「サイレントパンデミック」に立ち向かえ──薬剤耐性の革新的AI診断アプリを開発

2022年06月24日
西アフリカ・マリの細菌検査室で薬剤耐性を調べる技師 © Ismael Diallo
西アフリカ・マリの細菌検査室で薬剤耐性を調べる技師 © Ismael Diallo

専門家の間で “サイレントパンデミック”への懸念が高まっている。薬剤耐性(AMR)を持つ細菌が近年、世界的に増えているのだ。抗菌薬が効かない耐性菌によって2019年に亡くなった人の数は、推計127万人。対策しなければ、2050年には死者数が年1000万人に達すると予測され、世界の死因トップになる。

この大きな社会課題に取り組むため、国境なき医師団(MSF)は薬剤耐性の診断をサポートするスマートフォンアプリ「Antibiogo」(アンチバイオゴ)をオープンソースで開発。ダウンロードしてオフラインでも使える無料アプリとして低・中所得国で提供していく。世界保健機関(WHO)も公衆衛生の脅威と見なす薬剤耐性の広がりを遅らせるうえで、希望をもたらすものだ。

途上国でも細菌検査を容易に

Antibiogoは、MSF財団が低・中所得国でのニーズを調査し開発したアプリ。この診断ツールを使えば、専門知識を持たない検査技師でも、異なる抗菌薬に対する病原菌の感受性を測定し解釈できる。医師が最も効果的な抗菌薬を処方するにはこうした検査が欠かせないが、解釈を行う細菌学の専門家が途上国では足りていない。

「適切に使用されれば、医療資源に乏しい現場でも質の高い細菌検査を幅広く行えるようになります。患者に最も効く抗菌薬を見つけられるだけでなく、薬剤耐性を減らすこともできるのです」とAntibiogo開発の責任者、ナダ・マルー医師は解説する。

AI診断アプリAntibiogoで細菌に抗菌薬がどの程度効いているか(感受性)を測定 © MSF
AI診断アプリAntibiogoで細菌に抗菌薬がどの程度効いているか(感受性)を測定 © MSF

革新的な開発手法

多くの場合、検査機器は高所得国で市場の論理に従って開発される。黒字化すると低・中所得国でも販売されるようになるが、人材・設備の不足、電源の不安定さ、気温や湿度の高い環境など、こうした国々に特有の状況を反映したものとは限らない。Antibiogoが革新的なのは、はじめから資源が限られた国々のニーズに基づいて作られた点にある。これらの国のユーザーと共に、彼らのデータをもとに開発され、使用を予定している人びとの間でテストが行われた。「一般的な医療機器の開発モデルを逆にして、低・中所得国にある真のニーズを満たすのです」と、マルー医師は語る。

先進国で抗菌薬の処方が容易なのは、薬剤感受性の読み取りや解釈を自動化するシステムと、専門知識をもつ細菌学者がそろっているため。しかし、そのような高価な機器がなく人材も不足する途上国では、薬剤耐性の判定がはるかに困難で、なされないことも多い。

Antibiogoは、画像処理、AI(人工知能)技術、既存のエキスパートシステムなどを搭載している。使用するときは、アプリが菌の繁殖していないエリア(阻止円)の直径を測定し、結果を解釈してくれるので、専門知識をそれほど必要としない。

Antibiogo が阻止円直径を測定し、解釈もアプリが行う © MSF
Antibiogo が阻止円直径を測定し、解釈もアプリが行う © MSF

アプリの判定結果と、資格をもつ細菌学者による解釈を現場で比較したところ、菌種によって90~98%という非常に高い一致率が出た。

Antibiogoは先日、EU(欧州連合)の安全規格であるCEマーキングを取得。今夏よりマリ、中央アフリカ共和国、ヨルダン、イエメンなどのMSFの活動現場で使用を開始し、その後さらに多くの地域へ展開していく。2023年に最終認証を取得したあとは、どの低・中所得国の細菌検査室でもアプリをダウンロードできるようになる。

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