国境なき医師団の“意外な”仕事人たち【第3回 自動車整備士編】

2020年11月27日
南スーダンでのプロジェクトを共にした同僚たちと © MSF
南スーダンでのプロジェクトを共にした同僚たちと © MSF

「フリート」(Fleet)とは、ある団体や組織が所有する全ての車両、という意味の言葉。国境なき医師団(MSF)のフリート・マネジャーは、活動地で使われる車やエンジン機器の整備と管理を担っています。

MSFの“意外な”仕事人を紹介するシリーズ。最終回は、好きな仕事を続けながら世界へと飛び出したフリート・マネジャーの川内勇希が登場。交通インフラが整っていない地域でこそ、安全な車に整備することが欠かせないと語ります。

道なき道も前進!万全の車が命を守る

スタッフの移動から医療物資の輸送、日々の調達、そして調査活動まで──車はMSFの現場になくてはならないものです。活動する地域では路面状況が思わしくないことも多く、さらに雨期ともなれば、ぬかるんだ道路を突き進むことになります。どんな状況でも車両をスムーズに動かすことは、活動を支えるうえで重要な要素。そのためフリート・マネジャーは、車両の点検や不具合の調整、そして必要な部品の調達と管理などを担います。

スーダン
の白ナイル州に赴任した時のことです。そこでは、海外派遣スタッフが生活する宿舎は大きな町の中にあり、活動する難民キャンプは車で2時間の場所にありました。スーダンは国内情勢が安定しておらず、安全上の理由で難民キャンプでの滞在が許可されていないためです。

日々往復4時間のドライブをしなければならないのですが、その道のりは目印となるものが何もない平原。同乗しているのは、ただでさえ多くのストレスにさらされているスタッフたち。道中に何か車のトラブルがあってはならず、宿舎へ毎日安全に帰り着くことが重要です。車は患者さんの緊急搬送にももちろん使われますが、医療従事者でなくとも、「命を守る」という重大な責任を負っていると強く感じた経験でした。

パプアニューギニアではぬかるみの中を進むことも © Sean Brokenshire/MSF
パプアニューギニアではぬかるみの中を進むことも © Sean Brokenshire/MSF
南スーダンでは女性の整備士も活躍 © Jason Rizzo/MSF
南スーダンでは女性の整備士も活躍 © Jason Rizzo/MSF

悪路を走る車の点検は綿密に

ボートや発電機の管理も担う。南スーダンのオールド・<br> ファンガクでは車ではなくボート移動のみだった © MSF
ボートや発電機の管理も担う。南スーダンのオールド・
ファンガクでは車ではなくボート移動のみだった © MSF
現場では、車両の基本的な安全点検を毎日行います。デコボコ道のような悪路を繰り返し走行するため、サスペンション関係の部品がいち早く劣化します。振動を受け続けることで、舗装された道路を走っていればほぼ影響を受けないような部品まで、摩耗したり折損したりするのです。また道路の状態だけではなく、燃料の品質が低いために、エンジンの性能に影響が出る場合があります。走行距離が多いときには、メンテナンスが必要な点検をひと月に2回行っていました。

その他の業務では、どの車両がいつ何キロ走行し、ガソリンをどれだけ消費したか、といった運行データの管理があります。車両の点検時期や、半年後に必要となる部品を予測し、翌年の予算編成を行う際に参照とするのです。さらに燃費の記録からは、ドライバーの走り方に問題がないか、給油が正確に行われているかなども判断します。支援者の皆さんからのご寄付を無駄に使うことがないよう、こうした部分でも細かい記録をつけています。

自分だからこそできる仕事がある

南スーダンでは「整備を教えてくれ!」とよく<br> 頼まれた。一日の終わりに現地スタッフと © MSF
南スーダンでは「整備を教えてくれ!」とよく
頼まれた。一日の終わりに現地スタッフと © MSF
MSFの活動地では、トヨタのランドクルーザーを使うことがよくあります。その点で自分がトヨタ自動車の出身であることは、大きなアドバンテージです。車体の構造自体はどのメーカーでも似ているとは言え、部品の脱着方法や手順、ボルトやナットのサイズなど、慣れ親しんだ造りの車両は整備がしやすいものです。また、現地スタッフに自信を持って教えることもできます。

スーダンでは人材募集も行いました。ベテラン整備士も含め10人ほどの応募者から採用したのは、若い青年。これまで培った経験も大事ですが、MSF特有の車両管理方法に対応できる柔軟さや、地方のプロジェクトを訪れることも多いため、身軽さが必要とされるからです。この青年はすぐに多くのことを吸収して期待以上の働きぶりを見せ、採用は大正解でした。

自動車整備士のような専門職は、長くやればやるほど、その道でしか転職できないというようなイメージがあります。けれども国境なき医師団では、医療者以外の人材も幅広く求められています。これまで踏み出せなかったけれど、実は活躍できるフィールドがどこかで広がっているかもしれない。思いもしなかった企業や団体が、専門的な技術者を必要としている。そんな可能性を見つけてもらえたらいいなと思います。

川内勇希(かわうち ゆうき)

2005年トヨタ東京自動車大学校卒業。ネッツトヨタ神奈川にて整備士として入職。2015年、青年海外協力隊の一員としてタンザニアに派遣され、自動車整備についての理論や技術を教える。2018年国境なき医師団に参加。車両管理専門のロジスティシャン(フリート・マネジャー)としてパプアニューギニア、スーダン、南スーダンで活動。

この他の回の「国境なき医師団の“意外な”仕事人たち」はこちら:

   》【第1回 現地広報編】趙 潤華

   》【第2回 疫学専門家編】西野 恭平

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