新型コロナウイルス:ガンビア難民とドイツ人助産師、数奇な出会いと再会の物語

2020年06月19日掲載

オーシャン・バイキング号の医療チームリーダー、シュテファニー © Hannah Wallace Bowman/MSFオーシャン・バイキング号の医療チームリーダー、シュテファニー © Hannah Wallace Bowman/MSF

約半年の間で思いがけず2度出会うことになった国境なき医師団(MSF)の助産師シュテファニーと、西アフリカの小国ガンビア出身のアブドゥライェさん(仮名)。初めは地中海の救助船上で、その後は新型コロナウイルス対策でロックダウン下にあったドイツ東部で——。これは2人の出会いと再会の物語だ。 

リビア沖で危うく沈没の危機に

アブドゥライェさんはその日生き延びられるか分からないような時に、シュテファニーに出会った。祖国での過酷な暴力から逃れるために、2019年9月17日午前、リビア沖から60人とともに青い小さなゴムボートに乗った。海上で9時間が過ぎたころ、ボートが浸水し始める。

「状況はひどくなる一方でした」と長身の若者であるアブドゥライェさんは回想する。

「皆、着ているものはびしょ濡れで、焦りが募って悲鳴や叫び声を上げていました。船が3隻見えましたが、どれも遠ざかって行ってしまった。何の助けもせずに! オーシャン・バイキング号が現れた時は、信じられない気持ちでした。高速艇で乗り付けてくれた船員は『エンジンを止めて、じっとしていてください』と言いましたが、私たちは喜びで感情が抑えられない。『落ち着いて!』と言われても、それは無理というものでした」

シュテファニーは捜索救助船、オーシャン・バイキング号の医療チームリーダーとして、遭難者を船上に迎えた。リビアの紛争でまん延する搾取や虐待からようやく逃れ、安どする人びとの姿を彼女はよく覚えている。

MSFは地中海を渡り、アフリカから欧州を目指す難民・移民の捜索・救助にあたってきた。二人が出会ったのは、その週4回行われた救助活動の3回目だった。この船がシチリア島メッシーナへの寄港を許可されるのは、それから8日後のこと。その間、アブドゥライェさんとシュテファニーは毎日、甲板で顔を合わせていた。

「彼はいつも手伝いを申し出て、片づけや食べ物の配給、通訳をやってくれました」とシュテファニーが記憶をたどる。

「救助された方たちの間では、なだめ役でもありました。ちょっと不穏な事態が起きたときは敢然と立ち上がって、こう諭してくれたんです。『皆、聞こう。スタッフから話があるそうだよ』。優しく接して、人びとを落ち着かせようとしていました」
 

ゴムボートから61人を救助。多くの人が漏れ出した燃料を吸ってしまい、救助船上で治療を受けた。 © MSF/Hannah Wallace Bowmanゴムボートから61人を救助。多くの人が漏れ出した燃料を吸ってしまい、救助船上で治療を受けた。 © MSF/Hannah Wallace Bowman

ロックダウン下のドイツで再会

それから7カ月が過ぎ、新型コロナウイルス感染症の危機が起きた。シュテファニーは再びMSFの任務に就く。場所はロックダウン下のドイツで、ザクセン・アンハルト州のハルバーシュタットという町にある、難民申請者を受け入れるセンターだ。ここに滞在する数十人が感染し、不安と恐怖に駆られた他の滞在者たちは抗議活動を始めた。シュテファニーを含む4人のMSFチームは、担当機関を支援するために派遣され、健康に関する教育と心理ケアをセンター滞在者に提供することになった。

「初日に同僚と通路を歩いていた時のことです。男性たちが集まっていたので、彼らに新型コロナウイルスについて話しかけると、立ち話が始まりました。その中に長身の男性がいて、私の方をずっと見ていたんです。それでハッと気づきました。『お会いしたことがありますよね!』と声をかけると、彼は即答しました。『オーシャン・バイキングでしょう?』」

その時点のドイツは、イタリア、スペイン、フランスと並び、欧州で最も新型コロナウイルスの感染が拡大していた地域だった。国内全域で他人との接触制限が実施され、介護施設と病院には特に厳しい規制がかけられていた。他に高リスクとして挙げられたのが難民申請者のための施設で、滞在者たちが互いに感染から身を守るのは容易ではなかった。

ハルバ—シュタットの受入センターでは、滞在者800人のうち100人余りの感染が確認された。陽性反応が出た人は他の施設へ隔離され、高齢者や病人もリスクが高いため、センターからの退所が認められた。そして残りの約500人は、センター内で隔離状態となる。公衆衛生局が1日おきに検査を行い、陽性者は増えていくばかりだった。その厳しい状況を乗り切ることができるよう、MSFはセンターでの3週間の援助を開始した。
 

新型コロナウイルスの感染拡大が広がった2020年4月から5月にかけて、MSFは難民申請者を受け入れるセンターでの援助を行った © Nicole Langer/MSF新型コロナウイルスの感染拡大が広がった2020年4月から5月にかけて、MSFは難民申請者を受け入れるセンターでの援助を行った © Nicole Langer/MSF

無理解と不安が交錯

「最大の課題は、新型コロナウイルスについてまだ何も知らない人が多いことでした」とシュテファニー。

「それぞれの母語での情報が少なく、質問をしてわかりやすく説明してもらえる機会も少ない。ネット上の突飛な理論やうわさを信じて、マスクの着用や人との距離を取ることなどの指針を受け入れない人も一部にはいました。一方で、感染を恐れるあまり、『死んでしまうかもしれない』と自室のドアさえ開けようとしない滞在者もいた。無理解と不安が、両極端の反応を生むことになっていたわけです」

「はじめは本当に怖かったです」とアブドゥライェさんは語る。「親しい友人のうち6人に陽性反応が出たんです。それでいつも一緒だった彼らが、他の町へ移送されてしまった。その頃はお湯にレモンを入れて飲むと感染しないなどと言われていて、私も何杯も飲みました」

ロックダウンが長引くなか、アブドゥライェさんの見方は揺らいでいた。「症状に関する報道を読んで、本当にこの施設にも新型コロナウイルスが存在するのだろうかと疑い始めた。でもシュテファニーさんなどMSFの人たちに事細かに説明されて、合点がいきました。『ああ、本当に危険なんだ!』って」

ダンスで学ぶ子どもたち

アブドゥライェさんら8人の仲間は、センター滞在者のために大切な行動規範を実演することを、二つ返事で引き受けた。そして食料配給の時間に、手洗い、互いの距離の確保、ひじの内側へのくしゃみ、マスクの適切な着用法などを、音楽と踊りを交えたドラマ仕立てて演じて見せた。

「演じた男性たちは、大いに楽しんでいました」とシュテファニー。

「ロックダウンの間、独り身の男性は特にやることがありません。外出できず、共用施設は閉鎖され、友人には会えない上、インターネットへのアクセス制限もあった。自炊さえできなかったんです。ダンスは他の滞在者に好評で、子どもたちは大興奮。互いに2メートルの距離を保ちながら一緒に踊り、マスクを持ち寄って着用していました。女性たちは音楽の演奏が嬉しかったようです。スタッフも事務室の窓を全開にして、ショーに見入っていました」
 

ガンビアからの難民、アブドゥライェさん(仮名)。ハルバ—シュタットの受入センターにて © Nicole Langer/MSFガンビアからの難民、アブドゥライェさん(仮名)。ハルバ—シュタットの受入センターにて © Nicole Langer/MSF

状況は大きく改善

MSFチームは受入センターでの3週間で、滞在者やスタッフとの意見交換を重ねた。そして情報の伝え方や衛生管理の向上、心理ケアの拡充などに関して具体的な提言を行い、任務を終えた。

新型コロナウイルスに対する滞在者の理解はとても深まった、とアブドゥライェさんは言う。「話す言葉は違っても皆、理解したんです。私たちが実演した後は、よくマスクを着けるようになりました。食料配給の列でも、1.5メートルずつ距離を置いています。状況は改善されていますよ」

その後まもなく、滞在者の移動制限が解除された。「ロックダウンが明けたのは、土曜の深夜でした」とアブドゥライェさん。

「センターの門が開き、私たちはほんの2メートルほど外に出て、戻って来ました。それだけで本当にもう嬉しくて! 1カ月も外に出られなくて、やっと解放されたんです。もちろんマスクをしたり、他人との距離を保ったりしなくてはいけませんが。翌日はまず買い物に行き、衣類や、米、鶏肉、香辛料などの食料品を購入しました」

新型コロナウイルス感染症の発生以来、MSFはドイツ国内でも感染症対応の専門知識・技能を伝え、高齢者、病人、ホームレス、難民など、特に弱い立場に置かれた人びとを中心に、医療援助を行うとともに物資の提供を行っている。 

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