もう孤独ではない──ウクライナ、激戦の地で地元医療者と共に

2022年05月20日
激しい戦闘の続く中で医療現場に立ち続けた、ホストーメリのオレーナ・ユズバク医師 © Alexander Glyadyelov
激しい戦闘の続く中で医療現場に立ち続けた、ホストーメリのオレーナ・ユズバク医師 © Alexander Glyadyelov

ウクライナの首都キーウ(キエフ)近郊のホストーメリ。2月25日から4月初めにかけて残虐な戦闘の舞台と化し、一時はロシア軍の支配下に置かれた。いま国境なき医師団(MSF)は、破壊された町で地域の医師たちと医療援助に当たっている。ここで医師たちは何を目撃し、何を思うのか。写真とともに伝える。

小分けして配った医薬品

「開戦直後の数日間で戦闘に巻き込まれたホストーメリの状況は、悲惨としか言いようがありませんでした。爆弾で負傷した人や打撲を負った人たちなど、町は大勢のけが人であふれていたのです」と、オレーナ・ユズバク医師は振り返る。

「何が起きているのか誰にも分かりませんでした。皆が恐怖を感じていて誰かに安心させてもらう必要があったのです。あのようなことへの備えなどできていなかったのですから」
 
ユズバク医師は、それからの数週間、全力で治療を続けた。「ロシア軍に占領されている間は常に複数の兵士がこの診療所に座っていました。とても危険だったので、私自身は地域の中を動き回ることはできませんでした。代わりに、近所の人が私のもとへ薬を持ってきてくれたのです。私もいくらか薬の在庫がありました。

そこで、薬をハサミで切って、必要な分だけ配る方法をとりました。抗菌薬が必要な人もいれば、高血圧の薬を飲む人もいました。あるもので何とかしていたんです」とユズバク医師は話す。

地域のボランティアや医療者が、患者に薬が届くよう協力した  © Alexander Glyadyelov
地域のボランティアや医療者が、患者に薬が届くよう協力した © Alexander Glyadyelov

破壊された町を前に言葉を失い

ホストーメリでの戦闘が終わってロシア軍が撤退したとき、民間インフラへの被害は尋常ではなかった。MSFの緊急対応コーディネーター、アニャ・ウォルツはこう話す。

「他の人たちと初めて地域を回った日、車の中で誰一人として口を開かなかったのを覚えています。目の前には信じられないような光景が広がっていました。数えきれないほどの戦車の残骸や、焼け焦げた車の数々。破壊の有様は想像を絶するものでした。
 
その時、誰からともなく互いに尋ね合い始めたのです。『調子はどう? 私は何とか生きのびたけれど、夫と息子はだめだったの……』。その時点でようやくこれは現実だと考えられるようになりました」

攻撃を受けた建物。インフラは大きな被害を受けた   © Alexander Glyadyelov
攻撃を受けた建物。インフラは大きな被害を受けた  © Alexander Glyadyelov

戸別訪問で住民を支える

戦闘が落ち着き、比較的安全な状態になってすぐ、MSFのチームはユズバク医師や他の医療従事者に協力して、ホストーメリでの診療再開に向け活動を開始した。
 
「最初の1週間に行ったのは戸別訪問です。私たちは医師のレイチェルと一緒に、不眠症などの不調に対処できるよう、住民のサポートに当たりました。皆私たちに会えてとても喜んでいました。比較的安全になったこと、そして誰かが治療しに来てくれるなど信じられなかったのです。

町に帰ってくる医師はどんどん増えています。いま私たちは救急の医療援助をすると同時に、現地の診療所に医師を派遣しています」とMSFのカテリーナ・キーチャは話す。

ホストーメリで育ったスビャトスラフ・アダメンコ医師も住民を助けようと帰ってきた医師の一人だ。
 
「戦闘中もここから離れなかった人たちは、ほとんどが高齢者や重病人で、逃げることができなかった人たちです。慢性疾患の患者が多く、高血圧やぜん息のほか、寒い季節に地下室で生活していたため肺炎を患う人もいます。

入院が必要な急性期の患者さんも数人診ました。その中には、肉離れを起こしたおじいさんもいて、2週間ほど寝かせてから、医療搬送することにしました。いまここでは、彼を助ける人員や設備が足りないからです」とアダメンコ医師は話す。

患者には慢性疾患を患う人や高齢者が多い © Alexander Glyadyelov
患者には慢性疾患を患う人や高齢者が多い © Alexander Glyadyelov

心のケアが必要な高齢者たち

MSFのチームには心理療法士のユリア・コルジがいる。1日に10人以上の患者を担当し、グループカウンセリングと個別カウンセリングの依頼にも応えている。彼女はすぐに、患者の多くが心のケアを必要としていることに気づいた。
 
「最初は、強くて自分で何でもできる高齢者に心のケアは必要ないだろうと思っていました。でもここに来たら、その考えは変わりました。彼らが経験したことや考えていることを、誰かに話す機会が必要だと気づきました。

話をすると、人は自分の問題を明らかにし、心を開いて何が必要なのか口に出すようになります。コミュニケーションを取り始めると、自分には心の不調があり、対応する必要があると理解するのです」

患者の一人に、指の切断手術を受けざるを得なくなった男性がいた。

「彼は幻肢痛(なくなった部分に痛みなどの感覚を覚えること)を感じ、どうやって生きていこうか、どうやって働こうか考えると苦しくなると私に話しました。
 
彼はプログラマーでしたから、指がないと仕事にならないのです。私たちはなんとか、彼がこの状況から抜け出し、再就職できる方法を探しました。何か彼が気に入るような仕事はないかと。彼はこれから指のない生活を送り、この現実に適応していかなければならないのですから」

心理療法士のユリア・コルジ。心のケアが多くの高齢者に求められていると話す  © Alexander Glyadyelov
心理療法士のユリア・コルジ。心のケアが多くの高齢者に求められていると話す  © Alexander Glyadyelov

「私はもう孤独ではない」

少しずつ人が戻り出したホストーメリでは、ガス、水道、電気などのサービスも復旧してきている。ボランティアによる掃除も行われ、町は元通りになりつつある。しかし、治療には長い時間がかかるし、戦争はまだ終わっていない。その中で、ウクライナの医療者たちは、心のケアも含めて救急と長期的な医療ニーズに対応し続けている。
 
「私はもう孤独ではありません」とユズバク医師は話す。「協力し合える人たちがいて、医療チームを組めるんです。みんなで力を合わせています。医師は一人では仕事ができません。今日は、町の診療所の一つで外来診療を行いました。血とゴミで汚れていたので掃除し、窓もふさぎました。

快適に過ごすためにできることはごくわずかでも、続けていきます。少しずつ、この町の状況はよくなっていくはずです」 

ユズバク医師と抱き合うMSFのスタッフたち  © Alexander Glyadyelov
ユズバク医師と抱き合うMSFのスタッフたち  © Alexander Glyadyelov

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