アフリカ睡眠病を根絶する——MSFの新たな挑戦
2012年10月12日アフリカ・アジア・南米の熱帯地方に多くみられる病気——アフリカ睡眠病(アフリカ・トリパノソーマ症)、シャーガス病、カラアザールなどは「顧みられない熱帯病(Neglected Tropical Disease=NTD)」と呼ばれています。各国政府の対策が遅れていたり、利益に結びつきにくいために製薬会社の関心が得られなかったりするため"顧みられない"と表現されてきました。
こうした現状が、転換点を迎えています。2012年1月30日、世界保健機関(WHO)、各協会連盟、医薬品業界、各国政府機関などは、5つのNTDの根絶を2020年までに目指すことで合意した「ロンドン宣言」を発表しました。ただ、目標と現状には大きなギャップがあります。その解消には、国家レベルの対策の拡充が欠かせません。簡単で効果的な診療方法の開発も求められています。
国境なき医師団(MSF)は、根絶目標の1つに挙げられた「アフリカ睡眠病」の対策に、画期的なアプローチを導入しました。中央アフリカ共和国、チャド、コンゴ共和国で活動し、南スーダンでの活動も予定されています。
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「アフリカ睡眠病・移動診療チーム」を結成
MSFの新たな挑戦が「アフリカ睡眠病・移動診療チーム」です。メンバーは、検査技師、医師、プログラム・コーディネーター各1人とロジスティシャン2人です。スクリーニング検査・治療、関係者への技能の伝達、疫学面からの病気の監視、人びとの認識の向上などを行っています。
アフリカ睡眠病(アフリカ・トリパノソーマ症)とは? 熱帯アフリカで発生する寄生虫病。ツェツェバエが病気の原因となる"ガンビアトリパノソーマ原虫"を媒介する。病気の当初は熱っぽさや虚弱感がある。原虫が中枢神経系に侵入すると、錯乱、運動失調、睡眠障害、人格変化が起こる。精神面の機能が低下し、昏睡(こんすい)状態に陥る。
奥地の村でもスクリーニング検査を実施
アフリカ睡眠病の診断手順は複雑で、都市部以外のインフラが未発達な地域では"壁"となっています。MSFの移動診療チームは、地域に出向いて血液検査を行っているため、村人たちは遠くの大病院まで行く必要がありません。
血液検査が陽性の場合、痛みを伴う脊椎への針の挿入「腰椎穿刺(ようついせんし)」を受け、脳脊髄液を採取しなければなりません。採取された髄液は、検査施設で分析します。
簡単に服用できる“経口治療薬”の開発を

(中央アフリカ共和国)
MSFは、従来の診療方法でも多くの命が救われることを証明してきました。しかし、遠隔地では新たな手段が求められています。病気の制圧に成功した地域でも、その維持にはスクリーニング検査と治療を続けることが欠かせません。こうしたことを初めて提唱したのはMSFです。
アフリカ睡眠病対策の治療薬は最近まで、毒性の高いヒ素由来の薬剤でした。服用した患者の最大5%が亡くなっています。現在は、安全性が高く短期間で効果が出るNECT(ニフルチモックスとエフロルニチンの併用療法)という治療法があります。
ただ、NECTでも最短で7日間の注射と入院治療が必要です。交通の不便な地域でも簡単に治療できるように、投与期間の短い経口治療薬が緊急に求められています。
次の目的地は“南スーダン”
WHOは、南スーダンでのアフリカ睡眠病のリスクについて警鐘を鳴らしています。これまで感染を制御する活動がほとんど行われてこなかったためです。
中央・東・西エクアトリア各州でMSFが行った調査では、多くの人がアフリカ睡眠病の感染を自覚していませんでした。
MSFは現地で、スクリーニング検査と治療を計画しています。雨季が終わり、交通網が復旧すれば開始する予定です。移動診療チームも各国の学術専門家との協力し、ツェツェバエの駆除を行う予定です。
各方面が力を合わせ、対策を継続すれば、アフリカ睡眠病は過去の出来事になるでしょう。