世界から無視されてきた「顧みられない熱帯病」の現状は

2020年02月13日掲載

パキスタン・ペシャワールで皮膚リーシュマニア症の治療を受ける6歳の少女 © Nasir Ghafoor/MSFパキスタン・ペシャワールで皮膚リーシュマニア症の治療を受ける6歳の少女 © Nasir Ghafoor/MSF

2020年1月30日が、「顧みられない熱帯病の世界デー」(World Neglected Tropical Diseases Day)だったことを知る日本人は少ない。顧みられない熱帯病(NTD : Neglected Tropical Diseases)の根絶に向けたムーブメントを生み出すために、新たに作られた記念日だ。世界保健機関(WHO)も、今年中に、2030年までのNTD対策目標を策定する予定だ。
 
NTDとは何か。NTDはいまどうなっているのか。NTD問題のエキスパートとして、長年にわたって国境なき医師団(MSF)で活動してきたクルト・リトマイエル医師に、NTD問題の現状を語ってもらった。

進展の一方で、道なお険しく

MSFがパキスタン・ペシャワールに設置した皮膚リーシュマニア症治療センター © Nasir Ghafoor/MSFMSFがパキスタン・ペシャワールに設置した皮膚リーシュマニア症治療センター © Nasir Ghafoor/MSF

 喜ばしいことに、ここ数十年でNTD対策は大きく進展しました。MSFが治療をスタートした20~30年前と比べると、量的にも質的にもかなり改善されています。NTDに冒されている人びとは世界で10億人以上。彼らにとっては良い流れです。彼らは、地球上で特に困窮し、特に無視されてきた存在でした。

MSFは、医療体制が確立されていないリソースの乏しい環境下で活動する組織です。ゆえに、NTDが地域社会に及ぼしている身体的・医学的・経済的な影響がいかに深刻なものか、肌身で知っています。NTDは、年間何百万もの人びとがかかる病であり、年間何十万もの死者が出ています。しかし、製薬業界も、政界も、マスコミ業界も、この問題をほとんど見放してきたのです。MSFは、NTDのなかでも、特に放置の度合いがひどく、生命を脅かすタイプのものに重点を置いてきました。すなわち、カラアザール、アフリカ睡眠病、シャーガス病、毒ヘビ咬傷、そして水がんです。

カラアザール(内臓リーシュマニア症)

カラアザールとHIVに重複感染した患者を診察するMSF医療スタッフ=2018年 © Gabriele François Casini/MSFカラアザールとHIVに重複感染した患者を診察するMSF医療スタッフ=2018年 © Gabriele François Casini/MSF

1989年から、MSFはカラアザールの治療にあたってきました。南スーダン、スーダン、エチオピア、ケニア、ソマリア、ウガンダ、インド、バングラデシュにかけて、その患者数はおよそ15万人となります。MSFがこの病気に初めて遭遇したのは、スーダンの首都ハルツーム近郊の国内避難民キャンプで活動していた時のことです。最初はその病気の正体が分かりませんでした。上ナイル西側の地域から来た人びとのなかに、ひどく衰弱して栄養失調に陥っている患者が多数いたのです。彼らは、発熱が続く上に、免疫不全と脾臓肥大にも苦しんでおり、その大半が死に至りました。死因の多くは日和見感染症でした。

その後、カラアザールを治療する有力な方法が生み出されてきました。ここ10年で、国際援助や各国政府の対策プログラムも増え、治療が受けやすくなりつつあります。現在でも、MSFの医療施設にやって来るカラアザール患者は、非常に深刻なケースが多いのですが、適切な治療とケアによって、驚くほどの回復ぶりを見せています。2週間ほど入院すれば、歩いて帰れるようになります。母子感染した生後3カ月の赤ちゃんも完治に至ります。しかも、マラリアなどと違って、退院した患者には、生涯にわたる免疫がついているのです。

インド亜大陸地域の見通しはさらに明るく、インド、バングラデシュ、ネパールでは、2020年までにカラアザール根絶という目標が立っています。近年は症例数も少ないため、MSFはバングラデシュとインドにおけるカラアザール対策プログラムを終了しました。ただし、専門的な助言を提供するとともに、対応策に十分な資金が提供されるようアドボカシー活動を続けています。一方、アフリカでは今もカラアザールに対応する医療活動を行っています。

皮膚リーシュマニア症

MSFの医療施設にて皮膚リーシュマニア症の治療を待つ17歳の少年。彼はサシチョウバエ(sandfly)に顔、手、足を刺されていた。© Nasir Ghafoor/MSFMSFの医療施設にて皮膚リーシュマニア症の治療を待つ17歳の少年。彼はサシチョウバエ(sandfly)に顔、手、足を刺されていた。© Nasir Ghafoor/MSF

皮膚リーシュマニア症は、サシチョウバエが媒介し、皮膚に大きな病変を起こす感染症で、世界で最も広範囲に見られるにも関わらず、最も無視されてきたNTDの1つです。過去5年間(2014~2018年)で報告された100万以上の症例も、実態の一部を掴んでいるにすぎません。致死性の強い疾病ではないため、保健政策においてあまり重視されてこなかったのですが、患者さんが受ける影響は深刻で生涯にわたります。2009年から2019年にかけて、MSFは約2万5000人の患者を治療してきました。 

睡眠病(アフリカ・トリパノソーマ症)

コンゴ民主共和国の村を巡回して睡眠病を検査するMSF移動診療班。睡眠病にかかると、不眠などの症状が激しくなり、やがて昏睡状態に陥って死に至ることもある=2015年 © Marizilda Cruppeコンゴ民主共和国の村を巡回して睡眠病を検査するMSF移動診療班。睡眠病にかかると、不眠などの症状が激しくなり、やがて昏睡状態に陥って死に至ることもある=2015年 © Marizilda Cruppe

かつて睡眠病は最大のNTDの1つでしたが、対策が功を奏して、いまや地球上から根絶される寸前のところまで来ています。2018年に報告された症例数は1000未満となりました。治療施設の増加、治療方法の開発、症例の早期発見、検査スタッフや医療従事者へのトレーニング、緊急疫学的 サーベイランス(調査・監視)、徹底的な啓発活動によって、報告症例数は減少の一途をたどっています。

1986年から2018年にかけて、7カ国において、MSFは、約350万人のスクリーニング検査を実施し、5万人以上の睡眠病患者を治療してきました。活動の甲斐あってか、現在は症例数が非常に少ないため、もはや睡眠病に特化したプロジェクトを行う必要がなくなりましたそこで、MSFは、既存プロジェクトに睡眠病診療を盛り込む方向に切り替えています。

状況は進展しており、新しい検査方法も開発されています。しかし、一方で、症例が減少すると、検査のニーズも減ってしまいます。私が心配しているのは、検査器具の生産と調達が将来的に滞るのではないかという点です。睡眠病の検査器具の生産企業が生産・調達・品質維持に向けて長期的視点から取り組むことが不可欠です。睡眠病の根絶を確認し、根絶を維持するために、検査器具はなくてはならないものだからです。

シャーガス病

シャーガス病は昆虫に刺されることによって感染する。病状が進行すると、脾臓や心臓の肥大が起こり、最終的には死に至る=2013年 © Seamus Murphy/VIIシャーガス病は昆虫に刺されることによって感染する。病状が進行すると、脾臓や心臓の肥大が起こり、最終的には死に至る=2013年 © Seamus Murphy/VII

シャーガス病は、中南米地域に特有の寄生虫病であり、この地域の心不全による死亡の主たる要因となっています。それにも関わらず、シャーガス病感染者の99%が診断を受けておらず、必要な治療を受けている割合は0.2%にも満たないと推計されています。MSFは、1990年代からシャーガス病に対する取り組みを開始しました。当時に比べ、現在は、地域内でも国際的にも、シャーガス病の啓発活動、診断、治療、予防活動に取り組む機関、患者団体、NGOなどは大幅に増えています。 

ヘビ咬傷(ヘビにかまれた傷)

毒ヘビにかまれて病院で横たわるケニアの少年 © Paul Odongo/MSF毒ヘビにかまれて病院で横たわるケニアの少年 © Paul Odongo/MSF

毒ヘビにかまれることも、貧困地域において深刻な保健課題の一つとなっています。この問題にWHOのNTD部門が取り組むようになったことは評価されるべきです。MSFの病院では、毒ヘビにかまれた人びとのほぼ全てが命を取り留めています。そこから分かるのは、スタッフの研修、適切で速やかなケア、そして良質な解毒剤が不可欠だということです。

そのほか、重大なNTDであるブルセラ症や水がんにも、さらなる関心が向けられるべきです。

闘いは終わらない

皮膚リーシュマニア症を検査するための血液サンプル。MSFの医療施設にて撮影。 © Nasir Ghafoor/MSF皮膚リーシュマニア症を検査するための血液サンプル。MSFの医療施設にて撮影。 © Nasir Ghafoor/MSF

NTD問題を終わらせるまでの道は、なおも険しく、多くの課題が山積しています。NTDの制圧や撲滅を妨げる要因は、人道危機、自然災害、気候変動、難民や避難民の移動など、多岐にわたります。

まずは、すでに存在するNTDの診断検査の普及を進めるとともに、よりよい検査方法を開発することが喫緊の課題です。現在のNTDの診断器具には寄贈で提供されるものがなく、援助活動の現場で入手困難なケースもあります。また、一部の重要なNTD診断器具は供給が不安定であり、現場の懸念材料となっています。

加えて、多くのNTDの診断検査法は、正確性に問題があります。活動現場における診断検査の正確性が高まれば、NTD対策を他の医療活動の中に組み込みやすくなります。リソースの乏しい国々において原因不明の発熱が長く続いているケースは、NTDによるものが多いと見られています。そうした症例は、精度が高く、簡単に実施できる検査方法がない限り、見落とされて治療されないままになる可能性が高いのです。

さらには、NTD治療薬の質と供給量が保たれているかどうかも注視し続けるべきです。これまでにも、リーシュマニア症に関する重要な医薬品が足りなくなり、粗悪な薬が出回るケースがありました。ヘビの抗毒薬も、顧みられることの非常に少ない医薬品の1つです。アフリカの抗毒薬市場では、依然として、効果の疑わしい商品が出回っています。

最後に、現地でNTD対策に取り組むための資金を増やしていくことも、急を要する課題です。この点が勝負の決め手となります。薬品を送るだけでは問題は解決しないのです。NTDの問題を抱える国々も支援を提供する国・機関も、最も困窮している人びとのニーズをさらに優先すべきでしょう。NTDに苦しむ人びとのニーズに応える新たな方法を生み出すために研究開発システムも世界レベルで変えていかなくてはなりません。

© Maxime Boumans/MSF© Maxime Boumans/MSF

 クルト・リトマイエル医師は、医学・公衆衛生研究者であり、MSFにおけるNTD対策の中心人物。1989年よりMSFにおける活動を開始。90年代半ばには、東アフリカおよび南アジアにおいて、リーシュマニア症プログラムの技術支援体制を組織。最貧困地域や紛争被害地域を中心として、複数回におよぶ内臓リーシュマニアの大流行に対応してきた。リソースの限られた活動環境下で、内臓リーシュマニア症の診断・治療・抑制を向上させるべく、オペレーションズ・リサーチや臨床試験プロジェクトのリーダーを歴任した。東アフリカにおけるHIV/内臓リーシュマニア症の重複感染患者の生存転帰に焦点を当てた研究に取り組んでいる。

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