【動画】ミャンマー:ロヒンギャの人びとを支える移動診療を阻む、モンスーンの豪雨
2023年10月12日国境なき医師団(MSF)は、ミャンマー領内のロヒンギャ避難民キャンプの支援を続けている。人びとの暮らしと支援にはさまざまな課題があるが、激しい雨が降るモンスーンの季節(雨期)には、雨風がさらなる障害となる現実がある。ミャンマーでMSFの人道問題渉外マネジャーを務めるキム・テウンが報告する。
ロヒンギャをはじめとする避難民の人びとが、粗末な住まいと水・衛生設備に耐えつつ2012年から生活を続ける、ミャンマー西部ラカイン州パウトー地区。
MSFは、この島で4カ所の診療所(週1回の移動診療3カ所と、平日毎日開院する診療所1カ所)を運営し、キャンプ住民と受入地域住民の両方を対象に、月に約3000件の診療を行っている。
私はこの地で、毎週1回の移動診療に向かうチームに参加した。
許された活動時間は2時間
雨音で互いの声すら聞こえない豪雨の中、ラカイン州の中心都市シットウェにあるMSFの事務所でトラックに物資を積み込み、モーターボートが待機している桟橋に向かった。
医師、看護師、調剤師、健康推進の担当者らスタッフ全員がトラックとボートの間に並び、物資をバケツリレーした。雨は降り続けていた。
ボートはシットウェの桟橋からカラダン川の河口域を横切って、対岸のパウトーに向かう。1時間足らずの道のりだが、安全に航行するには潮の満ち引きを計算に入れなければいけない。
ボートから島に向かう木製の小舟に乗り移った。私は慎重に小舟に足を踏み入れ、傘を差しかけてくれる同僚の隣に座ったが、上から下まで雨でずぶぬれになった。
干潟に降り立った。MSFの地域保健担当者やボランティアが、荷下ろしと荷運びに手を貸すために待っていた。
ぬかるみに足をとられ、ゆっくりとしか歩けない。
人道問題渉外チームの親しい同僚フィヨ(仮名)が、近くの廃墟のような建物に案内してくれた。そこはMSFの診療所だった。
診療や健康づくり活動などのための部屋があったが、今年5月にこの地を襲ったサイクロン「モカ」に屋根の半分を吹き飛ばされ、ボロボロになっていた。直すには資材と時間が必要だが、すぐに整えることは難しい。代わりに大きな白いテントが仮設診療所となっていた。
テントの周りで、妊娠中の女性や皮膚疾患の患者、下痢になった子どもたちが、週1回のMSFの診療を待っていた。強風や大雨などでMSFのスタッフが現場入りできなくなると、さらに待つこともあるのだ。
このコミュニティの主な健康問題は、皮膚疾患、急性の下痢、呼吸器疾患だ。これらは劣悪な生活環境や衛生状況が、その背景にある。この周辺では家庭内暴力やパートナーからの暴力を含む性別・ジェンダーに基づく暴力の被害者も多く、過去12カ月間のア・ノウト・イエ・キャンプの総件数の30%以上を占めている。
ロヒンギャの人びとを自国民と認めない政府
パウトーだけでなくラカイン州のロヒンギャは全員、ミャンマー政府に「自国民」と認められていない。このため、移動、教育、労働が制限されている。1982年、当時ビルマと呼ばれていたミャンマーが、ロヒンギャから市民権を剥奪する法律を可決したからだ。
その結果、彼らはほとんど人道援助に頼らざるを得ない。そして、サイクロンが状況を悪化させた。
やがて患者の列は短くなり、雨はほとんど止んだ。時刻は午後1時半近くになっていた。箱を詰め直し、急いでボートに移動した。道はさらにぬかるみ、来た時よりもさらに歩くのが難しくなった。バランスを崩し、何度も前後にこけた。
泥の向こうに小舟が待っていた。
帰路はみんな、静かだった。疲れているように見えた。私を含め何人かは実際に、完全に疲れ切っていた。
そしてこの時、ミャンマーでの雨期は、まだ始まったばかりだったのだ。
MSFのミャンマー・ラカイン州での活動
MSFは、シットウェ、マウンドー、ラセドン、ブティドン、パウトーなど、ラカイン州内にある7つの地域を拠点に活動を展開。550人以上のスタッフで医療・人道援助活動を続けている。