顔にできた大きな腫瘍 蚊に刺されて感染する皮膚リーシュマニア症 偏見や差別も

2019年08月05日掲載

皮膚リーシュマニア症の治療を受ける2歳の男の子 © Nasir Ghafoor/MSF皮膚リーシュマニア症の治療を受ける2歳の男の子 © Nasir Ghafoor/MSF

蚊に刺され、大きな傷が広がってしまう感染症がある。皮膚リーシュマニア症は、パキスタンで深刻な問題となっている感染症で、サシチョウバエという蚊に刺されて感染する。パキスタンで治療に使えるのはアンチモン酸メグルミンという薬だけ。価格が高く、一般の人には手が届かない。国境なき医師団(MSF)は、症例が増えているハイバル・パフトゥンハー州の州都ペシャワールに専門の治療センターを開設し、無償で治療を行っている。 

親戚125人のうち25人が感染

ファイザ・ビビちゃんの村にはたくさんの患者がいる © Nasir Ghafoor/MSFファイザ・ビビちゃんの村にはたくさんの患者がいる © Nasir Ghafoor/MSF

6歳のファイザ・ビビちゃんは、ペシャワール市郊外のティラ・バンド地区からMSFの皮膚リーシュマニア症治療センターにやって来た。ティラ・バンド地区はサシチョウバエの被害が多いことで知られており、センターには数百人もの患者がやってくる。父親のハリドさんは農家で、子どもは3人。娘がこの寄生虫感染症になったと知っても、驚かなかったという。

「伯父たち4人、その子どもたちにも同じような傷ができています。この地域で暮らす親戚125人のうち、20人から25人が感染しています」とハリドさんは言う。ハリドさんは、ペシャワール市南部でMSFの皮膚リーシュマニア症アウトリーチ・チーム※が定期的に開いている健康講座で治療センターのことを知り、ファイザ・ビビちゃんを連れてきた。

ファイザ・ビビちゃんがこの病気になってから既に8ヵ月が経っており、傷はひどくなっていた。他の多くの患者も、傷がひどくなってからようやく病院にくる。受診が遅れると、傷がひどくなるだけでなく、治療もより長く、難しくなり、痕が残る可能性も高まってしまう。

※医療援助を必要としている人びとを見つけ出し、診察や治療を行う活動。 

質の悪い薬で傷が悪化

鼻を刺され、傷がひどくなってしまったアナスさん © Nasir Ghafoor/MSF鼻を刺され、傷がひどくなってしまったアナスさん © Nasir Ghafoor/MSF

アナスさんは16歳。出身のスール・ガル村はハイバル・パフトゥンハー州のコハト市から15 kmほど離れた場所にある。MSFの皮膚リーシュマニア症治療センターを受診してようやく、この感染症が治る希望が見えてきた。アナスさんの兄と母もサシチョウバエに刺されてこの病気になったが、回復した。アナスさんは何ヵ月も地域の公立病院と私立病院で治療を受けたが、回復しなかった。

顔に傷が出来たのは9ヵ月前。家族に連れられコハト市内の医師に見せると、いくつか異なる注射薬と経口薬による治療をしてもらえたものの、感染は広がる一方だった。村に住む女性から、MSFの皮膚リーシュマニア症治療センターがペシャワール市にあると聞き、この日初めて、センターにやって来た。

MSFの治療センターで責任者を務めるパルヴェーズ医師は話す。「これから少なくとも21日間連続して治療を受けに来る必要があります。進み具合によっては、もう少し延びるかもしれません。ここ9ヵ月の間にいろいろな治療薬を投与されて、薬剤耐性ができているようです」

アナスさんの伯父シャウール・カーンさんは、アナスさんに付き添っていなければならないので、21日間は働けない見通しだ。「患者はうちの村だけで少なくとも80人はいるよ。MSFの治療センターに来る前の数ヵ月のうちに、注射薬に7000ルピー(約4752円)、錠剤に1万4000ルピー(約9504円)も出したんだ。アナスの兄と母は元気になったが、アナスの感染はひどくなった。どうしてこうなったか分からないんだよ。アナスは鼻がとれるんじゃないかと怖がっていた」と、伯父は心配そうに話す。 

間違った治療や質の悪い薬は状態を悪化させてしまう © Nasir Ghafoor/MSF間違った治療や質の悪い薬は状態を悪化させてしまう © Nasir Ghafoor/MSF

皮膚リーシュマニア症にかかって顔に傷ができた人は差別を受けることが多く、その結果、孤立して心の傷を負う。だが、アナスさんは勇敢だ。村に他にもこの病気で傷ができた人がたくさんいるからかもしれない。アナスさんは言う。「自分の顔をちゃんと洗えません。一晩中、真っ直ぐ上を向いて寝ないと鼻がベッドに触れてすごく痛みます」

アナスさんはセンターに来る以前に数種類の注射薬を打ったが、アナスさんの傷にはあまりよくない処置だったとパルヴェーズ医師は話す。皮膚リーシュマニア症治療と称して抗菌薬やその他いろいろな薬で治療を受けた患者を大勢診てきた。皮膚リーシュマニア症の第一選択薬はアンチモン酸メグルミン。他の一般的な抗菌薬は通常効かない。

パルヴェーズ医師は続ける。「これほど大きな傷の場合、それも鼻のような繊細な部位にできてしまうと、最善の処置は筋肉注射です。でも、こうした注射薬を投与するための注射針がパキスタンではほとんど出回っておらず、露天市場で手に入る薬はろくな物ではありません。アナスさんの傷がここまでひどくなったのは、間違った薬や質の悪い薬を使って、きちんとした訓練を受けていない医療スタッフから治療を受けたからでしょう」 

妊娠中の母は治療できず

痛い注射をがまんして治療するアイーシャちゃん © Nasir Ghafoor/MSF痛い注射をがまんして治療するアイーシャちゃん © Nasir Ghafoor/MSF

幼いアイーシャちゃん(仮名)はサシチョウバエに胸と手を刺された。両手をヘナで染めていても、傷ははっきりと見える。子どもは注射を怖がるが、アイーシャちゃんも同じだ。父親はアイーシャちゃんをあやして、痛くないよと言い聞かせる。アイーシャちゃんの大きな泣き声。やはり痛いのだろう。少なくとも、アイーシャちゃんの傷は大きくないため、比較的楽に治療できる。

一家にとって、より心配なのは、アイーシャちゃんの母親も皮膚リーシュマニア症を患っていること。妊娠中で、皮膚リーシュマニア症の治療薬を使えば流産の危険性が高まるため、今は治療できない。 

ヘナをしたアイーシャちゃんの手に、刺された傷が見える © Nasir Ghafoor/MSFヘナをしたアイーシャちゃんの手に、刺された傷が見える © Nasir Ghafoor/MSF

熱帯病の専門家としてMSFでよりよい治療法発見にむけた臨床研究に取り組むスゼッテ・ケミンクは話す。「治療薬の筋肉注射をすると、薬の成分が患者の全身にまわって出血を引き起こし、流産する恐れがあります。妊娠中の女性の傷にアンチモン酸メグルミンを注射するのも、体から胎児を追い出す作用が出るかもしれず、とても危険です」

アンチモン酸メグルミンも、その他の皮膚リーシュマニア症用の薬も、妊娠中の女性には処方できない。スゼッテ医師は続ける。「つまり、妊娠中の女性は出産まで、痛みや傷の悪化も我慢しなければならないということです。妊娠中の女性はすでに免疫力が落ちています。感染症と戦う力がなければ、傷は大きくなり、さらに悪くなります。妊娠中の女性に適した治療の選択肢を探し出す必要があるのです」 

傷が一生残ると言われ・・・

いつどこで感染したかわからない、というアスラムさん © Nasir Ghafoor/MSFいつどこで感染したかわからない、というアスラムさん © Nasir Ghafoor/MSF

32歳のアスラムさん(仮名)は、いつどうしてサシチョウバエに刺されたのか分からない。パキスタンの首都イスラマバードの隣にある都市・ラワルピンディで工場に勤めている。ラワルピンディは国内で4番目に人口の多い都市で、皮膚リーシュマニア症はあまり知られていない。アスラムさんは、サシチョウバエが多くいる地域へ旅行した覚えもなければ、地元で皮膚リーシュマニア症患者に会ったこともない。分かっているのは、7ヵ月前にこの病気にかかったということだけ。ラワルピンディ中の公立病院を回ったが、必要な薬は見つからず、民間の医療機関では薬が高すぎて手に入らなかった。

「この病気の薬は町の市場では手に入りません。あったとしても、注射薬5本が1万~1万5000ルピー(約6789~1万183円)の値段です。買ってもレシートさえくれません。密売品なんです」とアスラムさんは話す。工場で働いて得る収入は月に1万5000ルピー(約1万183円)だという。

MSFの皮膚リーシュマニア症治療センターでチームリーダーを務めるファキール・フセインは話す。「アスラムさんには少なくとも10回分の薬が要ります。その後、傷の様子を調べていきます。市場で薬を買えたとしても、そこで売られている注射薬の質は確実ではありません」  

アスラムさんは鼻とおでこを刺され、傷痕を気にしている © Nasir Ghafoor/MSFアスラムさんは鼻とおでこを刺され、傷痕を気にしている © Nasir Ghafoor/MSF

アスラムさんは、週に2回治療を受けていることをまだ家族に打ち明けていない。家族はペシャワール市がラワルピンディほど安全でないと思っているため、心配をかけたくないのだ。ただアスラムさんにとっては、治安よりも傷痕が残ることの方が気がかりで、何か方法がないか医療スタッフに何度もたずねている。アスラムさんの傷はものすごくひどいものではない。それでも傷痕が残る可能性はあるため、治療完了後に皮膚科専門医に見せる必要があるだろう。

「自分が感染するまでこんな病気があるとは知りませんでした。傷は一生このままだとお医者さんに言われましたが、その後会った皮膚科の専門医から、注射薬で治療できると教わりました。ただ、傷痕は時間が経たないと消えないそうです」

処置を終えたアスラムさんは、ラワルピンディに帰るバスに乗らなくてはならない。少なくとも2時間はかかる。病院へくるたびに1500ルピー(約1018円)の交通費がかかるが、どうやってお金を工面したらよいかは「神のみぞ知る」と話す。  

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