理学療法と心のケア──ウクライナの戦傷者をリハビリで支える

2024年02月13日
右足とほぼすべての視力を戦争で失った27歳の患者。MSFの理学療法士とリハビリに取り組んでいる © Pavlo Sukhodolskyi/Voice of America
右足とほぼすべての視力を戦争で失った27歳の患者。MSFの理学療法士とリハビリに取り組んでいる © Pavlo Sukhodolskyi/Voice of America

いま、世界で最も多くの地雷が埋められている国はどこだろうか?
 
それはウクライナだ。2022年2月からのロシアによる全面攻撃に伴い、ウクライナはいまや地雷敷設量で世界最多の国となっている。ウクライナ非常事態庁の推計によれば、ウクライナ領土の約3割(17万平方キロメートル)が、地雷と不発弾で立ち入り不能な状況にあるという。

とりわけ地雷が多用されているのは、東部や南部の戦闘地──ドネツク州、ヘルソン州、ハルキウ州だ。現地の病院は、殺到してくる患者たちに向けて、応急処置によって容体安定を図り、必要に応じて外科手術も行う。

これらの地域の医療施設に負担が集約するのを避けるため、患者たちは、その後、首都キーウや西部の都市ビンニツァなど、比較的安全な地域の病院に転院し、引き続いて治療やリハビリに入っていくことになる。

ウクライナ社会政策省によると、2022年2月のロシアによる攻撃が激化して以来、手足の切断や複雑なけがにより障害を持つウクライナ人は30万人も増えた。この状況を受けて、術後のリハビリに対応する専門家──とりわけ理学療法士が大量に必要となっている。 

理学療法のニーズが急増

国境なき医師団(MSF)は、2022年半ばより、このニーズに応えるための活動に入った。ビンニツァおよびキーウの病院において、戦闘で負傷した患者たちの早期リハビリを中心とするプロジェクトを開始したのである。
 
両都市とも、戦闘負傷者たちにとっての避難地域となっている。MSFは、ウクライナの保健省および内務省と協力して、患者の回復支援に取り組むほか、エビデンスに基づいた先進的なリハビリを図ることとなった。

MSFの理学療法士ビクトリーア・バンツァロウスカは、次のように語る。
 
「ウクライナでは、理学療法があまり普及していないんです。だから、理学療法士の数も少ない。現在、私たちが治療しているのは、切断、多発外傷、神経損傷です。最初はショックで見るのもつらいものがありました。それまで戦争による外傷など見たこともなかったんです」

MSFの理学療法士、ビクトリーア・バンツァロウスカ © Verity Kowal/MSF
MSFの理学療法士、ビクトリーア・バンツァロウスカ © Verity Kowal/MSF

MSFは、アフガニスタン、イエメン、ガザ、スーダンなどの紛争地域で経験を積んだ理学療法士たちを招いて、理学療法の最新技術やその実用経験について共有した。現地の医療スタッフや医療系大学生たちのスキル向上につなげるためだ。エビデンスに基づいた先進的リハビリについて、何十回にもおよぶ研修も実施している。

アンドリーさんに理学療法を施すビクトリーア © Verity Kowal/MSF
アンドリーさんに理学療法を施すビクトリーア © Verity Kowal/MSF
ビクトリーアも次のように語る。「私たち参加者は、義肢装具の前準備として患者の断端をどう治療すればよいかを学びました。さまざまな国から来たスタッフからアドバイスを受ける機会をもらえて、私たちも大いに助かっています」

平行棒、フィットネスボール、壁うんてい──MSF理学療法チームは、ストレッチやエクササイズに関して、多様なテクニックを患者治療に取り入れられるようになった。 患部がある手足の神経終末部損傷を受けて、急性あるいは慢性的な痛みを覚える患者も多かった。こうした痛みを和らげるため、経皮的電気神経刺激(除痛を目的とした低周波通伝を行うツボ表面刺激療法)も導入された。
 
このリハビリ・プロジェクトが始まって以来、MSFは、668人の患者に向けて、1万9000回以上の理学療法セッションを実施してきた。

ビンニツァの病院で治療を受けている1人、アンドリーさんは次のように話す。
「7月にドネツク州で地雷を踏んでしまったんです。それから6回の手術を受けました。右足は切断され、左腕の神経もダメージを受けています。理学療法士の方たちは、いつも新しい活動やアプローチを試してみましょうと言ってくれます。理学療法がなかったら、私の身体は、もう動けなくなっていたでしょう」
さまざまな方法で理学療法に取り組む © Verity Kowal/MSF
さまざまな方法で理学療法に取り組む © Verity Kowal/MSF

心のケア

リハビリ・プロジェクトの一環として、MSFは心のケアにも取り組んでいる。心理カウンセリングを通して、患者がトラウマ的体験を乗り越え、理学療法を続けていくモチベーションを高めようというものだ。新たな身体と生活環境に早く馴染んでもらおうという狙いもある。508人の患者が合計2638件の心理カウンセリングを受け、110件の心理社会的グループ・アクティビティも実施された。

脚を切断した人びとのために心のケアの中で重要なものの一つが「ミラーリング」というエクササイズだ。 これは、残った脚と断端の間に鏡を挟んで行うものである。患者は鏡に映った自分の脚を見て動かすことで、両手足を動かす感覚をつかむことができる。
 
この間、MSFの心理療法士が患者をサポートし、動きをどう感じるか話し合っていく。患者は現在の身体に対する不安を語っていく。このエクササイズを通して、将来着ける義肢を受けいれやすくなる効果が生まれる。ミラーリングエクササイズは、いわゆる幻肢痛(切除後、体のなくなった部分に痛みや不快感を体験する現象)の対策としても有効である。患者は鏡を見ながら、実際の手足をさすったり動かしたりすることで、架空の痛みに対処できる。

馬を使ったセラピーを受ける患者たち © MSF
馬を使ったセラピーを受ける患者たち © MSF
治療やリハビリは、長丁場になることも多い。重傷患者のなかには、数カ月にわたって入院するケースもある。そのため、心理社会的アクティビティを実践したり、環境の変化を試みたりすることは、患者の心の健康を守る上で重要だ。

MSFの心理療法士とソーシャルワーカーは、動物園や映画館などへのレクリエーション、釣り旅行などを企画することがある。さらに、義肢装具や整形外科の見学イベントを定期的に実施して、医師たちから義肢装具の種類や選び方について説明を受ける機会も作っている。
 
なかには、そうした旅行に参加できない健康状態の患者たちもいる。そうした人びとのために、MSFでは、病院の庭を活用して、アート創作活動やバーベキュー大会なども開いている。馬や犬の調教師を招くこともあった。
 
こうした活動は、患者たちにとって息抜きになるし、負傷する以前にしていたことが今もできるんだという自信につなげることもできる。

次のステップへ

ビンニツァとキーウにおけるMSFのリハビリ・プロジェクトは18カ月に及んだ。2023年12月、MSFは、今回のプロジェクトをフランスのNGOメアド(Mehad)に引き継いだ。保健医療と開発事業を手がける団体だ。理学療法士や心理療法士を含む専門スタッフは、メアドが引き続き雇用することになった。引き継ぎに際して、MSFは、医療機器、事務機器、車両2台などを寄贈している。

ウクライナでは戦争が続いている。地雷や爆発、砲撃による負傷者は後を絶たず、リハビリのニーズも高まる一方だ。MSFは、北西部の都市ジトーミルでの理学療法支援や、中部の都市チェルカーシでの新たなリハビリ・プロジェクトを通し、今後もウクライナ保健省を支援していく。

チェルカーシは戦闘の最前線にかなり近いため、負傷してから数日で病院に運ばれる患者も多い。MSFは、手術や手足切断を受けた人びとに向けて、すみやかにリハビリを実施している。患者が回復を目指していくプロセスにおいて、リハビリは極めて重要だ。理学療法が遅れると、関節が固くなり、そのあと義肢装具を使おうにも使えない恐れが出てくるからだ。

最後に、チェルカーシとジトーミルにおいてMSFプロジェクト・コーディネーターを務めるカテリーナ・セルビナが、次のように語った。

「MSFには、理学療法、心のケア、看護ケアにあたる多職種連携チームがあります。ここが、戦争で負傷した人びとに向けて、迅速かつ包括的な治療にあたっているところです。MSFは、ウクライナ保健省と緊密に連携しながら活動しています。戦争という難題に直面しながらも、保健省は精力的に動いています。MSFチームは、保健省スタッフを支援しながら、この国のリハビリ体制に貢献できるよう取り組んでいきます」

リハビリ・プロジェクトでMSFのソーシャルワーカーと対話する、手足を切断した患者 © MSF
リハビリ・プロジェクトでMSFのソーシャルワーカーと対話する、手足を切断した患者 © MSF

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