写真でたどる「ガザの3年」──失われた人びとの暮らし…医療も、住まいも、食料も

2026年10月08日
パレスチナ・ガザ地区の救助隊員がイスラエルの攻撃によって負傷し、北部のシファ病院でストレッチャーに横たわったまま心肺蘇生を受けている=2023年10月16日 © Ali Jadallah/Anadolu via AFP
パレスチナ・ガザ地区の救助隊員がイスラエルの攻撃によって負傷し、北部のシファ病院でストレッチャーに横たわったまま心肺蘇生を受けている=2023年10月16日 © Ali Jadallah/Anadolu via AFP

パレスチナ・ガザ地区では、3年以上にわたるイスラエルの軍事作戦によって医療体制が壊滅的な打撃を受けた。

人びとは大規模な避難を強いられ、飢餓、繰り返される攻撃、厳しい制限に直面してきた。生活に欠かせないインフラは破壊され、医療を受ける道も閉ざされてきた。

写真を通じて、ガザの人びとが置かれてきた過酷な状況と、必要な医療を受けることも、届けることも困難になっていった3年間を国境なき医師団(MSF)の活動と共にたどる。 

2023年

【1】 2023年10月7日

© Mahmud Hams/AFP
© Mahmud Hams/AFP


イスラエル軍の空爆を受けたガザ市の高層ビル「パレスチナ・タワー」。炎と黒煙が上がる様子を人びとが建物の屋上から見つめた。

2023年10月7日のハマスによる攻撃を受け、イスラエルはガザ地区全域で大規模な軍事攻勢を始め、市民の生活に欠かせないインフラを広範囲に破壊してきた。

あれから3年。ガザ保健省によると、パレスチナ人の死者は7万3000人を超え、負傷者は17万3000人以上に及ぶ。人びとは激しい暴力にさらされ、家族や住まい、思い出を失い、何度も避難を強いられてきた。

過酷な生活の中で積み重なった心身の傷は、今後も世代を超えて残ると懸念されている。

【2】 2023年10月19日

© MSF
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MSFの看護師ムハマド・ハワジリ(写真左)が、空爆でやけどを負った男の子を手当てしている。

この3年間、MSFは医療を切実に必要とするパレスチナの人びとに、手術、やけどや傷の治療、栄養失調の診断・治療、母子のケアなどを提供してきた。

現在はガザ地区の北部と南部で、病院4カ所を運営・支援。さらに、総合医療施設4カ所を支援するほか、診療所5カ所、医療拠点4カ所で活動している。

【3】 2023年11月20日

© MSF
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ガザ市にあるMSFの診療所前に止めていた車両5台。いずれもMSFの車両であるとはっきり表示されていたが、イスラエル軍の作戦中に破壊された。

病院の発電機や救急車、給水ポンプ、給水車を動かすには、エンジンオイルや交換部品が欠かせない。

しかし、3年がたったいまも、医療施設への攻撃や物資の搬入制限は続いている。人びとの命を支える設備や車両の使用に支障が生じ、医療活動が著しく妨げられている。

【4】 2023年11月21日

© MSF
© MSF


2023年11月21日の攻撃により、MSFスタッフ2人を含む医師3人が殺害された。その後、ガザ地区北部のアル・アウダ病院で発見されたボード。
 
同年10月7日以降、医療従事者と人道援助関係者はおよそ2300人が殺害された。その中にはMSFのスタッフ15人も含まれる。

【5】 2023年12月12日

© MSF
© MSF


ガザ地区南部ハンユニスのナセル病院に外傷患者が次々と運び込まれ、医療スタッフが対応に当たった。

ナセル病院は当時、南部で緊急手術ができる数少ない病院の一つだった。医療施設にはかつてない人数の負傷者が搬送される一方、多くの人びとが建物の内外に避難しており、医療体制は限界までひっ迫していた。

2024年

【6】 2024年3月13日

© MSF
© MSF


戦闘と包囲が数週間続き、イスラエル軍が突入した後のナセル病院の一室。

世界保健機関(WHO)によると、この3年間でガザ地区の病院の94%が損壊または破壊されたという。地区内にあった病院36カ所のうち、稼働しているのは19カ所にとどまるが、その多くも提供できる医療は限られている。

【7】 2024年5月13日

© MSF
© MSF

イスラエル軍による退避要求を受け、荷物を抱えて避難するガザ地区南部ラファの人びと。

軍事作戦が始まった当初から、多くの家族が避難を繰り返し強いられた。特に北部や中部からの移動が相次ぎ、2024年初めにはラファに約150万人が身を寄せていた。

その後、ラファもイスラエル軍によって大規模に破壊された。

【8】 2024年8月27日

© Moises Saman/Magnum Photos
© Moises Saman/Magnum Photos


ガザ地区中部・ヌセイラト難民キャンプ出身のカラムさん(写真右)が医療搬送され、ヨルダンの首都アンマンにあるMSFの再建外科病院で理学療法を受けた。

ガザから国外への医療搬送は、いまもごくわずかしか認められていない。

WHOによると、ガザでは受けられない専門的な治療を必要としながら、域外への移動が認められていない患者は推計1万8500人。医療搬送を待つ間に、これまで900人以上が亡くなった。

【9】 2024年11月7日

© Ibrahim Nofal
© Ibrahim Nofal


ガザ地区南部ハンユニスのアタールに密集するテント。避難してきた家族は、水や食料、衣類も十分に手に入らないなか、狭い場所での暮らしを余儀なくされている。
 
国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)によると、2023年10月7日以降、ガザの建造物の82%が被害を受け、そのうち3分の2が破壊された。多くの人びとが、安全な水やトイレを十分に使えない不衛生な環境で生活している。

また、海水の淡水化施設、井戸、配管、下水設備など、水・衛生インフラの約90%が損壊または破壊された。

2025年

【10】 2025年2月1日

© Nour Alsaqqa/MSF
© Nour Alsaqqa/MSF


ガザ地区北部の共同炊き出し場で、空の鍋を手に並ぶ子どもたち。

ガザでは長期にわたり、イスラエル政府による包囲と食料・援助物資の搬入制限が続いた。2025年8月22日、食料危機の深刻さを評価する「総合的食料安全保障レベル分類(IPC)」はガザでの飢饉(ききん)を正式に確認した。
 
MSFが子どもの栄養失調を初めて確認したのは、2024年1月だった。2026年3月までに急性栄養失調の15歳未満の子ども4950人を受け入れ、このうち98%は5歳未満だった。妊娠中・授乳中の女性3482人も、外来で栄養治療を受けるプログラムに登録された。

3年がたったいま、「停戦」とされる状況の下で、栄養失調の状況は比較的落ち着いている。しかし、食料や生活必需品は依然として十分に手に入らず、再び悪化しかねない不安定な状態が続いている。

【11】 2025年7月25日

© MSF
© MSF


ガザ地区で食料を受け取るため、ネツァリムにある「ガザ人道財団(GHF)」の配給所に命の危険を冒して集まる人びと。
 
イスラエル当局は国連主導の援助物資の配給体制を解体し、GHFによる配給に置き換えた。配給所はイスラエル軍が管理する地域に置かれ、米国の民間企業の武装要員が「警備」を担った。

2025年6月7日~7月24日、配給所近くにあるMSFの医療施設では、遺体28人を含む計1380人を受け入れた。また、銃撃で傷を負った174人を治療した。

それから1年以上。MSFは現在も、GHFの配給所で重傷や深い心の傷を負い、その後の生活に深刻な影響を受けた人びとの治療を続けている。

【12】 2025年10月9日

© Motasem Abu Aser/MSF
© Motasem Abu Aser/MSF


ガザ地区南部ハンユニスに避難してきた母娘。仮設テントの中で火をおこし、食事を作っている。
 
国連人道問題調整事務所(OCHA)は、ガザの人口のうち90%が複数回にわたって避難を経験したと推計している。
 
2025年10月以降、ガザでは、イスラエル軍の管理状況に応じて地域を隔てる「イエローライン」によって分断が進んだ。境界線は頻繁に変わるうえ、地域ごとに異なるレベルで軍事支配されている。
 
イスラエル軍が全面的に管理する地域はガザ地区の58.9%に上るとみられ、市民や人道援助関係者の移動や立ち入りは厳しく制限されている。さらに、境界が表示されていない緩衝地帯「オレンジライン」も含めると、影響を受ける地域は64.9%に達するとされる。

2026年

【13】 2026年3月23日

© Nour Alsaqqa/MSF
© Nour Alsaqqa/MSF


やけどを負った4歳のジュードちゃん(写真中央)に、3Dプリンターで作ったマスクを装着するMSFの理学療法士。
 
顔の形に合わせたマスクは、やけどの痕や、顔の機能に障害が残るのを防ぐのに役立つ。しかし、必要な資材の搬入が制限され、製作は難しくなっている。
 
2026年1月1日以降、イスラエル政府はMSFの登録を取り消し、国際スタッフのガザ入域や援助物資の搬入を認めなくなった。国際スタッフ全員が2月末までの域外退去を求められた。
 
イスラエル当局は、MSFを含む37の援助団体に、3月31日までにガザとヨルダン川西岸の両地区での活動を停止するよう命じた。

それでもMSFは、パレスチナ自治政府への団体登録の下、パレスチナ人スタッフ1500人と共に活動を続け、国際スタッフも域外のアンマンから遠隔で支援を続けている。

【14】 2026年4月20日

© Nour Alsaqqa/MSF
© Nour Alsaqqa/MSF


ガザ市のアル・ヘロウ病院で、保育器に入った低体重の新生児の状態を確認するスタッフ。
 
2024年末~2026年初めにかけて、ガザ地区では食料や援助物資の搬入が厳しく制限された。
 
MSFが診療データを分析したところ、妊娠中に栄養失調だった母親から生まれた子どもは早産や死亡のリスクがより高かった。また、流産の割合も高かったことが確認されている。

【15】 2026年6月2日

© Nour Alsaqqa/MSF
© Nour Alsaqqa/MSF


ガザ地区中部にあるMSFのアッザワイダ仮設病院で、樹脂のシートを温める理学療法士のドア(写真左)。熱で軟らかくしたシートを使い、患者の患部に合わせた固定用の装具を作る。
 
「停戦」とされる状況でも、パレスチナの人びとは日々、暴力にさらされ、けがをしている。
 
イスラエルによるジェノサイド(集団殺害)によって、その後の生活に深刻な影響を及ぼすけがをした人びとは推計4万3000人。また、5万人以上が長期のリハビリテーションを必要としている。ガザ保健省によると、手足の切断手術を受けた人は約6000人に上り、このうち1500人は子どもだった。
 
しかし、リハビリテーションを必要とする人数は、現場の対応能力を大幅に上回っている。専門的な医療機器の調達も依然として難しい状況が続いている。

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