効果的な治療を求めて カンボジアの革新的なC型肝炎ケア、5年間の軌跡
2022年02月25日新薬を患者の手に
C型肝炎は、毎年30万人近い人が命を落としている病気だ。特に多いのは低・中所得国で、感染者の75%を占める。そんなC型肝炎に対し、2014年、直接作用型抗ウイルス剤(DAA)と呼ばれる新薬が発売された。従来の治療に比べて12週間という短期間で完了できる、飲み薬による治療法で、副作用は少なく、治癒率は約95%に達する。
しかし、製薬会社が最初に提示したDAAの「ソホスブビル」や「ダクラタスビル」の価格は法外に高額で、治療費は最高14万7000米ドル(約1557万4650円)に達する。この価格は、低・中所得国の患者はもちろん、富裕国の患者さえも手が届かない。
この事態を受けて、MSFはカンボジアでC型肝炎の検査と治療を行うパイロットプロジェクトの開始を決定。他団体と協力して、薬の特許に異議を申し立て、ソホスブビルとダクラタスビルの価格を下げること、また、C型肝炎の診断ツールを誰もが利用しやすくすることに取り組んだ。
「歴史は繰り返す」
2016年5月、プノンペンのプレア・コサマク病院で、最初のC型肝炎スクリーニング検査を実施した。カンボジアでの血清有病率は不明だが、推定によると同国の成人人口の2.6%がC型肝炎ウイルスに感染しているとされる。最初に検査を受けたのはHIV陽性患者で、C型肝炎の影響を受けやすいと考えられていた人びとだ。しかし検査の結果、HIVとC型肝炎の二重感染者はごく一部であることがわかった。また、C型肝炎の陽性患者の年齢が比較的高く、90%以上が40歳を超えていたことも意外な結果だった。
2017年1月、活動開始から数カ月後には3200人以上が診断待機者リストに載り、300人近くが既に治療を開始していた。MSFは国内で唯一、無償の治療を行っていたが、治療薬が高く全員は治療できない状況だった。
当時カンボジアで活動責任者を務めていたミカエル・ル・ペイは「20年ほど前、MSFをはじめ多くの人びとが、ジェネリック薬(後発医薬品)を手に入れHIV治療薬の価格を下げようと奔走しました」と話している。「『歴史は繰り返す』と言いますが、C型肝炎でも同じことが起きています。治療に必要な薬は高額ですが、MSFは治療費を抑える方法を見つけ、患者の治療につなげていきます」
その後、MSFで薬価の問題に取り組んでいるアクセス・キャンペーンの活動もあって、以前は約1600ドルもした治療薬に代わって、2018年には患者一人当たり120ドルのジェネリック薬を入手できるようになった。
簡略化の成果
新薬に対する需要がとても高かった一方、2017年を通して薬は不足していた。そのため現場のチームは、症状が進んだ患者にのみ新薬を処方。2018年にようやく必要量の確保にこぎつけ、感染者全員を新薬で治療できるようになった。プノンペンのプレア・コサマク病院には、遠方から来る人も含めて、毎日何百人もの患者が来院している。
「最初に試したのは伝統薬ですが、うまくいきませんでした」と話すのは新薬を使った治療を開始してから数週間が経過したバンナ・チョウさん。「MSFがプノンペンで治療を行っていることを知り、自宅のあるシェムリアップからバスで8時間かけて来ることにしたのです」
新薬の有効性に関する初期の治療成績から、この薬はカンボジア国内に存在する全てのC型肝炎遺伝子型を治療できることが明らかになった。これまで各地のチームが患者一人ひとりに行っていた予備分析は不要になり、経過観察や追加の検査の回数も減らすことが可能になった。
「カンボジアの人びとの多くは貧しいのです」と、2016年からMSFの診療所で働いているソマレーン・パ医師は話す。「だから、診療回数と交通費が減れば、患者さんは大助かりです」
140日を5日に短縮
より簡単で早く結果が出るスクリーニング検査が徐々に利用できるようになったことも、プロジェクトには追い風となった。それまでは、診断に必要な血清学的検査や確認のためのPCR検査は、専門の民間検査機関でしか行えなかった。
「プロジェクトの開始時は、慢性感染症で必要な診断検査を全て受けるためにさまざまな手続きが必要でした。そのため、最初の血清検査で陽性になってから治療を始めるまでに140日近くかかっていたのです」とル・ペイは話す。「それがわずか5日に縮められました。確定診断に迅速PCR検査を使えるようになったおかげです」
MSFのチームは、2018年に約4万2000人にスクリーニング検査を実施し、8000人以上を治療した。検査から診断、治療に至るプロセスの簡略化を受けて、プノンペンだけでなく、もっと小さな町でも、患者は自宅近くで治療を受けることができるようになった。人口の76%が農村部に住み、医療事情もよくないカンボジアでは画期的な成果だ。
看護師による治療を軸に
2018年、MSFチームはカンボジアの北西部に位置するバッタンバン州での活動を決定。プノンペン以外の地域でのC型肝炎の流行については、それまであまり知られていなかった。MSFの疫学研究機関、エピセンターが2018年に実施した最初の調査では、同州の人びとの多くがC型肝炎ウイルスに感染していることが明らかになった。検査を受けた46歳以上の5.1%にウイルスの抗体が検出されたのだ。
「カンボジアではこの病気に対する差別はありませんが、検査を受けた人の65%近くはこの病気のことを知りませんでした」とル・ペイは話す。「カンボジア保健省とも話し合い、基礎的な医療を行うことのできる診療所が治療にふさわしいという結論に達しました」
このプログラムを同州で実施した数カ月後、治療モデルをさらに簡略化して、医師ではなく看護師によって治療する可能性も見えてきた。
「それまでは、プノンペンやバッタンバン州の患者さんのケアは、主に医師が行っていましたが、服薬遵守が非常に良好で副作用もごくわずかである、という医学的要素をもとに、明らかな合併症を伴わない患者に対しては、追加検査の代わりに経過観察を行うことにしました。このモデルを実施すれば、看護スタッフは短期研修を受けることで、患者の大部分をケアできるようになったのです」
2020年6月から2021年1月にかけて実施した調査では、看護師による治療モデルの有効性が検証された。結果、合併症のない患者329人全員が治療を完了し、そのうち94%(310人)がウイルスを排除できた。2%(5人)は不成功、4%(14人)は最終検査を行えなかったが、最終検査を行った315人の患者うち98%が完治した。MSFチームは、カンボジア保健省の協力のもと、5年間で簡略化した治療モデルの開発に成功し、非常に高い費用対効果を証明したのだ。
継続的な開発のために
このパートナーシップを通じ、世界・国内ともに大幅な資金不足が続くC型肝炎の治療において、投資を増やし、政治的意思をまとめることで、何百万もの人びとに効果的な治療を届けていく。