止まらぬ血、遠すぎる医療──内戦続くスーダン 妊婦が置かれた過酷な現実

2025年04月07日
ロバに乗って1時間かけてMSFの移動診療所に到着した38歳女性。5人目の子どもを妊娠しているという Ⓒ Belen Filgueira/MSF
ロバに乗って1時間かけてMSFの移動診療所に到着した38歳女性。5人目の子どもを妊娠しているという Ⓒ Belen Filgueira/MSF

内戦状態が続くスーダン。とりわけ、ダルフール地方では、医療危機と人道危機が深刻だ。現地では、機能している医療施設がわずかしかない。

ここでは妊娠した女性は、医療を求めて過酷な「旅」を強いられる。道中は、不安定な治安、相次ぐ検問といった障壁が立ちはだかる。交通手段も不足しており、しかも運賃は高額だ。妊婦は、徒歩やロバで病院まで向かうしかない。その過酷な「旅」が、出産時の合併症や流産、ひいては妊婦の死につながることすらある。

国境なき医師団(MSF)は、スーダン全18州のうち10州で活動を行っている。2年近く続く紛争が、女性たちに何をもたらしてきたのか──。ダルフール地方の活動現場から伝える。

歩いて病院を目指す妊婦たち

ダルフール地方は5つの州に分かれる。中でも、西ダルフール州と中央ダルフール州では、都市部から離れるほど伝統的な方法による自宅出産のケースが多い。医療施設はわずかしかなく、遠く離れており、道中の治安も悪い。交通費も高額だ。それゆえ、妊婦たちは、医療を受けるのをためらう。ようやくケアを受けるのは、合併症が生じたあとになることが多い。妊婦自身の命も、新生児の命も、大きな危険にさらされることになる。

世界保健機関(WHO)によると、ダルフールでは、医療施設の7割がほとんど機能を失っているか、あるいは、完全に閉鎖されているという。ダルフールは、近年における世界最悪レベルの人道危機に置かれており、何百万もの人びとが、必要な医療を受けられない状況だ。

「ある母親は自宅で出産したのですが、胎盤を排出できず、出血が止まらなかった。家族たちは、彼女を病院まで運ぶことにしました」

中央ダルフール州にあるザリンゲイ病院で、医療チームリーダーを務めるウェンデマゲグ・テフェラ・ベンティはそう語り、続けた。

家族は彼女を背負って1日中歩き続けました。しかし、病院に到着した時には、彼女はすでに出血多量で亡くなっていたのです。

ウェンデマゲグ・テフェラ・ベンティ、医療チームリーダー

生後1カ月のわが子とともに治療室で休息をとる20歳女性ファトナさん。病院に辿り着くまでに歩いて2時間かかったという Ⓒ Belen Filgueira/MSF
生後1カ月のわが子とともに治療室で休息をとる20歳女性ファトナさん。病院に辿り着くまでに歩いて2時間かかったという Ⓒ Belen Filgueira/MSF

紛争は妊婦に何をもたらすか

スーダンでは、現在も内戦が続いている。紛争は、妊婦にも新生児にも深刻な影響を及ぼす。とりわけ早産が増えるのだ。紛争によって、生計手段を失う人びとは多く、食料や清潔な水も手に入らなくなる。その結果、多くの妊婦は、栄養失調のまま病院に運ばれてくる。そのため、早産のリスクが高くなるわけだ。新生児もまた栄養失調に陥りやすく、生命と健康を守るために入院に至るケースも多い。

西ダルフール州の病院で、産科ケアを受けていた女性(35歳)は次のように語った。

「子どもたちをどうやって食べさせるか、とても苦労しています。それに、妊娠中にも働き続けていたせいか、今回の赤ちゃんは、生まれたときは低体重でした。医療を受けにくい状況にありましたが、MSFのおかげでなんとかなりました」 

ダルフール地方にある病院の待合室にて患者たちと対話するMSFスタッフ Ⓒ Belen Filgueira/MSF
ダルフール地方にある病院の待合室にて患者たちと対話するMSFスタッフ Ⓒ Belen Filgueira/MSF


MSFの支援するザリンゲイ病院は、約50万人の地元住民をカバーする唯一の専門病院(二次医療施設)だ。現地で出産に対応できる医療施設は、ここしかない。ザリンゲイ病院の手術室では、MSFの医療チームが、毎月40件以上の緊急帝王切開を行なっている。

ダルフール地方で暮らすアファフ・オマル・ヤヒヤさん(35歳)は、妊娠後期に入り、自宅で激しい腹痛に襲われた。交通手段が事実上ないため、彼女は、ロバに揺られて、何時間もかけてザリンゲイ病院に辿り着いた。しかし、そのとき、流産していることを医師から告げられた。さらには、母体を守るために緊急帝王切開が必要であることも伝えられた。

赤ちゃんを失いました。私にとって何よりもつらいことでした。

アファフ・オマル・ヤヒヤさん(35歳) ザリンゲイ病院の患者

「ダルフールの病院はどこも空っぽです」

ダルフール地方では、同じような経験を持つ女性は多い。しかし、状況は改善の兆しを見せていない。

ザリンゲイ病院で助産師活動マネジャーを務めるビルジニー・ムカミザによれば、病院で対応する合併症のほとんどは、自宅出産後のものか、妊娠中の貧血が原因だという。

妊婦が医療を求めるのは、出産後に出血したり、敗血症を発症したときだ。この点について、西ダルフール州にあるMSFが支援するモルネイ病院で、MSFの助産師活動マネジャーを務めるオサナトゥ・セント・バンガラは、次のように語る。

ダルフールの医療施設は、ほとんどが空っぽです。スタッフもいない。薬もない。何もありません。

オサナトゥ・セント・バンガラ MSFの助産師活動マネジャー

「内戦が始まる前には、自宅から近い距離に、基礎診療所がありました。しかし、今では、遠く離れた大きな病院に頼るしかないのです」

危険な健康状態に陥る妊婦は多い。妊娠中に健診を受ける体制があれば、あるいは、一次医療施設から二次医療施設への搬送体制が確立していれば、そうしたリスクを防げたケースも多かったはずだ。しかし、そうした医療体制は、内戦勃発とともに崩壊した。現在は人道援助団体がサポートしているが、その援助範囲は限られている。

母親とともに病院で治療を受ける生後1カ月の赤ちゃん。咳がひどく入院することになった Ⓒ Belen Filgueira/MSF
母親とともに病院で治療を受ける生後1カ月の赤ちゃん。咳がひどく入院することになった Ⓒ Belen Filgueira/MSF

終わりなき負のサイクル

西ダルフール州の辺境にある移動診療所を訪れたのはサミラさん。自宅で出産してから12日後のことだ。自分自身と赤ちゃんの健康状態を確認するためだった。

診療所に到着したとき、彼女は高熱を出していた。腕には感染した傷があった。実は、自宅出産後、彼女は深刻な腹痛に苦しんでいた。熱を下げるため、兄が注射をしたが、その際に腕を傷つけてしまったのだ。その痛みのせいで、彼女は赤ちゃんを満足に抱き上げることすらできなくなっていた。

MSFのチームは、診断の結果、彼女の腕に感染症があることを確認し、消毒と包帯の処置を施したうえで治療にあたった。

治療を受ける25歳のサミラさん。夫とロバに乗ってMSFの移動診療所に到着した Ⓒ Belen Filgueira/MSF
治療を受ける25歳のサミラさん。夫とロバに乗ってMSFの移動診療所に到着した Ⓒ Belen Filgueira/MSF


栄養失調、健康悪化、そして母体の死──この紛争は、女性たちを終わりなき負のサイクルのなかに閉じ込めている。

MSFは、ダルフールにおける人びとの命を守るための人道援助と、医療へのアクセスの拡充を改めて呼びかける。

紛争当事者は、援助物資の輸送を妨げてはならず、市民が医療を受ける上での障壁を取り除かなければならない。また、人道的対応を強化するためには、持続的な資金拠出が不可欠だ。援助国や援助団体は、ダルフールで起きている現実に対して全力で取り組む必要がある。

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