治るはずの結核、治療できず手遅れに 患者を守るには

2019年01月25日

マラカル文民保護区のMSF病院で結核の治療を受ける難民の男性(2017年7月撮影) © Philippe Carr /MSFマラカル文民保護区のMSF病院で結核の治療を受ける難民の男性(2017年7月撮影) © Philippe Carr /MSF

始まりは激しい咳。痰に血が混じっている。そのうち寝汗をかくようになり、高熱も出る。細菌が肺の組織を破壊し始めた兆しだ。やがて、ひどく疲れやすくなって食欲がなくなり、体重も落ちていく……。これは肺結核の症状だ。治療しなければ、感染した人は衰弱してやつれ、肺に水がたまって慢性呼吸不全を引き起こす。ここまで進行すると、治療は手遅れだ。患者は亡くなってしまう。

こんな症状を持つ人が、南スーダン難民キャンプに大勢いる。国境なき医師団(MSF)は、南スーダン北西部にある上ナイル州マラカル文民保護区で結核隔離病棟を備えた病院を運営している。 

痩せほそり、やつれた体

MSF病院から臨むマラカル文民保護区の眺め (2016年10月撮影) © Fabio Basone/MSFMSF病院から臨むマラカル文民保護区の眺め (2016年10月撮影) © Fabio Basone/MSF

ベッドの端に腰掛けた男性患者。痩せ衰えた身体に、サイズが合わない汚れたビジネススーツを着ている。年老いた母親は、他の訪問者と同じようにマスクをつけて感染を予防しながら、息子の身なりに小言を言っている。

息子はよくなっている——母親はそう言い張っているが、男性は虚ろな様子でほとんど口をきかない。あまりにやせてしまって、しわくちゃで染みのついたスーツのウェストを紐で結んで、ベルト代わりにしている。床の上には、唾液をためておくボウル。男性の結核は進行しているけれど、体力を取り戻すチャンスはまだある。ただ、そのためには適切な薬と治療を受けなくてはならない。

MSFはマラカル保護区と近隣の町の住民に、結核の入院・外来治療をしている。南スーダンの公的統計によると、2017年には新たに1万1364件に結核の確定診断が下り、感染の可能性がある合計2万440人の住民のうち3510人が亡くなった。ヨーロッパ連合(EU)の平均値と比べると、ほぼ13倍だ。ただ、紛争の状況下では医療機関がなかったり機能していなかったりするため、結核に関する正確な統計を取ることは不可能に近い。実際の結核感染者数は統計よりはるかに多い可能性がある。 

キャンプ生活は感染の好条件

難民キャンプは居住スペースがなく、感染症が広がりやすい環境にある(2017年8月撮影) © Raul Fernandez Sanchez/MSF難民キャンプは居住スペースがなく、感染症が広がりやすい環境にある(2017年8月撮影) © Raul Fernandez Sanchez/MSF

結核は多くの場合、かなり進行してからでも治療できる。それが、アフリカで最も新しい国、南スーダンにとっては悲劇でもある。治療しないまま、ほかの人へ感染を広げている可能性があるからだ。マラカルのMSF医師、ハリー・アイクナーは、「結核菌に感染しても、免疫系がしっかりしているため長いこと結核と分からず、具合が悪くならないまま生きている人が大勢います」と話す。

また、結核という病気はさまざまな器官で起こりうるが、南スーダンでは肺結核が診断の最多を占め、全体の8割に達している。「難民キャンプは、間隔をつめて建てられた小屋に大勢の人が詰め込まれ、互いに折り重なるようにして暮らしている場所ですから、空気を介して人から人へうつりやすいのです」

建設以来、マラカルのキャンプは常に人口過密の状態にある。現在、このキャンプで1人に割り当てられているスペースは14.5m2。2年前は倍の人口が暮らしており、さらにひどい状況だった。今でも、肺結核のまん延に絶好の条件がそろっていることは変わりない。それでも、マラカルの患者は診療を受けられるという点では幸運だ。

紛争が治療の邪魔をする

マラカル保護区内ではマリサと呼ばれるモロコシから地酒が作られ、広く飲まれている(2018年1月撮影) © Philippe Carr/MSFマラカル保護区内ではマリサと呼ばれるモロコシから地酒が作られ、広く飲まれている(2018年1月撮影) © Philippe Carr/MSF

紛争という状況下では、結核の診断や治療は想像を絶するほど難しい。マラカルの患者の大半が、前線が近づくたびに家族で持てるものをつかんで林や森に避難してきた人たちだ。結核患者は、命にかかわる薬と治療が得られなくなる。

治療が続けられないと、結核菌は状況に適応して強くなり、薬への耐性を獲得する。別の薬が必要になるが、耐性菌に効く薬には毒性があり、丁寧なモニタリングも必須だ。治療が難しくなり、回復までの期間も長びく。

アルコールも結核治療に大きな影響を与えている。戦闘地域での生活はストレスが大きく、アルコールや薬物乱用に走る人も多い。マラカル保護区では、MSFの結核病棟で治療する多くの患者が多量に飲酒する習慣があり、週に6米ドル(約656円)をお酒に費やしている。仕事がなく、ほとんど誰もが人道援助団体の援助で生き抜いているような場所では、これは途方もない金額だ。

アイクナー医師は、「難民キャンプの生活によるストレスでしょうが、アルコールの乱用は免疫を弱め、結核に悪い影響があります。過剰な飲酒は治療薬にも影響し、肝機能が悪化する場合があります」と語る。

さらに、栄養のある食べ物が手に入らないことも問題だ。国境を越えたスーダン・白ナイル州の難民キャンプには2017年だけで5万3000人が南スーダンから避難し、人の移動とともに結核も広がっている。MSFはスーダンのコル・アル・ワラル難民キャンプとアル・カシャファ難民キャンプで結核治療プログラムを続けている。ここで手に入る食べ物はソルガムとよばれる穀物だけ。栄養状態が悪いと免疫も弱まり、せっかく結核が治っても再発してしまう。

コル・アル・ワラル難民キャンプで准医師を務めるユモ・アロプ・アジンは「薬をのみはじめると、代謝が高まり急に食欲が出てきます。そこに食べ物がないと、空腹が耐え難いほど苦しくなって、ときには薬をのむのを完全にやめてしまう患者もいるのです」と説明する。 

適切なケアは患者の人生を変える

スーダン白ナイル州のMSF病院で診療を待つ人びと(2016年12月撮影)© Philippe Carr/MSFスーダン白ナイル州のMSF病院で診療を待つ人びと(2016年12月撮影)© Philippe Carr/MSF

MSFは、南スーダンとスーダンの国境の両側で、人びとの避難ルートに沿って活動し、難民が増えるにつれて変わっていくニーズに対応している。スーダンのコル・アル・ワラル難民キャンプでは、専門的な結核治療を受けていた190人の患者のうち、66%が完全に治癒した。

MSFは難民だけでなく、難民を受け入れる地域住民も治療をしている。ハメイア・ハメド・カメアさんは高齢のスーダン人女性で、結核に脊柱を冒されて寝たきりだった。MSFの治療で人生が大きく変わった1人だ。「友人と家族に助けられて、MSFの病院に行きました。よそだと治療に大金がかかるし、間違った診断をされたこともあるんですよ」

南スーダンの戦争は大勢の死者を出しているだけでなく、結核という「治るはずの病気」を致命的な病気に変え、公衆衛生上の危機を生み出している。医療体制が整備され、全ての患者にケアが行き届いたなら、この病気に感染して命を落とす人の数は減るだろう。

国際社会は、南スーダンの医療体制を支援するためもっと手を尽くすべきだ。医療従事者、医療機関と物資供給などへ資金援助することで、困難の中でも、南スーダンの人びとの日常に大きな変化をもたらすことができるはずだ。 

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