【イベント報告】人道援助コングレス東京2021「人道援助の未来──真に、“誰一人取り残さない”ために」

2021年06月29日
MSFとICRCが共催した人道援助コングレス東京2021。登壇者が世界各地からオンラインで参加し、<br> 人道援助活動の現状や課題について議論した
MSFとICRCが共催した人道援助コングレス東京2021。登壇者が世界各地からオンラインで参加し、
人道援助活動の現状や課題について議論した

日本において、人道援助活動や国際協力に携わる方々と、人道援助が現在直面するさまざまな問題について共に考え、議論する場を作りたい──。こうした思いを形にするため、昨年から国境なき医師団(MSF)が日本でも開催した「人道援助コングレス東京」。

2回目となる今年は、赤十字国際委員会(ICRC)と共催し、「人道援助の未来──真に、“誰一人取り残さない”ために」をメインテーマに、シリア内戦、気候変動と紛争、新型コロナウイルス感染症が女性や子どもたちに及ぼす二次的影響という3つのトピックについて議論した。

前回同様オンライン形式で開催されたコングレスには、それぞれのテーマの専門家らが、日本、スイス、シリア、パキスタンなど世界各地から登壇。人道援助活動の現状や課題についての発表・紹介の後、視聴者からは多くの質問が寄せられ、「誰一人取り残さない人道援助を実践する上で必要なことは何か」について考えを深める2日間となった。

オープニングセッション:人道援助の未来──真に、“誰一人取り残さない”ために

紛争や気候変動、貧困など従来からの人道問題に加えて、昨年来続くコロナ禍で高まる一方の人道ニーズ。人道援助団体の活動にもさまざまな困難が伴っている。

ICRCのクリスティーン・チポラ アジア大洋州局長は開会のあいさつで、「紛争や気候変動などで既に限界まで追い込まれている人びとに、コロナが追い打ちをかけている。公平なワクチンへのアクセスしかり、誰一人取り残さない活動がいまこそ必要」と述べた。そして、「コロナ禍で他の人に起こっていることが、私たちの日常にも影を落としかねない」とし、「主催者として、互いの知見を有効活用し、解決策を探り、ここから得たものを実行に移すことが大事」とコングレスの意義を語った。

オープニングセッションのモデレーターは、NHK国際放送局でエグゼクティブ・ディレクターを務める榎原美樹氏。欧州や東南アジア、米国での特派員時代に、紛争や自然災害を取材する中で、MSF、ICRCとも接触。「時にまぶしく思う時もあり、さまざまな縁をもらってきた」と冒頭で語った。その両者がそれぞれの立場から問題提起をして、「21世紀、コロナ禍が全世界を襲ういま、そこから見えてくる人道援助をめぐる課題を乗り越えるには何をすればいいのかを考えたい」とし、この言葉をもってディスカッションは幕を開けた。

ICRCのレジス・サビオ駐日代表はまず、紛争にまつわるデータを提示。「ICRCが把握している限りでは、100以上の紛争が現在世界で行われていて、60カ国が何らかの形で関与、100以上の武装勢力が存在している」とし、デジタル空間での攻撃なども加えると、「この地球上で600以上の非国家武装勢力が何らかの活動をしていて、600万人以上が武装勢力の支配下で暮らしている」と明らかにした。

そのうち、465の武装勢力と対話するICRCが中立・独立・公平を掲げた活動を全うし、複雑化する事態に対応するためには次の4点が必要、と続けた。
⑴ 戦時のルールである国際人道法の順守を訴え、実際に尊重してもらうこと
⑵ 現状を変えるために人道団体が連携し、民間セクターや学術界とのパートナーシップを探ること
⑶ デジタルトランスフォーメーションにより効率的に人道支援を届けること
⑷ 地元の人びとを議論の中心に置き、現地のリソースを活用・拡大し、連携すること
また、次世代を担う若者が世界の問題を知り、関心を持って立ち上がり、希望を胸に行動する大切さも訴えた。

MSF日本事務局長の村田慎二郎は、現在組織が抱える課題として、⑴必須医薬品へのアクセス、⑵人道援助へのアクセス、の2点を挙げた。MSFは、誰一人として取り残さないためにも、治療薬やワクチンに関しては、“ぜいたく品であってはならない”というキャンペーンを継続して展開している。

二つ目の人道援助へのアクセスに関しては、軍事的な政策や対テロ法制の適用が阻害要因となっていると言及。また、自身がシリア・アレッポの現地活動責任者だった頃、「2年だけで40件を超える攻撃があった」とし、「反政府武装勢力が支配していた地域の9割以上が、空爆などによって直接・間接的に攻撃された。口実として“テロとの闘い”がよく使われており、イエメンやアフガニスタンでもそうしたことが行われている」と語った。

一方で、コロナ禍において人道援助への関心が高まっている、とし、「9割以上が民間からの寄付で、昨年は寄付者が35万人から42万人に大幅に増えた」ことから、今後も日本人の理解と支持を拡大していきたい、と述べた。

また、本セッションでは、ゲストスピーカーに外務省外交政策局人権人道課の富山未来仁課長を迎えた。紛争下の医療を保護するため、2016年に採択された国連安保理決議第2286号について、「日本を含む5カ国で共同起案国として採択を働きかけた。紛争当事者による医療従事者や医療施設への攻撃を非難し、人道法、人権法を含む国際法の義務順守を訴えた」が、「5年たっても決議の完全実施はされていない」と事態を憂慮した。

富山課長は、「アフガニスタンで亡くなった中村医師のような悲劇は繰り返されてはならない」とし、国際人道法の普及を通じたルール順守の呼びかけは「各国が取り組むべき重要課題」と述べた。また、日本政府が今年、コロナ禍における武力紛争の被害者の医療アクセスなどの向上を図るという名目で、ICRCや国連児童基金(ユニセフ)などの人道組織に資金援助を提供したことにも言及。日本としても紛争下における医療の保護の実現に向けて、一層の協力を促すために引き続き全力で取り組んでいく意向を示した。

イベント参加者との質疑応答では、村田およびサビオ氏が、人道団体は苦しみや痛みを和らげることはできるが、貧困や紛争そのものは止められないとし、人道援助の限界についてもそれぞれ意見を述べた。そのためにも、多くの人に人道団体が発するメッセージを知ってもらい、メディアや世論が政治や世界情勢に好影響を与える役割を果たしてほしい、と締めくくった。

上段左から、モデレーターを務めた榎原美樹氏(NHK国際放送局エグゼクティブ・ディレクター)、村田慎二郎(MSF日本事務局長)<br> 下段左からレジス・サビオ氏(ICRC駐日代表)、クリスティーン・チポラ氏 (ICRCアジア大洋州局長) 🄫 MSF
上段左から、モデレーターを務めた榎原美樹氏(NHK国際放送局エグゼクティブ・ディレクター)、村田慎二郎(MSF日本事務局長)
下段左からレジス・サビオ氏(ICRC駐日代表)、クリスティーン・チポラ氏 (ICRCアジア大洋州局長) 🄫 MSF

開会のあいさつおよびオープニングセッションの動画はこちら
(本セッションは日英同時通訳付きで実施されました。音声は話者の言語となります)

セッション1:破壊と喪失の10年──シリアが背負う大きな代償

10年を経てなお内戦が終わらぬシリアは、いまどのような状況にあるのか。ICRCやMSFの代表者、シリア国内でICRCの活動に従事した日本人医師、そして戦渦のアレッポで医療活動に従事していたシリア人医師がそれぞれの見解を語った。

モデレーターを務めたのは、新聞社の中東特派員として15年以上シリアを取材した貫洞欣寛氏。セッションの冒頭で同氏は、1946年の建国から2011年の民主化デモに至るまでの経緯を、歴史や政治、宗教の背景とともに解説。また、複雑なシリア内戦10年の推移も分かりやすく解説した。

ICRCシリア代表部のフィリップ・シュペーリ氏は、現地でシリア・アラブ赤新月社とパートナーを組み、救急搬送や応急処置などを含む医療機関への支援に加えて、大規模な水と環境整備事業、生計の自立支援事業などを展開している、と紹介。その他にも、赤十字ならではの収容所訪問といった活動や、北東部にあるアルホール避難民キャンプの状況に触れ、特に子どもたちが危機的状況に置かれていると警鐘を鳴らした。同キャンプの滞在者はほぼ女性と幼い子どもで占められており、ICRCはそこに暮らす1万人ほどの外国人に対して、母国との連絡通信もサポートしている。

続いて、アルホール避難民キャンプのICRC病院で活動した医師の岡田朋子氏が、キャンプ内で生活する武装勢力メンバーの家族には平等に医療が届かない実情や、出会った患者らの困難について報告した。

MSFのシリア活動責任者であるヤースィル・カマールディンは、MSFが医療・人道援助活動を行う反政府側の統制地域での状況を報告。結びに、内戦によって国内外に1300万もの避難民が出る事態となったが、「この数字の陰には一人ひとりの物語があり、彼らが尊厳を持って生活し、必要な援助にアクセスできるようにすることが重要だ」と述べた。

最後に、シリア内戦を描いたドキュメンタリー映画『娘は戦場で生まれた』に登場した医師で活動家のハムザ・アルカーディブ氏が、医療への攻撃について実体験に基づき語った。大都市アレッポで内戦下に立ち上げた自らの病院は、外部に位置情報を共有しないことで、医療活動を提供し続けた。同氏は「反体制派の地域で働く医療者はテロリストとみなされる。多くの病院が破壊され、医療者が犠牲となった。その攻撃を行った側の責任を追及していくべきだ」と訴えた。また国際的な援助団体による「中立的立場」からの紛争描写について、当事者の立場から疑問を投げかける場面もあり、参加者に新たな視野・考察を提供した。

上段左からモデレーターを務めた貫洞欣寛氏(BuzzFeed Japan News編集長)、フィリップ・シュペーリ氏 (ICRCシリア代表部首席代表)、ヤースィル・カマールディン(MSFシリア活動責任者)<br> 下段左から岡田朋子氏(倉敷成人病センター麻酔科医、元ICRCシリア代表部国際要員)、ハムザ・アルカーディブ氏(医師、人権・公衆衛生活動家) © MSF
上段左からモデレーターを務めた貫洞欣寛氏(BuzzFeed Japan News編集長)、フィリップ・シュペーリ氏 (ICRCシリア代表部首席代表)、ヤースィル・カマールディン(MSFシリア活動責任者)
下段左から岡田朋子氏(倉敷成人病センター麻酔科医、元ICRCシリア代表部国際要員)、ハムザ・アルカーディブ氏(医師、人権・公衆衛生活動家) © MSF

セッション1の動画はこちら
(本セッションは日英同時通訳付きで実施されました。音声は話者の言語となります) 

セッション2:気候変動と紛争 大地が干上がる時

このセッションの副題の「大地が干上がる時」は、ICRCが2020年に公開した報告書のタイトルである。ICRCのキャサリン=ルーン・グレイソン氏はこの報告書をひも解き、なぜ紛争下の人びとは気候変動リスクや環境悪化の影響を受けやすいのか、現地ではそうした被害にどう対処し適応しているのか、また人びとのレジリエンスを強化しニーズを満たすために人道団体はどう寄り添っていくべきかを語った。

続いて国際協力機構(JICA)の石渡幹夫氏が、開発セクターによる人間の安全保障の問題への取り組みについて語った。前提として、長期的かつ科学的なアプローチが求められる気候変動への適応と、迅速な効果と社会経済的なアプローチが求められる平和構築を同時に行うことの難しさを指摘。その上で、ケニアでの干ばつ対策など、両立に向けてのアプローチを提案した。

パネルディスカッションでは両名が、司会者である国連防災機関(UNDRR)のドナ・ラグダミオ氏やオンラインの参加者から挙がった多数の質問に答えた。中でも「どうすれば、すべての当事者の認識をすり合わせ、変化をもたらすことができるか」という質問に対しては、グレイソン氏が、そうした試みの一環として、2021年5月に採択されたばかりの「人道団体のための気候・環境憲章」の概要を説明した。

また、外務省国際協力局気候変動課長の大髙準一郎氏は、人間の安全保障の問題でもある、気候リスクの低減に向けた日本の取り組みを紹介。脱炭素社会の実現のため、途上国に対しては、各国の実情を考慮し、官民合計で年間約1兆3000億円規模の気候変動対策支援を行っており、さらに緑の気候基金に約3200億円の拠出を表明したと語った。

最後に全登壇者が、人道セクター内外と「連携」「一致団結」してこうした問題に取り組んでいくことの重要性を再確認した。

上段左から、キャサリン=ルーン・グレイソン氏(ICRC政治顧問)、石渡幹夫氏(JICA国際協力専門員(防災・水資源管理)、東京大学新領域創成科学研究科客員教授)<br> 下段:モデレーターを務めたドナ・ラグダミオ氏(UNDRR上級政治顧問) 🄫 MSF
上段左から、キャサリン=ルーン・グレイソン氏(ICRC政治顧問)、石渡幹夫氏(JICA国際協力専門員(防災・水資源管理)、東京大学新領域創成科学研究科客員教授)
下段:モデレーターを務めたドナ・ラグダミオ氏(UNDRR上級政治顧問) 🄫 MSF

セッション2の動画はこちら
(本セッションは日英同時通訳付きで実施されました。音声は話者の言語となります)  

セッション3:女性・子どものヘルス分野における数十年の成果からの大幅な後退 新型コロナウイルス感染症の二次的影響

「影のパンデミック」──この言葉は、新型コロナウイルス感染症の流行拡大によって引き起こされる、女性や子どもへの二次的な影響を表している。多くの国で新型コロナの感染対策に多額の資金やリソースが投入された結果、母子、女性、少女の健康に関するさまざまな取り組みの優先順位が下がっているのだ。

ジョイセフの勝部まゆみ氏からは、アフリカやアジアの国々において、コロナ禍で4人に1人が必要な保健サービスを受けられていないことや、新生児死亡率が倍増したことなどについての報告があった。この一年の間にアフリカのマリやナイジェリア、シエラレオネを訪れたMSF小児医療アドバイザーのオルワケミ・オグンディペ医師は、MSFがコロナ感染症に対応する一方で、結核やマラリアのワクチン接種などの医療援助活動を中断せざるを得なかったことを紹介した。

また、パキスタン・ペシャワールの病院で産科医として務めるソビア・アゼーム医師からは、男性優位の同国において、女性は自分たちの健康について発言権を持っていないという社会的背景と、今年に入ってから既に800万人もの女性が暴力・性暴力を受けたという調査結果が示された。

こうした現状の発表に続き、パネリストたちは参加者からの質問も交えて、それぞれの活動の知見と現場での経験に基づく意見を交換。女性や子どもたちがコロナ禍で強いられている社会的・経済的困難を軽減するためには、当事者の視点から解決策を探ること、そのためにはアウトリーチ活動を積極的に行うことなどが提起された。

上段左から、モデレーターを務めたクララ・ファン・ヒューリック(小児科医、MSF日本医療アドバイザー/インターナショナル・ガイドライン・プロダクションチーム)、ソビア・アゼーム(産科医、MSFペシャワール「女性の病院」医療活動マネジャー)<br> 下段左から、オルワケミ・オグンディペ(小児科医、MSF小児医療アドバイザー)、勝部まゆみ氏(公益財団法人ジョイセフ業務執行理事・事務局長) © MSF
上段左から、モデレーターを務めたクララ・ファン・ヒューリック(小児科医、MSF日本医療アドバイザー/インターナショナル・ガイドライン・プロダクションチーム)、ソビア・アゼーム(産科医、MSFペシャワール「女性の病院」医療活動マネジャー)
下段左から、オルワケミ・オグンディペ(小児科医、MSF小児医療アドバイザー)、勝部まゆみ氏(公益財団法人ジョイセフ業務執行理事・事務局長) © MSF
MSF日本会長 久留宮隆<br> © MSF
MSF日本会長 久留宮隆
© MSF
閉会のあいさつでMSF日本会長の久留宮隆は、オープニングセッションおよび3つの議題を振り返るとともに、登壇者、参加者による積極的な議論が交わされたことに感謝を述べた。

そして「今年のテーマである『人道援助の未来──真に、“誰一人取り残さない”ために』を実現するためには、困難に直面している当事者の声を知り、その声を世界に向けて発信していくことが何よりも重要です」と語り、2日間にわたる人道援助コングレス東京2021を締めくくった。 

セッション3および閉会あいさつの動画はこちら
(本セッションは日英同時通訳付きで実施されました。音声は話者の言語となります)  

空爆を受けた、シリア・東アレッポの病院=2016年 🄫 KARAM ALMASRI
空爆を受けた、シリア・東アレッポの病院=2016年 🄫 KARAM ALMASRI

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