ウクライナ: 紛争は終わっていない——慢性疾患の患者に深刻な影響

2016年07月08日

ウクライナ東部で紛争が起きた2014年4月から2年以上が過ぎた今も、大勢の紛争被害者が戦線付近で置き去りにされ、"忘れ去られた存在"となっている。これまでに9300人以上が命を奪われ、約2万1500人が負傷したとみられる(※)。国際社会の注目を浴びることは少なくなっているが、2015年の停戦合意はたびたび破られ、2016年に入っても戦闘で人命が失われ続けている。

  • 出典:『14th Report on the human rights situation in Ukraine』(ウクライナの人権状況に関する第14次報告)

長引く紛争は、避難できなかった人や戦線付近に残された人に深刻な影響を与えている。援助はほぼ届いていない。慢性疾患や精神的な問題を抱える高齢者の多くにとって、治療を受けられる機会はわずかだ。

国境なき医師団(MSF)はバフムトとマリウポリに拠点を置き、移動診療や、医療施設に薬や機器を供給する活動を続けている。

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移動診療に自宅開放の申し出も

紛争体験で食欲をなくしてしまった女の子(4歳)栄養失調を心配した母親がMSFのもとへと連れてきた 紛争体験で食欲をなくしてしまった女の子(4歳)
栄養失調を心配した母親がMSFのもとへと連れてきた

移動診療では約40ヵ所を訪問している。その会場には、無人となった学校、公共施設、スタッフと患者が退避した保健医療施設をあてているが、「MSFの活動のためなら」と自宅の開放を申し出てくださる人もいる。

保健医療施設は復旧し始めているが、戦線が近く危険なため、医療スタッフはまだ戻っていない。一部地域では薬の在庫がなくなった診療所や病院も多い。一方、保健医療施設が全・半壊したままの地域もまだ残されている。

慢性疾患の治療を受けられない

戦線付近に取り残された高齢者の健康問題が深刻化している 戦線付近に取り残された高齢者の健康問題が深刻化している

高齢者が直面している問題の1つが、糖尿病、心血管疾患などの慢性疾患の治療の不足だ。MSFはこの地域で医療の空白状態の解消に努めている。市民の避難先となったマリウポリなどの都市では、高い失業率と激しいインフレにより、治療費を用意できない患者が多い。慢性疾患は治療をしなければ合併症を引き起こす可能性があり、事態は深刻だ。

MSFが治療している患者も高齢者の割合が高い。患者全体の半数以上が心血管疾患を抱えている。糖尿病も多く、全体の1割が治療中または要治療だ。

慢性疾患の治療は定期的に行う必要があるため、安全に移動できない地域では特に難しい。MSF医療コーディネーターのガブリエラ・ダス医師は「患者との定期的な接触が望めない場合に備えて治療薬を多めに渡しています」を離す。

孤立する高齢者たち

避難生活の苦しみを打ち明けるライザさん 避難生活の苦しみを打ち明けるライザさん

避難生活を続けている人は推計175万人。そのうち100万人以上が年金生活の高齢者だとみられている。年金の平均月額は約1200ウクライナ・フリブニャ(約45000円)程度だ。一方、慢性疾患の治療薬は約400UAH(約1500円)と高額で、多くの患者は薬を手に入れられない状況だ。

戦線付近のタラムチュク村に住むライザさん(80歳)は2014年8月、自宅が砲撃され、破壊された。今は、避難した隣人の家に居候している。「途方に暮れています。とても不安です。生活がつらく、死んでしまいたいと思うこともあります。この年齢でこんな状況になってしまい、希望が見えません」

紛争が長期化し、家族や地域社会が引き裂かれた結果、心的外傷を抱える人が増えている。高齢者は特にそのリスクが高い。子や孫が別の地域へと避難し、孤独感にさいなまれている人も多い。うつ状態も多くみられる。

なぜ心理ケアが必要なとなるのか

MSFは2014年7月に心理ケアの提供を開始し、これまでに1万8000件の個別セッションとグループセッションを行ってきた。対象の多くは高齢者だ。

MSFのヴィクトリア・ブルス心理療法士は「不安でおかしくなってしまいそうだという人もいます。物忘れが始まり、黙り込み、何も話さない人も。私たちは簡単にできる対処法を伝えるとともに、家族のなかでの役割を再確認すること、近所づきあいをすることなど、気持ちを上向きにするための心がけを伝えています」と話す。

ダス医師は「紛争の体験に加え、将来への絶望感と不確実性が不安感に拍車をかけています。ストレスで身体症状が悪化しかねません。この傾向は高血圧患者に多くみられます。治療を受けていても、呼吸困難、動悸(どうき)、睡眠障害などが起きるのです。そこで、患者の心身のリスクを軽減するために、医療と心理ケアの併用が必要となるのです」と説明する。

政府統治外の地域に立ち入れず

MSFは2015年10月まで、戦線をまたぎ、政府統治下と統治外の両地域で援助活動を行っていた。しかし、一方的に独立宣言をしたルガンスク人民共和国およびドネツク人民共和国での活動許可が取り消され、現在はウクライナ政府統治下の地域のみでの活動に限定されている。

ウクライナでMSF活動責任者を務めるマーク・ウォルシュは「ルガンスクとドネツクには、大勢の患者が残されています。MSFは活動をいつでも再開できるように態勢を維持しています」と話す。

MSFはウクライナ東部で、2015年には350軒以上の保健医療施設に医薬品・医療機器を寄贈した。これは、負傷者9900人の治療、慢性疾患の患者6万1000人の治療、妊婦5100人の分娩介助などに相当する。また、保健省と連携し、合計約15万9000件の基礎診療と1万2000件の心理ケア相談を提供した。現在は、ノヴォストロツィケ、ザイツェヴェ、マヨルスィクの検問所で、通過審査に長蛇の列を作っている人びとの応急手当をし、給水所を設置する活動も行っている。一方、バフムト地域での活動は2016年7月末までに終了し、複数のNGOに引き継ぐ予定だ。

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