「息子を鎖でつなぎました」心を病んだ我が子に母は……

2019年01月25日掲載

ティモシーさんと母のスサナさん。2018年4月、自宅ポーチにてティモシーさんと母のスサナさん。2018年4月、自宅ポーチにて

「子どもの頃は、何の問題もなく成長しているように見えました。ちゃんと学校にも通って……サッカーで奨学金も受けたんです」

スサナ・フォーリーさんは、思いやりと優しさにあふれた口調で息子ティモシー・T・T(※)さん(32歳)の話をする。 

  • プライバシー保護のため、名字はイニシャルを使用しています。

一家はリベリアの首都モンロビア近郊で暮らしている。ヤシの木々の間にこぎれいな軽量コンクリート造の家が立ち並ぶ、閑静な住宅街だ。 

モンロビアのスサナ・フォーリーさん宅モンロビアのスサナ・フォーリーさん宅

ティモシーさんは高校卒業後、ボトル入り飲料水メーカーに就職。はじめの数年間はとても順調で、独り暮らしをしながら、家族とも頻繁に会っていた。旅行や学問への関心も高く、海外の大学に通うためのビザを申請中だった。それだけに、統合失調症を発症したのは衝撃的だった——突然、別人のようになったのだ。 

突然の発症

全てが変わったのは、2014年10月のある日。スサナさんは、その日のことを鮮明に覚えている。

教会に出かける前、ティモシーさんは緊張し、混乱した様子だった。それから、何かに追われているかのように、聖書を手に外へ飛び出したのだ。

教会では、母親に「神を知っている?」と尋ね、椅子を頭上に掲げてしゃべりだすさまは、スサナさんいわく“怪物みたい”だった。

それ以来、ティモシーさんは問題行動を繰り返すようになった。地元で乱暴に振る舞い、けんかになり、大酒を飲んだ。家では兄弟姉妹を威嚇した。

責任感が強く知的な青年だったティモシーさんは、理性を欠いた危険人物に変わってしまった。スサナさんは彼を地元の教会に1ヵ所残らず連れて行った。「悪魔にとりつかれた」と考えたからだ。だが、説教師も治療師もティモシーさんを治すことはできなかった。

安全面も心配だった。スサナさんの目の届かない所で、ふっかける相手を間違えれば痛い目に遭うかもしれない。あるいは最悪の事態も……。

スサナさんは、やむを得ず最後の手段に訴えることにした。ティモシーさんの身を確実に守る、唯一の方法だ。 

鎖を固定した壁を指すスサナさん鎖を固定した壁を指すスサナさん

「鎖を買って、あの子に取りつけました」

ティモシーさんは足首に鎖を巻かれ、居間に隣接した狭い寝室に閉じ込められた。鎖は寝室の壁に固定され、部屋の外には出られない。兄弟を襲うことも、母親を身振りで脅すこともできなくなった。

脱走を試みたこともある。鍵を見つけ、鎖をちぎったのだ。スサナさんは当時をこう振り返る。
「私が帰ると、息子が言ったんです。『自分でほどいたよ。鎖でつなぐのはやめて』。私は答えました。『あちこち歩かないでもらいたいから、つないでいるんだよ。本当はこんなことしたくない』と。ティモシーの行動を恥ずかしく、情けなく、残念だと思っていたので、また新しい鎖を買ってきました」 

医療の崩壊をもたらしたエボラ出血熱

鎖による束縛は精神病患者の尊厳と自由を奪い、身体を危険にさらす非人道的な行為だが、ティモシーさんと同じ経験を持つ人は少なくない。国境なき医師団(MSF)の専門家によると、心のケアが普及していない場所では、ほぼ例外なく患者の束縛が行われているという。

自宅や庭、宗教施設、医療施設に拘束されるケースが世界中で報告されており、20世紀半ばに抗精神病薬が開発されるまでは、米国の精神科病院でも珍しくなかった。 

エボラ治療のため、モンロビアでMSFが運営していた病院(2016年9月撮影)エボラ治療のため、モンロビアでMSFが運営していた病院(2016年9月撮影)

医療体制が弱体化したリベリアにおいて、心の不調や、その治療法について知らない人が多いのもうなずける。リベリアは過去30年間で2回の内戦と、エボラ出血熱の壊滅的な流行を経験。保健医療体制をはじめ、国民の暮らしは大打撃を受けた。多くの医療従事者が退避、あるいはエボラ対応で死亡し、医療機関は慢性的な人材不足に。その結果、人びとの保健にまつわる知識・行動が乏しくなっているのだ。 

国内の精神科医はたった1人

MSFは、2014~2016年にエボラ出血熱が大流行したギニア、シエラレオネ、リベリアで重要な役割を担った。その後、エボラ回復者に心身のケアを提供する診療所でプロジェクトを続けていたが、2016年にその活動を終えた。

MSFの精神保健チームが患者の引き継ぎ先を探す中で判明したのは、リベリア国内に精神科医はたった1人、精神科の施設も1ヵ所しかなく、最低限のケアしか行われていないということだった。 

MSFがエボラ回復者を対象に行っていたカウンセリング風景(2016年12月撮影)MSFがエボラ回復者を対象に行っていたカウンセリング風景(2016年12月撮影)

これが契機となり、MSFは2016年からモンロビアで精神保健プロジェクトを開始。保健省と連携しながら、医療施設でのメンタルケアや薬物治療の導入、臨床医への研修、地域社会へのアウトリーチ(※)活動を中心に取り組んでいる。 

  • 医療援助を必要としている人びとを見つけ出し、診察や治療を行う活動。

双極性障害やうつ病、心的外傷後ストレス障害(PTSD)、統合失調症などの患者を支援するにあたり、地域密着型のケアは欠かせない。MSFの心理ケア研修を受けたスタッフは、政府職員のヘルスワーカーと協力して、心のケアを行う診療所4ヵ所の管轄区域を訪問。治療が必要な患者を見つけ出し、最寄りの診療所に紹介し、治療の経過を追う。さらに、学校や教会など公共の場で心の病気への理解を広げ、偏見を払しょくするのだ。 

地域のヘルスワーカー、ミエッタ・クーパー(右)地域のヘルスワーカー、ミエッタ・クーパー(右)

ミエッタ・クーパーは、ティモシーさんのことを最初に知った地域の保健スタッフだ。2017年10月、地区の代表者に心の病気についてレクチャーしたところ「そのような行動が見られ、自宅で鎖につながれている人を知っている」という。そこでティモシーさんに会えないか尋ねると、家に案内され、スサナさんら家族に会うことができた。

「その時はティモシーさんに接触できませんでした。暴力的だったからです。お母さんとお話をし、治療について説明しました。暴れるので病院には来られないと言われ、私たちは診療所に引き返して、精神科医にティモシーさんのことを伝えたんです」 

「この子はもう大丈夫」

報告を受けた精神科医ウィードー・G・フォークパさんは、もう1人の臨床医とともに、ティモシーさんの自宅を訪問。すぐに精神病の症状が見て取れたという。統合失調症だった。

「幻聴があり、好戦的になっていたんです。『(ご家族がティモシーさんを)傷つけようとしている、大切になんて思っていなくて妬んでいる』と聞こえていたそうです。壁に何かが見えて、その壁を叩きまくることもありました」と振り返る。 

公務員として働く精神科臨床医、ウィードー・G・フォークパさん公務員として働く精神科臨床医、ウィードー・G・フォークパさん

その日から自宅療養を開始し、スサナさんが錠剤を投与。2週間の薬物治療でティモシーさんの様子は落ち着いた。

治療開始から半年後にはティモシーさんが自ら服薬できるようになり、毎週ブロムリー地区の診療所で検査を受けている。物腰は静かで感じよく、動作もおとなしい。幻聴もなくなった。

ティモシーさんはこう話す。「他人への言動を改めることができました。今は人と一緒にいても大丈夫です。もし幻聴が聞こえても、もう耳を貸しません」 

診療所の前に立つティモシーさん診療所の前に立つティモシーさん

母親のスサナさんも、息子の劇的な回復にうなずく。「もう、乱暴も暴言もありません。どうか皆さんに神のご加護を……。治療を始めてから、私も『この子はもう大丈夫』と思えるようになりました」

ティモシーさんは、治療を支えてくれた家族に感謝しているという。「家族は私と一緒に過ごしてくれました。決して見捨てることなく」

母子は一緒に修羅場を乗り越えた。スサナさんが尽力し、MSFや保健省の支えもあって、暗いトンネルを抜けることができたのだ。 

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