拉致、虐殺、略奪……ナイジェリア北西部で繰り返される暴力から逃れて
2020年12月24日「村を出ることにしたのは、たった1日で56人もの人が強盗団に殺されたからでした」
オレンジ色のスカーフをかぶり、木陰の椅子に腰をかけたファティマさんはそう言い、表情をこわばらせる。「それ以前にもすでに30人ほどが村で殺され、略奪もしょっちゅう行われていました」
故郷の村があまりに危険となったため、ファティマさんはいまナイジェリア北西部、ザムファラ州のアンカ町にあるキャンプで暮らす。
同じキャンプで生活するアッバスさんも、妻と3人の子どもを連れて他の村から避難してきた。きっかけは父親が拉致されたことだった。
「2年前、村の伝統的な指導者だった父が強盗団に拉致され、森へ連れ去られたんです。強盗は身代金を要求したので、支払いました。その後村を離れ、一度も帰っていません。2人の村人が様子を見に戻ったのですが、1人は殺され、もう1人は拉致されてしまいました」とアッバスさんは話す。
支援から取り残された避難民
2011年以降、ナイジェリア北西部で避難生活を送る人は、およそ20万人(2020年、International Crisis Group調べ)。その内の約10万人は、2018年に暴力事件が急増したため、ザムファラ州のアンカ、シンカフィ、ズルミといった町に避難した人たちだ。
多くの人びとは、ファティマさんやアッバスさんが語ったように拉致や虐殺といった暴力の極みを目にし、暮らしていた故郷を追われた。こうした人びとに対して援助はほとんど行き届いておらず、アンカをはじめとする避難民の居住地では、清潔な飲料水から食料、住まいまで、生きるのに欠かせないものが深刻に不足している。
「ここでの最大の問題は食料です。村で農業をしていた私たちが、いまは作物を育てる土地もなく、農業をできない。家族を養うことができないのです」とアッバスさんは話す。
栄養不足にマラリア 満たされない医療ニーズ
国境なき医師団(MSF)は2010年からアンカで活動を始め、135床の小児病院を運営。現在は医療のほか、飲料水やテント用ビニールシート、調理器具、毛布などの生活必需品を避難民に提供している。
食料不足を背景に、アンカのMSF病院には数多くの栄養失調児が来院した。同じ状況はザムファラ州の各地域でも見られ、今年1月から10月までの間、MSFはアンカ、シンカフィ、ズルミ、グサウ市で計2万260人の子どもに栄養治療を行った。
また、栄養失調によって悪化するマラリアも大きな懸念だ。「マラリアのピーク期が始まると、患者数は予想をはるかに上回るものでした。毎日25~30人の子どもが重症マラリアで入院し、治療を受けたのです」と、MSFが運営するシンカフィ病院のサリフ・ムハンマド・アウワル医師は話す。
同病院でMSFはテント病棟を設置、病床を19床から54床に増やし、さらにスタッフを増員することで対応した。今年1月から10月までの間に同州で治療したマラリア患者数は、3万5358人に上る。
同州でMSFは、性暴力被害者への治療と心のケアも行っている。この10カ月間で312人が診療を受けた。
支援拡大への呼びかけ
これほど多くの緊急医療ニーズがありながら、医療施設の数が少ないため、病院はひどく混雑している。州全域にわたる医療機関で、熟練の医療従事者がすぐさま必要だ。
MSFはザムファラ州で唯一、継続的に活動する国際援助団体として、現地の組織や国際機関に支援の実施を呼びかけている。そして避難民たちも支援の拡大を訴える。
「私たちは政府に対し、食料援助と平和の回復を求めています。地元に戻って家を再建し、新たな生活を始めることが皆の願いです」とファティマさんは話す。