WHOが推奨するHIVの画期的新薬「レナカパビル」 アクセス格差に国境なき医師団が警鐘
2025年07月23日
レナカパビルは、HIV予防の分野に大きな革新をもたらす可能性を秘めている。
- ※「HIV予防のためのレナカパビルおよび長期作用型注射による曝露前予防の検査戦略(Lenacapavir for HIV prevention and testing strategies for long-acting injectable pre-exposure prophylaxis)」
年2回の注射のみで高い効果
HIVを予防する医療手段には現在、経口暴露前予防投与(経口PrEP)、ダピビリン膣リング、2カ月毎に注射を行うカボテグラビルの3つがある。経口PrEPは頻繁な服薬が必要なため、継続が難しい場合があり、その結果、効果が低下する可能性がある。
一方、今回WHOが推奨したレナカパビルは年2回の注射のみで、シスジェンダーの女性および少女のHIV感染を100%防ぐ効果が証明されている。また、シスジェンダーやトランスジェンダーの男性、ノンバイナリーの人びとを含む多様なジェンダーのグループにおいては、HIVの感染リスクが96%減少することが分かった。これは、経口薬よりも少なくとも89%高い効果を示している。
このように、WHOが発表したガイドラインは、グローバルヘルスの重要性が叫ばれている現代において、HIVのない世界への道を切り開くものと言えるだろう。
MSFはすでに、エスワティニ、マラウイ、モザンビーク、ジンバブエで、長時間作用型であるカボテグラビル(CAB-LA)による暴露前予防(PrEP)の導入を支援している。また、アフリカやラテンアメリカを含む多くの地域で、経口PrEPやダピビリン膣リングなど他の形態のPrEPや、より広範なHIV予防戦略も提供している。
そこに、レナカパビルのような新たな選択肢を加えることで、利用可能な予防手段の幅を広げることは極めて重要だ。個人の選択と主体性はHIV予防の根幹を成す原則であり、MSFの活動理念でもある。

立ちはだかる特許の壁
しかし、レナカパビルの開発元である製薬企業ギリアド・サイエンシズ社(Gilead Sciences)が締結した現在の特許ライセンス契約には、ライセンス対象外となっている国々において、レナカパビルのジェネリック医薬品の入手が困難となる制限条項が含まれている。
この条項は、世界レベルでのジェネリック医薬品の競争範囲をさらに狭め、この画期的な治療薬へのより手頃で広範なアクセスを阻むものだ。
「レナカパビルはHIV予防に変革をもたらす可能性を秘めた、革新的な薬です。しかし、その真価を発揮するためには、レナカパビルが最も必要とされている低・中所得国のコミュニティに届くことが不可欠です」と、MSF南アフリカ地域メディカル・ユニットのHIV/結核上級顧問、アントニオ・フローレスは話す。
年2回の注射で済むという点は、これまでにないメリットです。より長期間の予防効果と、高い服薬の継続が見込めます。また、 HIVに感染するリスクが高い一方で、差別や偏見のため毎日の服薬が困難な、強い疎外や犯罪者扱いを受けているコミュニティにとって、レナカパビルは革命的な存在となり得ます。
アントニオ・フローレス MSF南アフリカ地域メディカル・ユニット HIV/結核上級顧問
「MSFはこのようなコミュニティと多くのプロジェクトで関わっています。もしギリアド社がレナカパビルをより手頃な価格に設定すれば、MSFや他のパートナー団体は間違いなくこの薬を提供するでしょう」

問われる価格と供給の透明性
ギリアド社と世界エイズ・結核・マラリア対策基金(グローバルファンド)は最近、戦略的パートナーシップ協定を締結した。MSFはこれを歓迎する一方で、グローバルファンドの枠組み外で、レナカパビルの安価で持続的な利用に向けた交渉を円滑に進めるために、合意された価格設定と供給体制について、透明性の確保が重要だと訴える。
最近の研究では、十分な需要と競争があれば、レナカパビルのジェネリック医薬品は年間約40米ドルで製造可能であることが示されている。これは、現在の経口PrEPの価格と同程度だ。
しかし、ギリアド社は低・中所得国向けの価格情報を公表していない。米国市場での価格は、治療用で年間4万2250ドル、PrEP用で2万8218ドルとなっている。
しかし、ギリアド社は低・中所得国向けの価格情報を公表していない。米国市場での価格は、治療用で年間4万2250ドル、PrEP用で2万8218ドルとなっている。
また、世界的な保健予算の削減により、HIV感染者が多い国や医療がぜい弱なコミュニティのHIV予防サービスは甚大な影響を受けており、レナカパビルが購入できるかは不透明だ。

普及に向けた取り組みと援助を
グローバルファンドは、レナカパビルを200万人に提供することを目標としているが、これは国連合同エイズ計画(UNAIDS)が2025年までの達成を掲げている2100万人には遠く及ばない数字だ。そして、グローバルファンド自体も深刻な資金難に直面している。
レナカパビルをより多くのコミュニティに届けるためには、資金不足の解消、制限的なライセンス条件の撤廃、ジェネリック医薬品の競争促進といった課題に取り組む必要がある。これにより、レナカパビルの価格が低下し、最大限の活用が可能となるだろう。
「ギリアド社は、公平性とアクセスの重要性を唱えてはいますが、実際にはジェネリック医薬品の製造業者に対して制限を課し、この画期的な薬の普及拡大を妨げつつ、自社の利益を保護し最大化しようとしています」と、MSF南アフリカ地域メディカル・ユニットのディレクター、トム・エルマン医師は言う。
「私たちはギリアド社に対し、ライセンスに関する障壁を撤廃し、レナカパビルがHIV流行の抑制において最大限の効果を発揮できるよう求めます」
同時に、各国政府および国際的な援助機関に対し、HIV感染リスクの高い人びとにレナカパビルを届けるため、安価で持続可能なジェネリック医薬品市場を構築し、調達と供給、そしてその維持に向けて、さらなる資金提供を行うよう訴えます。
トム・エルマン医師 MSF南アフリカ地域メディカル・ユニットディレクター
