でもたくさんのニーズがあるということなんです。

医療システムがカバーする範囲は、非常に広いのです。救急・急性期への対処から慢性疾患、社会復帰に向けたリハビリなど、いろんな職種、いろんな資材が必要です。ニーズを見つけて素早く対応し、そのニーズが減れば、あるいは現地で対応が可能になれば引き継いで、別の新たな活動に移る。そのスピード感は、MSFの強みだと思っています。

ウクライナで右腕と右脚を失った男性に理学療法を行うMSFの理学療法士 © Pavlo Sukhodolskyi/Voice of America
ウクライナで右腕と右脚を失った男性に理学療法を行うMSFの理学療法士 © Pavlo Sukhodolskyi/Voice of America

理学療法でつながるウクライナとガザ

私は昨年11月、医療活動のためパレスチナ・ガザ地区に入りました。その時、ウクライナとの縁を感じる出来事がありました。
 
私はエジプト側のラファ検問所からガザに入ったのですが、私を含め13人の国際派遣スタッフに加え、2人のパレスチナ人スタッフも一緒でした。
 
2人はガザで経験を積み、それをウクライナに伝えるために派遣されていた理学療法士だったのです。

深刻になる人道危機で力を発揮する「しがらみ」のなさ

ウクライナやガザをはじめ、世界各地で人道危機がますます深刻になっています。MSFは、世界の医療・人道援助団体の中で最も「しがらみ」がなく行動できる組織といえると思います。

財源の9割以上を民間の皆さまからのご寄付をもとにしており、政府などからの大口補助に依存していないことが、その理由です。 しかも、幸いなことに日本だけでも年100億円を超えるご寄付を、40万人を超える方々から頂いています。力強いご支援を背景に、医療人道物資を世界規模で送る物流システムを自前で整え、誰にも忖度せず、純粋な医療・人道支援ニーズに基づいて出動できる体制ができています。

特にその力を感じたのは、ガザでの活動でした。

医薬品などの物資を独力で送り込み、手厚い情報収集や関係各方面との交渉などを通じて安全を確保する能力があります。もちろん、紛争地に100%の安全は存在しないのですが、スタッフとしてMSFの判断に信頼を置き、必要な医薬品や機材を手に活動を続けることができます。

ガザで活動する中嶋優子  © MSF
ガザで活動する中嶋優子  © MSF

現場で感じるやりがい、そして支援への感謝の思い

私がMSFに入りたいと思ったのは、高校生の頃でした。医療を必要としている人びとがいる地域 で活動を続ける姿を報道などで知り、「かっこいいな」と思ったのです。自分もそうなりたい。同じ人間同士、困ってる人がいて、自分がそこに行けるのならば、手助けに行きたい。もう本当に、直感的に、本能的にそう感じました。

実際に活動に加わると、やりがいや喜びを感じることはたくさんありました。例えば、現地の子どもたちとの触れ合いであったり、現地のスタッフと冗談を言い合ったり、ちょっとほっこりするような話題を聞いたりと、人間同士で笑い合える瞬間があるのです。

ガザの子どもたちと © MSF
ガザの子どもたちと © MSF

もちろん、自分たちが治療した患者さんが良くなったら嬉しいし、ご家族が喜んでくれることも嬉しい。そして、私たちのような外国人が来たことを、「自分たちのためにわざわざ来てくれた」と現地の人が喜んでくれることが嬉しい。「自分たちは決して見捨てられていない」と希望を感じていただけることは、大きなやりがいです。

改めて申し上げますが、私たちが現地でしっかり活動できるのは、ご支援者さまお一人お一人あってこそです。そして活動から戻り、SNSなどであたたかいコメントを頂いたり、講演のお誘いを頂いたりするたびに、ありがたいなと感じています。

これからも多くの方にMSFのウクライナ、そして世界各地での活動を応援いただけるよう、心から願っています。  

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