「誰に話せばよいのか…」心を病むミャンマーのロヒンギャ避難民 10年キャンプに閉じ込められ

2022年07月27日
ミャンマー西部ラカイン州、ア・ナウク・ユエ避難民キャンプでMSFの心のケアを受けるザウリナさん © Ben Small/MSF
ミャンマー西部ラカイン州、ア・ナウク・ユエ避難民キャンプでMSFの心のケアを受けるザウリナさん © Ben Small/MSF

ザウリナさんの家が焼かれたのは、2012年のことだった。イスラム系のロヒンギャと仏教徒のラカイン族の間で起きた衝突に巻き込まれたのだ。一家はラカイン州パウトーの住み慣れた町から、州西部にある人里離れた避難民キャンプへ逃れるしかなかった。それから10年もの間、隔離されたキャンプでもろい竹製の住居に暮らしている。

5000人以上が暮らすこの過密なキャンプには、薄っぺらい壁の小屋が立ち並び、合間を泥道が通る。水はけが悪く、汚水の水たまりは蚊や病原菌の温床となる。住民数に対してトイレの数が圧倒的に足らず、水の供給が減る乾期には不潔さが増す。ここでプライバシーの確保はほぼ不可能だ。

パウトー郡のア・ナウク・ユエ避難民キャンプ。雨期で淀んだ水に囲まれた住居=2021年6月 ©  Ben Small/MSF
パウトー郡のア・ナウク・ユエ避難民キャンプ。雨期で淀んだ水に囲まれた住居=2021年6月 © Ben Small/MSF

2012年の衝突は、ザウリナさんの家のみならず、数百人以上の命を奪った。イスラム系少数民族であるロヒンギャとカマン族で、避難を強いられた人の数は14万人にのぼる。いまもキャンプ生活のまま、移動を制限され、仕事に就くことも、教育や医療を受けることもできない人が大半だ。まともな暮らしがしたいと、海や陸を越え、バングラデシュやマレーシアへと渡る危険な旅を試みる人も後を絶たない。

隔離された避難生活 心の危機

ロヒンギャの人びとが暮らしてきたラカイン州では、数十万人が日々の食料を満足に得られず、治安に不安を感じ、絶望感を抱えている。こうした状況が長引くと、心に大きなダメージを引き起こす。

ザウリナさんにとっては、さらに20歳の娘が夫から離婚を切り出され、自殺を図ったことも、生活のストレスに拍車をかけた。

「娘は義理の母と大喧嘩を繰り返していました。そんな中、彼女の夫が『お前のことが好きで結婚したんじゃない。離婚する』と言い出したのです」

ザウリナさんは悲観的になり、前向きな気持ちが湧かなくなった。「夫や子どもたちに怒鳴り散らすこともありました。どうしてよいのか分からなかったのです」と話す。

カウンセラーに出会うまで、誰に助けを求めればいいのかわからず、困り果てていました。

ロヒンギャ避難民のザウリナさん

ミャンマーで心のケアを受けられるのは一握りの人だけだ。ラカイン州には州都シットウェに民間のメンタルヘルスクリニックが1カ所あるが、一般の人にとっては高額で手が届かず、公立病院の精神科診療もごく限られている。さらにシットウェまでは、パウトー郡のキャンプから川を挟んで10キロほどの距離があり、移動を制限されているロヒンギャの人にとって受診はあまりに困難だ。

ただ、キャンプ内には国境なき医師団(MSF)の診療所があり、医師やカウンセラーが個別の面談やグループ療法、家庭訪問による心のケアをロヒンギャの人たちに提供している。また、このサービスは民族や宗教に関係なく、施設を訪れた人なら誰でも利用することができる。

ザウリナさん母娘はMSFのカウンセリングを受け、症状をうまくコントロールできるようになった。「いまは私も娘も精神的にだいぶ楽になりました」と顔をほころばせる。

暴力は家庭内にも忍び寄る

ラカイン州パウトーのMSF診療所で心のケアを受けるキンピューウーさん © Ben Small/MSF
ラカイン州パウトーのMSF診療所で心のケアを受けるキンピューウーさん © Ben Small/MSF

狭いキャンプに押し込められているロヒンギャの人びとは、経済活動を制限され、人道援助に頼るしかない。この困難でストレスの多い状況が、女性や少女を虐待、セクハラ、家庭内暴力の危険にさらす。

キンピューウーさんがMSFの診療所を初めて訪れたのは、発作を起こしたからだった。スタッフは体調がすぐれない彼女に、調理中の火の扱いに気を付けるようアドバイスした。すると夫は家事がままならない妻に腹を立て、彼女を殴った。夫から暴力を受けることが次第に多くなり、ついに自殺願望を抱くようになった。診療所では発作の治療と並行して、カウンセリングを提供することにした。

話を聞いてくれる人が周りにいない。でもここに来れば、心を打ち明けられます。

ロヒンギャ避難民のキンピューウーさん

「幸せを感じられるようになりました。医師に勇気づけられ、気分を良くするための方法も教えてもらいました。夫にも心の健康についてレクチャーしてくれたのです」とキンピューウーさんは話す。

苦しみの本当の原因が解消されない限り、ロヒンギャの人びとの心の危機は続く。ザウリナさんが望むのはこんなことだ。「子どもたちがいつか教育を受けられるように。それから、かつて住んでいたような小屋が欲しいです。普通に楽しく暮らせるように」

MSFのミャンマーでの活動

MSFは1992年からミャンマーで活動を開始。紛争の影響を受け、医療へのアクセスが限られた人びとを支援している。現在、カチン州、ラカイン州、シャン州、タニンダーリ管区、ヤンゴン管区で、1000人以上のスタッフが基礎医療や、HIV、C型肝炎、結核の治療、緊急・専門治療のための病院搬送などを行っている。ラカイン州にいるMSFは、仏教徒少数民族ラカイン族、ロヒンギャ、カマン族などの避難者をサポートしている。

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