まだまだ「国境なき医師団」を見に行く——いとうせいこうさん 中東の今を語る

2020年01月30日掲載

© MSF© MSF

国境なき医師団(MSF)の活動を長く取材されてきた、作家・クリエイターのいとうせいこうさんによるトークイベントが2019年12月21日、東京都内で開催された。紛争や迫害によって住まいを追われ、終わりの見えない旅を続けている難民・移民の現状を伝え、MSFの活動を紹介するイベント「エンドレスジャーニー展 ~終わらせたい、強いられた旅路~」の一環。

「まだまだ『国境なき医師団』を見に行く」と題されたイベントは、立ち見も出る大盛況に。最新の取材地である中東パレスチナとヨルダンの話を中心に、いとうさんに語ってもらった。

すべての始まりは「男の日傘」

ーーそもそもMSFに興味を持たれたきっかけは?

© MSF© MSF

10年前の話ですが、男の人でも夏は日傘がないとやっていけないのに、かっこいい日傘がないということで、大阪の傘屋さんとコラボしてオリジナルの日傘を作ったんです。アイデア料をもらえることになり、MSFに全額寄付しようと思いつきました。夏の日差しはもはや災害だと感じたのと、災害地に向かうMSFというイメージがあったからでしょうね。それ以来寄付を続けています。 

しばらくして、そのことを聞いたMSFから取材を受けたんですが、ちょっと話を聞いただけで僕のMSFに対する思い込みが崩れたんです。そして聞いたことの多くが一般的に知られていないという事実。そこで僕のよくやる余計なお世話が出てきて、取材させてほしいという話になったんです。横で聞いていたマネージャーは、急に何を言い出すんだろうと思ったでしょうね(笑)。 

——2016年から2018年にわたり5回の取材を重ねてきました。

ギリシャの難民キャンプで男性から話を聞くいとうさん=2016年 © MSFギリシャの難民キャンプで男性から話を聞くいとうさん=2016年 © MSF

ハイチ、ギリシャ、フィリピン、ウガンダ、南スーダンでMSFの活動を見てきました。ギリシャに行くときは、なんでギリシャに、と最初思いましたね。難民の動きもつぶさにしらなかったし・・・・・・。地中海を渡って沢山の難民の方々が来ていてギリシャで足止めされている状況でした。その中に自分より年上と思っていた男性に話しかけたんですが、まさかの年下。大変な苦労をされた人なんだと思いました。とにかく平和になって自分が生きているうちに故郷に帰れるんだろうかと、悲嘆に暮れていましたね。

フィリピンでは、スラム地区における女性のための性と生殖に関する健康についての活動を見てきました。カソリック系住民が多く、スラム街では教育も行き届いていない。狭い地域に多くの人が暮らすところで、その向こうには高層マンションがそびえ立っていて、すさまじい格差と不公平に圧倒されました。 

世界一大きな監獄

ーーひと月前には中東に赴かれました。

イスラエルの空港に降り立ったいとうさん © MSFイスラエルの空港に降り立ったいとうさん © MSF

パレスチナのガザ地区とヨルダンの首都アンマンに行きました。国際情勢を知る上で重要な中東に行ったことがなかったのと、現地でMSFがどういったアプローチをしているのか、この目で見てみたかったんです。しかしガザ地区には、入る直前まで入境許可が下りなかったし、現地入り前日にはガザとイスラエルの間で砲撃の応酬があり、本当に入れるのか最後までわかりませんでしたね。

イスラエルに着いた時の空港での緊張感は印象的でした。入国審査や荷物検査が厳重だと聞いていたので、何が起きるのだろうと。何度もボディチェックや荷物検査がありましたが、この後、もっと厳しい検査を体験しました。
 

ガザは中東のパレスチナ自治区を構成する地域。地中海に面した縦長の土地で、東京23区の6割くらいの広さに200万人が暮らす過密したエリア。イスラエルにより封鎖され、「世界最大の監獄」と呼ばれる 

ーーガザで見たものは?

米大使館のエルサレム移転に抗議するデモ。52人の犠牲者が出た © Laurence Geai米大使館のエルサレム移転に抗議するデモ。52人の犠牲者が出た © Laurence Geai

2018年3月以降、イスラエルとガザを隔てるフェンス沿いで毎週末、抗議活動が行われていることについて、実はよく実態を知らなかったんです。そしてこれには米国政府による大使館のエルサレム移転が強く影響していました。抗議は毎週末行われ、必ず人が銃で撃たれている。すでに300人以上が亡くなっています。また、撃たれた人には特徴があって、皆一様に膝から下を撃たれているんです。銃弾は体に小さく入って大きく出るような、人間をいじめるための兵器。傷口を爆裂した状態にするんです。

撃たれた脚が古木のように腫れあがっている人がいました。傷口は感染症を引き起こし、抗生剤が効かなくなる薬剤耐性菌によって治療がどんどん難しくなる。そしてその人の世話をする家族の生活をもじわじわと苦しめる。とんでもない悪質ないじめだなと、恐ろしくなりました。
 

ガザの診療所で診察を待つ男性たち © Toru Yokotaガザの診療所で診察を待つ男性たち © Toru Yokota

しかし、ガザの連中はほんとに人懐っこいんです。以前に訪れたアフリカとはだいぶ違って、アジア人をあまり見たことがないのかもしれません。そして世界で一番いじめられている人びとなのに、人をもてなすホスピタリティがある。めちゃめちゃケガしているのにピースとかしている。皆とても明るいんだけど話を聞くと、本当に悲惨な体験をしているんです。

ガザを出るときも何度も検査と審査がありました。入境したとき、荷物の中のシャンプーの蓋が空けられて中身がすべてスーツケースの中で出てしまっていたんですが、これもイスラエル当局者の細かいいじめなのかと感じました。事実かどうかはわかりませんが・・・・・・。
 

力が支配する世界

ーーヨルダン川西岸地区にあるベツレヘムという街も訪れました。

イスラエルの封鎖に対する抗議が込められたアート © MSFイスラエルの封鎖に対する抗議が込められたアート © MSF

イスラエルが築いた分離壁に、バンクシーなど路上アーティストが、抗議のアートを描いた場所です。「MAKE HUMMUS NOT WALL」(壁じゃなくてフムスを作ろう)なんて冴えたメッセージもありました。
※フムス=ひよこ豆とスパイスをペースト状にした中東料理

その他、バンクシーの有名な作品の隣にお土産屋さんがあったり、庶民の逞しさを感じました。バンクシーのグッズがたくさん売られているんだけど、お土産としての面白さが足りないんです。俺だったらもっと売れるようにできるのにって、お店のおばさんに言ってあげたかったです(笑)。

トランプ大統領がメキシコとの国境に建てている壁もそうですが、「力が支配する世界」で、筆一本でものすごい皮肉を言える。バンクシーやその他のグラフィックアーティストによって描かれたメッセージを、見た人にはよく伝わる。アートってまだ力があるんだなと胸が熱くなりました。兵士に常に監視されていて簡単に描ける場所じゃないですからね。
 

中東紛争の真ん中で

ーー最後の目的地はヨルダンのアンマンでした。

イエメンから来た兄弟 © MSFイエメンから来た兄弟 © MSF

アンマンにある病院は非常にモダンでした。再建外科病院といって、けがややけどをした人の身体の欠損や障害、変形などを外科手術で治療するものなんですが、初めて知りましたね。

イエメンから来た男の子の兄弟がいて。ひどいけがをした顔を見るととても切なくて、つい目を伏せてしまうんです。だけど何度かコミュニケーションを通じて、普通の男の子の素顔が見えてきて、この子たちを笑わせることに専念しちゃう。こうした目にあった人を見て無関心になってしまうこともわかるんですが、ちょっと無関心さを通り超すと、普通に人間同士で話せる時がすぐ訪れる。自分でもびっくりしました。
 

リハビリに励む義手の女の子 © MSFリハビリに励む義手の女の子 © MSF

また、リハビリ中の義手を付けた5歳の女の子にチョコレートをあげたくて、どちらの手にあげるのがこの子を傷つけないのかと一瞬迷ったのに、健康な手の方に渡してしまったことを今でも後悔しています。こうしたこと一つひとつが彼女をこれからも傷つけていくと思うと戦争の罪深さを感じました。 

アンマンのMSF再建外科病院は、イラク戦争時にイラクで治療できない患者を運び込んで外科手術をするために始まった病院。現在はイラクをはじめ、シリア、イエメン、パレスチナなど中東の紛争地から患者を受け入れている。命をとりとめた後、社会復帰のために必要な整形手術やリハビリなどを提供 

ーーもっとお話しを聞きたいです。

これから文芸誌「群像」誌上にて発表する予定です。戦争を上から見て、戦争が必要悪だなどと言う人は現場を見ていない人。けがをした人の苦しみはこれから何十年続いていく、そしてその子どもたちの世代も貧困に苦しんでいく、こうした現実について力を込めて書きたいと思っています。

いとうせいこうさんによる中東のルポルタージュは、2月7日発売の「群像3月号」(講談社)より連載開始予定。

いとう・せいこう 1961年東京生まれ。作家、演出家、俳優、ラッパーなど幅広く活動。主な著書に「ノーライフキング」「想像ラジオ」「ボタニカル・ライフ—植物生活—」等。最近はダブポエトリー・ ユニット「いとうせいこうis the poet」としても活動。2016年からMSFを取材し、「『国境なき医師団』を見に行く」「『国境なき医師団』になろう!」を刊行 

© MSF© MSF

関連情報