「これは、私たちが経験したことだから」 ガザの子どもたちが描く、紛争の記憶──絵を通じた心のケア

2026年10月26日
自身が描いた絵を見せながら経験を語るラハフさん=ガザ市のザイトゥーン診療所で2026年8月30日 © Nour Alsaqqa/MSF
自身が描いた絵を見せながら経験を語るラハフさん=ガザ市のザイトゥーン診療所で2026年8月30日 © Nour Alsaqqa/MSF

食料を受け取るために並ぶ長い列、建物を押しつぶす戦車、上空を飛び続けるドローン、そして一緒に遊んでいた友達──。

パレスチナ・ガザ地区で暮らす子どもたちは、自分が描いた絵について静かに説明する。しかし、その絵が物語る光景は決して穏やかなものではない。

子どもたちが絵を描いたのは、国境なき医師団(MSF)が続けている心のケアの活動の一環。そこに描かれたのは、自身が目にしてきたもの、感じてきたこと、そして恐怖と暴力によって形づくられた子ども時代の記憶だった。

「家」を知らない子どもたち

「ガザ全域で、大人にも子どもにも深い悲しみや不安、睡眠障害、心理的な苦痛が見られています」
 
こう語るのは、MSFのパレスチナ活動責任者フランツ・ルフ。イスラエルによる3年間にわたる激しい軍事攻撃は、ガザの子どもたちの心に深刻な影響を及ぼしている。

ルフは続ける。
 

さらに現在、危機は目につきにくい段階へと移り、こうした症状を悪化させています。パレスチナの人びとが生きていくために必要な条件そのものが、イスラエルによって組織的に奪われているのです。

MSFのパレスチナ活動責任者 フランツ・ルフ

ガザ市にあるMSFのザイトゥーン診療所周辺。破壊された通りを人びとが行き交い、周囲には一部が崩壊した建物が立ち並んでいる=2026年8月30日 © Nour Alsaqqa/MSF
ガザ市にあるMSFのザイトゥーン診療所周辺。破壊された通りを人びとが行き交い、周囲には一部が崩壊した建物が立ち並んでいる=2026年8月30日 © Nour Alsaqqa/MSF


安心して過ごすこと、友達と遊ぶこと、学校へ通うこと、家族と一緒にいること。そんな子どもにとって当たり前の日常が奪われた。代わりに残ったのは、暴力の記憶、次の攻撃がいつ起きるか分からない恐怖、そして破壊された街の光景だ。

水をくみに行く、食料を受け取る列に並ぶ、家族が生き延びるのを手伝う。いまや、こうしたことまで子どもたちの日常の一部になっている。避難生活や空爆の音しか知らずに育った幼い子もいる。

MSFの心理カウンセラーであるマフムード・アル・バルビシは、紛争の中で育ち、いま3、4歳になった子どもたちが、生活における基本的な物事を知る機会さえ失っていると指摘する。

例えば、「家」とは何かを知らない子も少なくありません。家で暮らした経験がないので、テントがその子たちにとっての「家」になっているのです。

MSFの心理カウンセラー マフムード・アル・バルビシ

奪われた子ども時代、絵に託す記憶

世界保健機関(WHO)によると、ガザで緊急の心のケアを必要とする人は、紛争が激化する前に約48万5000人だったのが、現在は100万人超へと2倍以上に増えた。
 
そのため心のケアは、MSFの活動でも欠かせないものになっている。MSFは2023年末~2026年9月に、メンタルヘルスに関する個別相談を13万2000件以上実施し、グループ活動を通じて24万6000人以上を支援した。

とりわけ影響を受けやすい子どもや青少年には、レクリエーション活動もしている。

ガザ市にあるMSFのザイトゥーン診療所では、絵や音楽、ゲーム、物語を通じて子どもが自分の気持ちを表現できる場をつくっている。その後のセッションでは、紛争が激化する前の自分を思い出し、自らの感情を理解できるよう手助けする。

MSFの心理カウンセラーによる音楽やレクリエーションの活動に参加する子どもたち=ザイトゥーン診療所で2026年8月30日 © Nour Alsaqqa/MSF
MSFの心理カウンセラーによる音楽やレクリエーションの活動に参加する子どもたち=ザイトゥーン診療所で2026年8月30日 © Nour Alsaqqa/MSF


子どもたちは絵を描いたり遊んだりする際、周囲で目にする光景を再現するようになった。

例えば、普通の子どもらしい遊びではなく、援助物資の配給をまねたり、攻撃について語ったり、破壊された建物のがれきの中で遊んだりしている。

ディナさん(9)は、まだ幼稚園に通っていたころ、家族と共に自宅を追われたときのことを覚えている。

ディナさん © Nour Alsaqqa/MSF
ディナさん © Nour Alsaqqa/MSF
家にいたとき、頭上にはドローンが飛び、建物は揺れ続けていた。何も持ち出さず、どこへ行けばいいか分からないまま、家族で危険な中を歩いた。

父親は以前、援助物資を受け取りに行った際にトラックに足をひかれてけがをしていた。ディナさんは、その父親を車いすに乗せて押しながら避難したという。

いま、彼女が願っているのはとてもささやかなことだ。

前みたいな暮らしに戻りたい。(亡くなった)おばあちゃん、おじいちゃんと一緒に。

9歳の少女 ディナさん

ディナさんは、祖父母が爆撃や砲撃に巻き込まれて亡くなった日のことを描いた。子どもたちはテーマを決めず、心に浮かぶことや伝えたいことを自由に絵にしている © Nour Alsaqqa/MSF
ディナさんは、祖父母が爆撃や砲撃に巻き込まれて亡くなった日のことを描いた。子どもたちはテーマを決めず、心に浮かぶことや伝えたいことを自由に絵にしている © Nour Alsaqqa/MSF


ラハフさん(11)が描いたのは、自分が実際に経験してきた日々だ。
 
絵には、テントで苦しむ人びとや水を求める生活、建物を押しつぶす戦車、上空を飛ぶドローン、食料を受け取るために並ぶ列などが描かれている。ラハフさんは言う。

これは、私たちが経験したことだから。

11歳の少女 ラハフさん

ラハフさんが描いた紛争激化後のガザ © Nour Alsaqqa/MSF
ラハフさんが描いた紛争激化後のガザ © Nour Alsaqqa/MSF


窓のところに立つと、戦車が砲撃しているのが見えることがある。そのときは、母親の身を案じて「中に入って。戦車が砲弾を撃っているから」と声をかけるという。

いとこの女の子は殺されました。あの子のことが忘れられません。いつも一緒に遊んでいたから。

11歳の少女 ラハフさん

安心して回復できる場所を

また、長期間にわたって暴力にさらされ続けた影響は、絵や遊びに限らず、日々の行動にも表れている。
 
MSFの心理カウンセラーは、強い不安や恐怖を訴えたり、大声で叫んだり、攻撃的になったり、爪をかんだり、おねしょをしたりする子どもが増えているのを目の当たりにしている。

アル・バルビシは言う。

私たちは活動を通じて、この子たちも1人の人間であり、そして何より子どもなのだということをもう一度思い出してもらおうとしています。

MSFの心理カウンセラー マフムード・アル・バルビシ

MSFでは他にも、自身の体を守ることを学ぶ活動「私の体は、私のもの」などによって、子どもたちに安全に過ごす権利があることを伝えている。子どもたちが日常的に危険にさらされている環境だからこそ、重要な取り組みだ。

テーブルを囲んで絵を描くガザの子どもたち。子ども向けのレクリエーションの一環として創作している=ザイトゥーン診療所で2026年8月30日 © Nour Alsaqqa/MSF
テーブルを囲んで絵を描くガザの子どもたち。子ども向けのレクリエーションの一環として創作している=ザイトゥーン診療所で2026年8月30日 © Nour Alsaqqa/MSF


ルフは、長引く暴力が子どもたちにとっての「安全」や「子どもらしく生きること」の意味を変えてしまったと指摘し、いまも回復する機会がないと強調する。

ガザでは、心のケアを必要とする人が非常に多くいます。しかし、イスラエル軍によって医療システムが組織的に破壊され、必要な支援も、子どもたちが安心して回復できる場所も、深刻に不足しているのです。

MSFのパレスチナ活動責任者 フランツ・ルフ

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