【東日本大震災から10年】避難所で再開した地域医療 住民に寄り添い続けた被災後の道のりとは
2021年03月11日
国境なき医師団（MSF）が東日本大震災の直後から活動を行った地域の一つが、岩手県宮古市の北部に位置する田老地区だ。地震と津波によって、地区唯一の診療所である田老診療所は全壊し、医師と看護師が住民のために避難所で診療を続けていた。MSFは同診療所を支援するとともに、移動診療や心のケアをスタート。その後、12月に仮設診療所を寄贈するまで、田老診療所との連携は続いた。
そして2016年には、新診療所が稼働を始めたという。いま、スタッフの方々はどうしているのか。コロナ禍での影響は──。今年1月、電話で震災以降の奮闘を聞いた。
カルテも薬もないところからの診療再開
「10年前、最も大変だったのは震災直後です。カルテも薬も失ってしまったところから、診療機能を復活させなくてはいけませんでした。医師の記憶を頼りに、患者さんへの投薬を始めていたとき、MSFの皆さんが支援に入ってくださった。あのお陰で、その後の診療の回復と、仮設診療所の開設につながったと思っています」
そう振り返るのは、いまも同診療所に上席臨床検査技師として勤める山本弘美さん。「私自身、被災したため、『しっかりしなくては』と思いながらも力が出ないことがありました。そんなとき、見ず知らずの私たちのためにMSFの皆さんが一生懸命に活動してくださり、不思議に思うと同時に力を頂きました」
住民5000人弱（2011年当時）の健康を担っていた田老診療所。この地区には高血圧などの慢性疾患を抱える高齢者が多く、診療機能の回復は急務だった。震災直後、地区の宿泊施設「グリーンピア三陸みやこ」の3階の一室に、応急処置的に診療スペースが作られたが、高齢の患者は通いにくく、ストレッチャーがエレベーターに乗らないといった問題もあった。そこでMSFは、6月から同施設の2階に仮設診療所の建設をスタート。
当時、建設の指揮を執ったMSFの建築士の山住邦夫がこだわったのが、実際に診療所を使う人びとの声を聞き、取り入れることだ。その過程で、山本さんには忘れられない瞬間があると言う。「私たちのほかに、地元の設計会社や、水道・電気会社、医療機器メーカーの人たちなど、多くの人が集まって、夜中まで何度も議論を重ねたんです。『いい診療所を作ろう』という皆さんの温かい思いを感じました」
12月には診療室やレントゲン室を備えた仮設診療所が無事完成し、宮古市に寄贈。「仮設住宅のすぐ近くに建設していただいたお陰で、住民の人たちの交流の場にもなっていました」と、同診療所の所長で医師の橋本祥弘さんは話す。この仮設診療所は、約5年間、地域の人びとのために役立てられた。
この地域の人のために。その思いはいまも変わらず
2016年8月、地区内の別の町に新設された新田老診療所が稼働を始めた。250平方メートルほど広くなり、廊下や待合所などもゆったり使いやすくなったそう。いまは1日あたり40人弱の患者がここを訪れる。「高台に移ったため、以前の場所に比べると坂は少し多いものの、通いやすい場所だと思います」と、橋本さん。
いま田老診療所は、新型コロナウイルス感染症対策の一環で、この地区の発熱外来も担っている。「幸いなことに、いまのところ緊急の対応はほとんどありませんが、一般外来の時間の短縮だけはせざるを得ない状況です」。岩手県は、他の都道府県に比べて感染者数は少ないものの、この地区には高齢者が多いため、細心の注意を払っているという。
橋本さんは仮設診療所が完成した2011年12月から約10年間、田老診療所の唯一の医師として、患者に寄り添い続けている。実は、もともとは県外で働いていたが、震災をきっかけに「自分の生まれ故郷である岩手で、何かできることをしたい」という思いで帰郷したと話す。「これからも、ここでできる限りのことをしていきます」
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