「あの日、家族が殺された……」イスラム国による大虐殺 今もなお、人びとを苦しめる記憶

2019年10月11日掲載

シンジャル山脈に広がる国内避難民キャンプ © Emilienne Malfatto
シンジャル山脈に広がる国内避難民キャンプ © Emilienne Malfatto

2014年8月---。過激派組織「イスラム国」はイラク北西部にあるシンジャル山脈に迫った。そして、この地域に住んでいた少数派「ヤジディ教徒」を襲撃。その後、イスラム国の兵士は、長期間にわたって集団虐殺、レイプ、拉致、奴隷にするなどの残虐行為を続けた。ヤジディ教徒たちは惨劇から逃れるために、隣のクルド人居住地域にあるキャンプへ集団移住した。国連は「イスラム国」がシンジャル郡で行った残虐行為を「ジェノサイド(民族虐殺)」として認定した。

シンジャル郡が「イスラム国」から奪還されてから4年以上経つ。だが今も、人びとは過去の苦しみによる心の傷にさいなまれている。多くのヤジディ教徒世帯が、イラク国内のクルド人自治区にとどまりたいとし、故郷への帰還は希望していない。

故郷は今も、数多くの家屋や村ががれきと化し、地雷だらけで、水や電気といった公益事業も復旧していないからだ。そればかりではなく、ヤジディ教徒の人びとは故郷の土地を見ると、思い出さずにはいられなくなるからだ。深い心と体の傷を。 

忘れない2014年8月「74回目のジェノサイド」

© Emilienne Malfatto© Emilienne Malfatto

「ここでは誰もが少なくとも1人、家族か友人を亡くしています。シンジャル郡全域に絶望間と喪失感が満ちています」と話すのは、シヌニ病院の救急処置室で活動しているケイト・ゴールディング医師。だが、「2014年8月3日の出来事や見たものについて話題になることはまれ」だという。

「夫が亡くなったとき、子どもが病気になったとき、パートナーと別れたとき、家族と離れ離れになったときは、悲しくなるのが当たり前です。この地域の人びとは、想像できないほど多くを失いました。さらに、激しい暴力、屈辱、大規模避難、貧困の問題にも直面し、クルド自治政府からもイラク政府からも顧みられることがなく、さらに深刻な状態にあります。ここでは、誰もが教えてくれることですが、イスラム国による民族虐殺は最初の虐殺ではありません。民族虐殺は74回目なのです」 

今も心の病気で苦しんでいる

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病院のあるシヌニは小さな町だ。MSFはここで、2018年に心の診療を始めた。だが病院には、現地に残ったイラクのヤジディ教徒が多く集っている。イラク国内では、今、多くの患者が心のケアを必要としている。だが、そのニーズに対応しきれない。イラク国内では、熟練した精神科医、心理療法士、心のケアにあたるカウンセラーが足りないためだ。ゴールディング医師は、精神科患者のケアにあたるMSFのヤジディ教徒スタッフを2カ月間サポート。2019年にMSFがイラクで活動する精神科医を見つけられないでいた間をつないだ。

MSFが活動を始めて以来、286人がこのプログラムで治療を開始し、現在も200人が治療を続けている。最も多い診断名はうつ(40%)、次いで転換障害 (18%)と不安(17%)である。精神・人格障害もいくらかあり、その内訳として心的外傷後ストレス障害(PTSD)(3%)も診断されている。MSFは現地で運営している心のケアを数カ月前に拡大したばかりだが、それでも圧倒的な数の患者を前に、待機者リストができるほどである。 

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シンジャル郡に住むヤジディ教徒の症状は重度で、心も体も弱らせる位の心の危機に悩まされている。自殺者や自殺未遂者も多い。

2019年4月~8月にかけて、24人の患者がシヌニ病院の救急処置室に運ばれた。全て自殺未遂者で、このうち6人が病院到着前に亡くなるなど、手遅れの状態だった。この24人のうち、46%は18歳未満で、最年少は13歳の少女であった。少女は首吊り自殺をして救急処置室到着時には既に息絶えていた。患者の54%を女性か少女が占め、4人は焼身自殺だった。自殺未遂で運ばれた患者らは、リストカット、服毒、薬物過剰摂取、武器などで自身の身を傷つけていた。

シンジャル郡だけでない。今もイラク国内では、残虐な戦争と経済不安を抱えている。

「MSFは心の健康に関する調査を2018年にシヌニで初めて行ったところ、 聞き取り調査をした世帯全て(100%)で、家族の中に少なくとも1人は、中等度か重度の心の病気になっていると回答しました」と、MSFの活動責任者を務めるマーク・フォーゲット医師は話す。いかに多くの患者が心のケアを必要としているのかということは、イラク当局も裏付けている。

「シンジャルの町はシンジャル山地の向こう側にあり、かなりの部分ががれきと化したままです。シンジャルの病院長に面会すると、病院長からは地域の誰もが心のケアを必要としていること、病院長自身も例外ではない、と言われました。我々は活動開始からほどなくして、非常に大きな心の危機に対応しているのだということに気がつきました」

「74回目の虐殺」が、今も多くのヤジディ教徒たちを苦しめている。 

MSFは2018年12月にシヌニ総合病院の救急診療と産科の支援を開始。開始から間もなく、心のケアという膨大なニーズが満たされないままこの地域に存在していることが明らかになった。それ以来、MSFは心のケア活動を拡充して精神科と心理療法の両方をシヌニ病院で行うとともに、グループセッションや移動診療による心のケアをシンジャル山脈地帯にいる避難者に提供してきた。

心のケア科に加えて、MSFは2019年初以来救急処置室で9770件の診療を行い、このうち6390件は入院病棟でさらに治療を受けている。また、475人の母親を助けて、多くの赤ちゃんが誕生した。

イラクでMSFの活動責任者を務めるマーク・フォーゲット医師は「国としてのイラクの精神保健体制が、もっと多くの資金と薬剤を必要としているのは確かだ。でも最大のニーズは有資格者を増やして人員不足が深刻な地域に配置することである。それも地域と紛争に巻き込まれた地域に手厚く行う必要がある」と話している。 

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