廃墟となった五輪選手村 難民らの住まいに MSFが医療支援

2019年05月17日掲載

かつてトリノ五輪選手村だったエクス・モイの建物 © MSF/Giuseppe La Rosaかつてトリノ五輪選手村だったエクス・モイの建物 © MSF/Giuseppe La Rosa

2006 年に開催された、イタリア・トリノ冬季五輪。五輪のために建設された選手村は、その後廃墟となり、今では人びとに「エクス・モイ」と呼ばれている。エクス・モイには2013年から、アフリカや中東から地中海を渡ってヨーロッパに逃れてきた移民や難民らが住みはじめた。

言葉の壁や、法的な立場の問題などで、簡単には医療を受けられない彼ら。国境なき医師団(MSF)は、彼らの医療アクセスを改善し、基礎医療を届けるための活動を続けている。その活動を支えるメンバーの中には、エクス・モイの住民だった人の姿も。同じ境遇を経験したからこそ、住民に寄り添おうと奮闘している。

サポートを続けるMSF

エクス・モイの元住民もサポート

国境なき医師団(MSF)はヘルプデスクを設置し、移民や難民らが、公的な保健医療を受けられるようにサポートしている。当初、このプロジェクトは試験的に、地元の行政機関の協力のもと始まった。だが開始から2年で、こうした人びとが心置きなく、保健医療を受けられるようになった。

ヘルプデスクが出来てから数ヵ月後。エクス・モイの元住民2人が、MSFの研修を経て、異文化仲介担当者として地元の診療所に着任した。エクス・モイの全ての住民が、国の国民保健サービス(Servizio Sanitario Nazionale : SSN)の対象となり、医師の診察を受けられるように支援するためだ。

「エクス・モイから最寄りの診療所までは、600メートルほどです。しかし、MSFが援助に入るまでは、エクス・モイの住民、10人に7人がSSNに登録されていませんでした。情報がない上に、言語の壁があり、事務手続きが簡単ではなかったからです」と話すのは、MSFイタリア会長のクラウディア・ロデサーニ医師だ。

「今は、診療所やトリノ市との連携がうまくいき、エクス・モイの住民たちを公的な保健医療の対象にできるようになりました。それまで、地元社会から疎外されていましたが、その問題を解消する手助けができました」 

トリノ市民も支援に

エクス・モイで活動するMSFのスタッフら © MSF/Giuseppe La Rosaエクス・モイで活動するMSFのスタッフら © MSF/Giuseppe La Rosa

MSFが、エクス・モイの住民を支援し始めたのは2016年の年末。住民は、情報不足と言語の壁のせいで、地域の公的な社会・保健支援サービスから事実上、隔絶されたところで暮らしていた。

MSFは最初に、情報不足のケアを始めた。社会・保健支援ヘルプデスクを開設した。MSFのスタッフと、トリノ市内の学生や社会人らボランティアが運営にあたる。エクス・モイの住民からも、選ばれた人がMSFの研修を受け、異文化仲介担当者としてここに加わった。ヘルプデスクは2018年末までに、住民469人(うち14人が未成年)をサポートした。

それから数カ月後で、地元診療所と覚書を交わすことに。異文化仲介担当者2人もヘルプデスクで勤務を始め、診療所の職員と、外国人利用者のやり取りをサポートすることになった。また、トリノ市行政と取り決めを交わし、診療所と同じ建物にある住民登録事務所でもサポートを始めた。

エクス・モイの住民がSSNに登録されるまでに、2017年は2ヵ月もかかっていたが、今は1週間にまで短縮された。2018年末までに、275人がヘルプデスクの援助を受けた。 

忘れられない少年

異文化仲介担当者のシギ(左) © MSF/Giuseppe La Rosa異文化仲介担当者のシギ(左) © MSF/Giuseppe La Rosa

かつてエクス・モイの住民で、MSFのヘルプデスクで異文化仲介担当者として働くラミン・シディ・ママンは、「エクス・モイで暮らしていた頃は、どうやったら医師の診察が受けられるか、健康保険証が手に入るか、住む場所が見つかるかも、誰も教えてくれませんでした。みんなで助け合ってはいましたが、それで十分とはいうわけではなかったんです」と振り返る。

もう1人の異文化仲介担当者はジギ・トゥンカラだ。かつて、エクス・モイに別の2人と同じ部屋に住んでいた。「冬の間は、本当に寒かった。小さな部屋のヒーターを使っていましたが、それでも寒かったです」という。

ジギは異文化仲介担当者の仕事について、「初めのうちは建物の中を歩き回って、住む人を探していました。今では、昼夜問わず声を掛けられ、さまざまな相談やアドバイスを求められます。エクス・モイの住民は、医療に関する情報だけではなく、身分証明証や、労働許可証などに関する情報も求めています」と話す。

サポートを続ける中で、ジギが忘れられないのは、アフリカ・マリから来た少年のこと。少年はエクス・モイの地下に住んでいたが、体調が悪く、起き上がることができなかったという。ジギは少年を助けるためにさまざまな手を尽くし、少年は今はすっかり回復したという。ジギは、「サポートデスクの仕事はとても大変だが、やりがいを感じています」。

イタリアでは少なくとも、1万人の移民・難民が、エクス・モイのような極めて過酷な環境の非正規の居住地で生活していると言われている。利用できる基礎的な公共サービスや医療も限られている状況で、MSFはこれからも支援をつづけていく。 

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