虫刺されが皮膚を破壊する 顔や体だけでなく心にも残る傷「皮膚リーシュマニア症」

2023年01月31日
皮膚リーシュマニア症で顔に傷跡が残った少女。友達からからかわれて苦しむことも=2021年、パキスタン © Zahra Shoukat/MSF
皮膚リーシュマニア症で顔に傷跡が残った少女。友達からからかわれて苦しむことも=2021年、パキスタン © Zahra Shoukat/MSF

蚊よりもずっと小さい虫に刺され、顔が変わるほど皮膚がゆがんでしまったら……? 

皮膚リーシュマニア症は、サシチョウバエという虫に刺されることで、寄生虫が体内に入り込み引き起こされる感染症だ。顔や体に腫れができて徐々に潰瘍となり、目立つ傷跡を残すことがある。「顧みられない熱帯病」の一つで、パキスタンでは特に南西部バルチスタン州と、北西部カイバル・パクトゥンクワ州の貧しい地区で流行しやすい。

国境なき医師団(MSF)は、この2州にある7つの専門施設で皮膚リーシュマニア症を治療している。MSF治療センターの患者たちがこの病気の辛さについて語った。

家族で感染 娘たちを将来の差別から守るには

治療中の娘たちを抱いて、MSF診療所を出るラヒームさん一家=2022年5月、パキスタン・クエッタ © Saiyna Bashir
治療中の娘たちを抱いて、MSF診療所を出るラヒームさん一家=2022年5月、パキスタン・クエッタ © Saiyna Bashir

「顔に赤い斑点ができて、だんだん大きくなっていったんです」。長女アスマちゃん(3歳)の症状をこう語るのは、バルチスタン州の都市クエッタに暮らすラヒームさんだ。

山脈に囲まれた乾燥地帯のクエッタは、サシチョウバエがとても多い。ラヒームさん一家は3人が皮膚リーシュマニア症と診断されている。最初に感染したのはラヒームさん自身だった。2カ所に傷ができて、MSFによる無償の治療を受けた。2021年3月にアスマちゃんが発症すると、ラヒームさんは「一刻も早く娘の治療を始めたかった」という。

「MSFの診療所へ連れて行き、翌月には病気が治りました。でも、深い傷跡が残ってしまって……。顔の片側を覆っているので心配ですが、治す方法はあるはずです」

皮膚リーシュマニア症は、治療しなかったり治療法を誤ったりすると、皮膚がひどくゆがんでしまう。そのせいで、周りから差別されることも多い。顔の傷跡だと、未婚の女性は結婚も難しくなる。傷跡を治す唯一の方法は形成外科手術だが、非常に高額で、農村部や小さな町でいつでも受けられるとは限らない。

自宅で遊ぶラヒームさんの子どもたち(手前はアミナちゃん)。5人家族のうち3人が感染した © Saiyna Bashir 
自宅で遊ぶラヒームさんの子どもたち(手前はアミナちゃん)。5人家族のうち3人が感染した © Saiyna Bashir 

さらに次女のアミナちゃん(2歳)にも、7カ月前に症状が現れた。右頬にできた傷は5センチもの大きさがあり、膿んだ傷口を毎日手当てしなければならない。じゅうたんや装飾品の手工業を営み、首都イスラマバードで商品を売るラヒームさんにとって、娘をバイクに乗せ、毎日30分かけて通院するのはかなりの労を要する。だが、「娘の治療のために、どうしても来なければならないのです」とラヒームさん。

「私も、近所の多くの人もこの治療センターで治ったので、娘たちも治るでしょう」と願うように語った。

顔の傷でいじめに遭い、不登校に

鼻にある傷で同級生からのいじめに遭ったイドリースさん。自宅の屋上で © Saiyna Bashir 
鼻にある傷で同級生からのいじめに遭ったイドリースさん。自宅の屋上で © Saiyna Bashir 

同じくクエッタに住む小学5年生のイドリースさん(10歳)も、皮膚リーシュマニア症に悩まされている。鼻と左足の2カ所に傷があり、鼻のほうは二次感染で腫れ上がって特に深刻だ。これまで2年間、さまざまな民間療法を試してきたが、症状が悪化。MSFの診療所を訪れた。

イドリースさんは注射とガーゼ交換のため、兄のアッバスさんが運転するバイクで片道45分かけて診療所に通っている。アッバスさんは、弟が鼻の傷をとても気にしていると心配する。「外出時は鼻を布マスクで隠しています。見かけを気にして、引っ込み思案になりました」

学校では同級生にからかわれ、鼻を殴られそうになったこともある。いじめがあまりにひどくなり、イドリースさんは登校するのをやめた。

二次感染を防ぐため、イドリースさんの左足の傷の包帯を巻くMSF看護師。治療は28日間続く © Saiyna Bashir 
二次感染を防ぐため、イドリースさんの左足の傷の包帯を巻くMSF看護師。治療は28日間続く © Saiyna Bashir 

母親は、「“傷が治るまでは学校に行かない”と本人が決めたので、支えるのみです。家で勉強していますし、家事の手伝いもしてくれます」と息子の状況に理解を示す。

「はじめて鏡で自分の姿を見た時はぞっとした」というイドリースさん。治療が始まって4日経ち、気持ちも上向いてきた。

「もうあまり怖くないよ。早くこの傷が治って、学校に戻れるといいなと思う」

治せるのに治療薬が行き渡らず

皮膚リーシュマニア症は治る病気だ。アンチモン酸メグルミンという薬を、症状に応じて毎日20~28日間、または隔週で4~6週間、注射で患部や筋肉に投与して治療する。

ただ、この治療薬はパキスタンで生産されていないため、公的医療機関に備えが少なく、私立のクリニックでは高額であることが多い。現在パキスタンでこの薬を供給しているのは、MSFと世界保健機関(WHO)のみ。この薬がどこでも手に入るようになれば、より多くの皮膚リーシュマニア症患者が質の高い医療を受けられるようになる。

MSFによる皮膚リーシュマニア症の対応 心のケアも

MSFは2022年、バルチスタンで3481人、カイバル・パクトゥンクワで1645人の皮膚リーシュマニア症患者を治療した。各治療センターでは、診断、専門治療、安全で効果的な薬物療法を無償で提供している。また、この病気や治療、予防についての健康教育も実施。バルチスタンでは心のケアも提供しており、2022年は1150人の患者にカウンセリングを行った。

さらにMSFは同年、パキスタンで皮膚リーシュマニア症の新たな治療法を研究するため、臨床試験を開始した。従来の第一選択薬と新しい方法との比較を予定している。パキスタンでは数十年に渡って第一選択薬のアンチモン酸メグルミンとスチボグルコン酸ナトリウムが唯一、皮膚リーシュマニア症に対する有効な治療法とされてきた。現在71人の患者がこの臨床試験に参加している。

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