次々と患者が訪れるMSF救急外科病院 ~ハイチ・ポルトープランス市からのレポート~

2020年01月17日
© Leonora Baumann
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2019年11月27日、ポルトープランス市タバル地区のMSF病院が開院した。2018年9月以来、ポルトープランス市内外では、大規模なデモが続いている。道路にはバリケードが築かれ、抗議、衝突が起きている。バリケードによって移動もままならない状況が起きている。病院に備品搬入するのも大変で、救急車も現場に駆けつけるのに苦労している。

11月末には、緊迫した情勢を受けて数カ月間閉鎖していた学校の一部が授業を再開するなど、デモはやや下火になった。だが、国内の状況は依然として混沌としている。

日々、続々と運ばれてくる患者たち。最初の2週間で、この救急外傷ケア専門病院の開院時にあった25床のベッドは埋まった。こうした医療ニーズの高さは、政治経済危機が続くハイチ国内の暴力が、いかに深刻かを物語っている。MSF病院の1日に密着した。 

想像以上の事態 押し寄せる患者たち

12月8日午前9時、その日最初の患者がMSF病院に来た。患者は29歳の女性。銃で撃たれた傷を負っている。両手は腫れて血まみれだ。チーム──医師、看護師、ストレッチャーを運んでいた人たちがすぐに手当てを始める。

「強盗は女性に両手をそろえて出せと言ってから2回撃ったのです」と看護師が話す。レントゲン写真を見たところ、どちら手にも重複骨折が起きていた。 

© Nicolas Guyonnet/MSF
© Nicolas Guyonnet/MSF

タバル病院の入院基準はかなり厳しい。そのため、救急外傷ケアが必要な患者しか入院できない。「無限に患者を受け入れられるわけではないので、救命処置が必要な患者の受け入れに集中したいのです。最重症例のケアにリソースを充てるねらいもあります」とMSFのプロジェクト・コーディネーターを務めるジャン=ファブリス・ピエトリは話す。

最初の2週間で、この救急外傷ケア専門病院の開院時にあった25床のベッドは埋まった。「ここなら重症・救急症例のニーズに応えられると分かっていました。ただ、事態は想像以上にひどく、急いで活動を調整し、計画よりも早く動かなければなりませんでした」とピエトリは話す。開院直後の3週間で、250人余りがこの病院でトリアージを受け、そのうち100人がこの病院に入院した。スタッフは急ピッチで病床を増やして大勢の患者に対応。病院は想定した上限に当たる50床に近づきつつある。 

© Nicolas Guyonnet/MSF
© Nicolas Guyonnet/MSF

交通事故や流れ弾……ひどいけがを負った患者たち

ジャン=バティストさんは、この日2人目の患者。オートバイの事故でけがをした。バンのバンパーがぶつかり、数メートル引きずられたため、けがを負った。右の脛骨に開放骨折があり、両手をやけどした上、大量出血もあった。 

© Leonora Baumann
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治療によって容体を安定させてから、脚のレントゲン写真を撮った。すぐに手術室に連れて行かれた。「すねに大きな傷が出来ていて、そこの皮膚は全てなくなっていました」とトーマス・シェーファー整形外科医は話す。

「その下には開放骨折が起きていて、筋膜、筋肉、骨が全部見えていました。つまり、ものすごく広い範囲で開放骨折をしていたのです」

折れた骨を固定するための創外固定器・皮膚移植と長期間入院が必要になった。幸い神経や動脈に大事はなかったので、チームはジャン=バティストさんの脚は治るとみている。 

2人目の患者であるジャン=バティストさん © Leonora Baumann
2人目の患者であるジャン=バティストさん © Leonora Baumann

ジャン=バティストさんと同じく、数日から数週間もの入院を余儀なくされる患者も、ここでは珍しくない。けがはひどく、回復するために必要な手術の数も多いからだ。 

流れ弾が右脚に当たったクロチルドさん © Leonora Baumann
流れ弾が右脚に当たったクロチルドさん © Leonora Baumann

クロチルドさん(52歳)は、流れ弾が右脚に当たった。ギャング同士の衝突に巻き込まれたのだ。最初にマルティッサンにあるMSFの救急容体安定化センターに行ってからタバルのMSF病院に移された。弾が大きな血管に命中していたため、MSFチームも脚を残せず、切断するほかなかった。タバル病院に入院する患者の半数が、銃で撃たれた傷のために入院している。

刃物で襲われたジャムソンさん 

© Nicolas Guyonnet/MSF
© Nicolas Guyonnet/MSF

それでも、ごく短期間の入院で容体が安定し、治療を受け退院にこぎつける患者もいる。ジャムソンさん(28歳)もその一人。午前11時過ぎ、右肩に大きなけがをしたため、ショック状態で運ばれてきた。 ジャムソンさんには、3人の子どもがいる。友人とドミノをしていたところ、襲われて数カ所を刺された。「刃物が体内でどの方向に向かったかは、これから調べてみないと」とティエリ・ビンダ医療活動マネジャーは話す。「どういった刃物か、どこを通ったのか、どれくらい深い傷かも分かりません。だから、患者を入院させる必要があります。とにかく患者さんが危険な状態にある間は動かせません。経過観察の後、患者さんも退院できます。モニタリングの結果、合併症がないと確認できたらです」

幸い、レントゲン写真で肺には被害が及んでいないことが分かった。ジャムソンさんは治療のため2日間を病院で過ごしてから帰宅できた。 

間もなく退院の患者、ジャムソンさん © Leonora Baumann
間もなく退院の患者、ジャムソンさん © Leonora Baumann

大きな手術が必要な患者も

大きな手術が必要な症例も多い。26歳のこの若い男性もその一人だ。病院には午後1時に着いた。前腕に重傷を負っており、医師は診察時に腹部の傷を認めた。なお、体外に抜けてはいなかった。

意識はあるものの、患者は脚を動かせなかった。まず、MSFスタッフが胸腔チューブを挿し込んで、止まらない出血による合併症を防ぐ。次にレントゲン写真を撮り、試験開腹で腹腔内の様子を見る。銃弾でどの程度損傷を受けているか確かめるためだ。
 

© Nicolas Guyonnet/MSF
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幸い、生命維持に関わる臓器に被害はなかった。弾は肝臓をかすめるにとどまっていた。レントゲン写真から、銃弾は、患者の脊椎にあることが分かった。その後、男性はタバル病院の集中治療室に移された。
「腹部の筋肉を損傷している恐れに加えて対麻痺がありました。脊髄の病気や傷害による両下肢の麻痺もあり、男性は呼吸も難しい状態でした」と集中治療室に勤務するエルサ・カリス麻酔科医は話す。

「通常の患者さんよりも、こまめに医師が容態を診る必要があります。より手厚い看護も必要です」 

© Nicolas Guyonnet/MSF
© Nicolas Guyonnet/MSF

銃で撃たれてできた傷の重症度は、数多くの要素に左右される。中でも、弾の通り道は重要だ。臓器や血管を傷つけるからだ。この男性のような例は珍しくない。

「胸や腹部の銃創患者もたくさん来ています」とMSFの外科医キャサリン・ホルトは話す。

「内臓外科チームのおかげで、大勢の患者の命を救うことができます。お腹に穴が開くような傷の場合ひとりでに治るということはありません。手術が必要です。この病院で、多くの命を救っていることは明らかです」 

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