「自分が役立たずに思える」最悪の経済危機 嘆くレバノン市民

2021年01月25日
貧血を患っていたゼイナブちゃんと母親。一家は2015年にシリアの戦火からレバノンへと逃れた ©  Karine Pierre/Hans Lucas
貧血を患っていたゼイナブちゃんと母親。一家は2015年にシリアの戦火からレバノンへと逃れた © Karine Pierre/Hans Lucas

「娘は顔が真っ青でぐったりとしていました」。そう話すのは、1歳半の末娘、ゼイナブちゃんが貧血だと診断されたアフメドさん。妻と二人の子どもと共にシリアからレバノンに逃れ、アルサル郊外のテント村で暮らしている。

「医師から鉄分のサプリメントを処方され、肉をもう買えないだろうから、野菜や豆をもっと食べさせるように、と言われました。何もかも価格が少なくとも4倍は跳ね上がった。ひどくなる一方です」

レバノンは2019年後半以降、過去最悪の経済危機に直面し、社会不安や政治的混乱が続いている。昨年は新型コロナウイルスの感染拡大も発生し、8月の化学物質倉庫の大爆発は首都ベイルートに壊滅的な打撃を与えた。度重なる危機のなか、インフレ率が前年比133%にまで急騰(昨年11月時点)した同国で、人びとはいまどう暮らしているのか。国境なき医師団(MSF)の患者らが語った。

度重なる危機 貧困の深刻化

国連によると、680万人いるレバノン住民のうち、半数以上が貧困状態に陥り、その数は一昨年前と比べほぼ2倍に増えている。人口に占める難民の割合が世界で最も高いこの国で、シリア難民の89%は極度の貧困状態にあり、1日一人当たり1万レバノン・ポンド(約684円)未満で生活しているとみられる。

標高1500メートルにあるアルサルのテント村。セメントブロックとビニールシートでできた家のなかで、気温が氷点下となる冬を過ごすのは過酷だ ©  Karine Pierre/Hans Lucas
標高1500メートルにあるアルサルのテント村。セメントブロックとビニールシートでできた家のなかで、気温が氷点下となる冬を過ごすのは過酷だ © Karine Pierre/Hans Lucas

昨年春からの新型コロナ感染拡大に続き、8月にはベイルート港で大規模な爆発事故が発生した。巨大な爆風によって、6000人以上が負傷し、数十万人が家を失う被害を受けた。病院などのインフラも破壊され、国の医療物資を保管していた保健省の中央倉庫も例外ではなかった。

爆発後の緊急対応の一環として、MSFが無作為に選出した患者253人に電話調査を行ったところ、29%の患者が爆発前からすでに投薬を中断したり、薬の配給を受けたりしていたことが判明した。こうした患者の半数近くは経済的な理由を挙げた一方、11%は薬が不足しているためだと答えた。

「診療所に行っても『薬が足らない』と言われます。薬局もいつも在庫を切らしていますし」と話すのは、レバノン北部に住むマリアムさん(49歳)。8人の子どもを持つ母親で、糖尿病や循環器系の慢性疾患を患っている。末っ子は喘息持ちだ。

「働けなくなったらどうなるだろうかと不安になります。必要な薬をすべて買うことはできなくなって、息子の薬と私の薬、どちらかを選ばざるを得なくなるでしょうね」

レバノン人のマリアムさんは、北部アブデの貧しい地区で末息子と2人の女性と同居生活をしている © Karine Pierre/Hans Lucas
レバノン人のマリアムさんは、北部アブデの貧しい地区で末息子と2人の女性と同居生活をしている © Karine Pierre/Hans Lucas

レバノンでも、新型コロナの感染者数は増加する一方だ。爆発以前は1日200人未満だったが、12月には1日平均1500人に達した。これまでに19万9000人の感染が報告されている。

昨年8月以降、MSFはレバノンでのコロナ対応と医療体制への支援に力を注いできた。ベッカー高原にある病院を一時的にコロナ治療センターに改造したほか、南部シブリンにある感染者隔離センターを支援している。また、全国各地でMSFは検査や健康教育、研修活動なども行っている。

同国ではロックダウンも施行されたため、人びとの家計はさらに困窮している。

「夫は、農業や建設業で日雇い仕事についていました」と語るのは、シリアとの国境近くにあるテント村で暮らすシリア難民のサマヘルさん(40歳)。「経済危機やコロナの影響でそれも難しくなりました。週2~3日しか働けなかったり、2週間も仕事がなかったり。近所の人からお金を借りて、食料を何とか手に入れています」

シリア国境に近いアッカール県のテント村で、夫と4人の子どもと暮らすサマヘルさん。糖尿病を患っている © Karine Pierre/Hans Lucas
シリア国境に近いアッカール県のテント村で、夫と4人の子どもと暮らすサマヘルさん。糖尿病を患っている © Karine Pierre/Hans Lucas

窮地に追い込まれ、メンタル面の影響も

レバノン人であろうと、難民や出稼ぎ労働者であろうと、レバノンでは多くの人が経済危機と生活の困窮に直面している。この状況は、紛争や避難といった、心に傷を残しストレスの多い体験をした人びとに追い打ちをかけた。継続的なストレス要因により、心の健康が損なわれつつある。心のケアでMSFを訪れる患者の多くは、精神的苦痛、抑うつ、不安、絶望感などの症状をもつ。

「気が滅入り、自分が役立たずのように思えて仕方ありません。レバノンの経済状況は最悪です。一家で路上に放り出されないことを願うばかりです」

パレスチナ難民のタウフィクさん(70歳)はそう嘆く。ベイルートの密集地にある難民キャンプで暮らす家族の生活は、国連機関や人道援助団体による援助が頼りだ。「みな疲れ切っています」と妻のハナディさんは涙をこらえきれない。

打撃を受け続けると、対処メカニズムが弱まり、生きのびることがさらに難しくなる。MSFの医師カリーン・レイエムは次のように言う。

「さまざまな事情が絡み合ってはいても、私たちは支援に全力を挙げ、今後も続けていきます。ただ、私たちができる限りのことをしても、すべての人のニーズが解消されるわけではありません。さらに弱い立場へと追い込まれ、医療援助を必要とする人が増えている状況を見ると、やるせない思いに駆られます」

パレスチナ難民のタウフィクさんとシリア人の妻ハナディさん。7年前、足に重度の感染症を発症し切断に至った © Karine Pierre/Hans Lucas
パレスチナ難民のタウフィクさんとシリア人の妻ハナディさん。7年前、足に重度の感染症を発症し切断に至った © Karine Pierre/Hans Lucas

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