「10人以上の出産もよくある」日本人医師がナイジェリアで気づいた女性の強さとは

2022年08月03日
ナイジェリア北部カノ州の助産院で、助産師と團野(中央)© Katsura Danno/MSF
ナイジェリア北部カノ州の助産院で、助産師と團野(中央)© Katsura Danno/MSF

国境なき医師団(MSF)で医師として、また医療人類学の専門家としても活動する團野桂。ナイジェリアにあるMSFの助産院で、2021年末から今年初旬にかけて調査を行った團野が、患者との出会いで得た気づきをつづります。

ナイジェリア北部に位置するカノ州は、人口1500万人以上の巨大な州です(2016年時点)。MSFは州都カノ市で助産院を運営しています。この地に暮らす女性は自らの健康についてどのように意思決定するのか。その理解を深めるため、私は現地に入り定性調査を行いました。

カノ市では母親への適切なサポートが欠かせません。妊娠や出産を機に亡くなる女性の数が全国平均を上回り、5歳未満で死亡する子どもも多いからです。また、熟練助産師による介助を受けた出産の数も、全国平均を大幅に下回っています。

調査では、ナイジェリア人助産師に通訳してもらいながら、母親たち一人ひとりにインタビュー形式で話を聞きました。

カノ市でMSFが運営する助産院の内部 © MSF
カノ市でMSFが運営する助産院の内部 © MSF

出産は生活の一部

助産院で4人目の子を出産したばかりの母親<br> (調査参加者ではありません) © MSF
助産院で4人目の子を出産したばかりの母親
(調査参加者ではありません) © MSF
見えてきたのは、多くの女性が出産を自分の人生の一部と捉えていることです。当たり前のように自然に経験するので、病院へ行くべき特別な出来事とみなしていないようでした。

ナイジェリアでは子どもを10人以上産むことはめずらしくなく、全員自宅で出産した方もおられました。また、姉妹たちが自宅で出産するのを10回以上手伝ったことがある女性も幾人もいました。

誰かに陣痛が始まれば、家族が集まって分娩を手伝うのです。地域の経験豊富な助産師を呼ぶ場合もありますが、大抵は自分たちの手でやり遂げます。

インタビューを受けた女性たちは、「分娩の介助を経験すればするほど、私でもできるという自信がつく」と語りました。母親が娘に分娩介助方法を教え、娘はそのスキルを自分の娘に伝えていきます。話を聞きながら、彼女たちが自分の母親を深く尊敬していることに気づかされました。

赤ちゃんを失ったとしても

いくら毎日の生活の一部だからといって、女性たちが出産を簡単で楽なものだと思っている訳では決してありません。それはインタビューを通して痛いほど伝わってきました。

「第1子─生存、第2子─生存、第3子─死亡、第4子─生存、第5子─死亡…」。助産院で出産した母親のカルテには、過去の分娩記録が記載されています。この地域で母子保健医療に関わっていると、お子さんを亡くされた経験を持つ母親に多くお会いします。

この方たちはどのように生活を建て直して生きてきたのだろうか。私も娘を持つ母親ですが、娘のいない生活など想像もつきません。

インタビューでは赤ちゃんを失った女性と幾人も出会いましたが、皆さんどうにかしてその喪失感を克服されていました。克服された後も、また子どもを授かり産み育てておられました。

MSF助産院で数時間前に4人目の子を出産した母親(調査参加者ではありません) © MSF
MSF助産院で数時間前に4人目の子を出産した母親(調査参加者ではありません) © MSF

このようなお話を聞くと、カノの女性の力強さを感じざるを得ませんでした。彼女たちは再び妊娠しても、それがどのような結果になるか分からないのです。無事に出産し、健康な赤ちゃんが生まれるという保証はどこにもありません。そこでさらに聞き進めていくと、女性たちは出産に対する不安な思いを語ってくれました──出産は怖いものです。何も確実ではありません。

恐怖心を乗り越えるには

読者の皆さんも、自分のこととして考えてみてください。もし将来起きると分かっていて、避けることができないことに恐れを感じているとき、あなたならどうしますか? 日に日にその時が近づく中、そのストレスにどう対処されていますか?

日本には仏教や神道、キリスト教などに帰依する人たちがいます。ですが一般的には、宗教にさほど重きを置いていない人がほとんどでしょう。ただ病気、受験、スポーツ競技などで不安になったり、将来がどうなるか分からなかったりするとき、私たちは寺や神社、あるいは教会へと足を運びます。そこで願い事をし、神様に祈り、お賽銭を入れ、お札やお守りを買い、願いが叶うまで(叶わなくても)手元に置いておきます。

生まれたばかりの赤ちゃんに折り紙ベビーを<br> プレゼント © Katsura Danno/MSF
生まれたばかりの赤ちゃんに折り紙ベビーを
プレゼント © Katsura Danno/MSF
幸いなことに日本では良い医療を受けることができるので、出産を恐れることはそれほどないかもしれません。私たちは医療を信じているので、神様の力に頼ることも少ないかもしれません。でもどれほど良い医療を受けられたとしても、無事に分娩を終えて健康な赤ちゃんを産むまでは、不安が完全に消え去ることはないでしょう。

カノ市の女性たちのインタビュー調査に戻りますが、彼女たちから妊娠中や陣痛時は「祈りの水」を飲むと聞いた時、その理由は手に取るように分かりました。私も神社で買ったお守りを身に着けて、出産を控える自分自身を励ましていましたから。

恐怖に打ち勝つには心の強さが必要です。過去に赤ちゃんを亡くし、その心の傷にも向き合わないといけないのかもしれません。また悲しいことに、皆が良い医療にたどり着けるわけでもありません。不安を乗り越える心の強さを持つため何かに願掛けをすることは、人類に共通した行いなのです。

出会いを通じて…

カノ市の女性たちは、国の医療に頼らなくても生きていく術を学んだのです。できるだけ自分たちの力で産む努力をしており、お互いにしっかり支え合っています。そして希望を保ちたくて祈りを捧げるのです。

MSFはカノ市で助産院をオープンして以来、24時間365日体制で質の高い医療を無償で提供しています。また正確な情報を伝える健康教育を行い、女性への配慮に満ちたスタッフを配置しています。私が取り組んだ調査はこうしたサービスの質をさらに向上させ、さまざまな地域から訪れる女性のニーズに合わせることを目的としています。

カノ市の女性は、当初の私が思っていたようなか弱い存在ではありませんでした。母であり、娘であり、祖母であり、孫娘であり、姉妹である彼女たちの力強さを、MSFの一員として支援できたことに心から喜びを感じました。

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