最初に妹、次に義妹、そして私も——現実に起きている凄惨なレイプ

2018年11月13日

怖くて震えてばかりいた—— ビビシェさん

© Ghislain Massotte/MSF© Ghislain Massotte/MSF

昨年のある火曜日、まるで昨日のことのように覚えています。男たちが家に入ってきて、なにもかも壊したんです。最初に妹がレイプされ、次に義理の妹、最後が私でした。

私たちは事件について誰にも話しませんでした。最近になって、日曜日に教会で性暴力の被害者向けサポートのことを聞き、女医さんから、カナンガにいる国境なき医師団(MSF)について教えてもらいました。レイプに遭った人を治療していて、1年前のことでも構わないって。夫も、その病院に行ってみるよう勧めてくれました。彼は、「悪いのは君ではないし、治療が必要だ」と言ってくれたんです。

お医者さんたちは皆、優しい笑顔で挨拶してくれて、すごく安心しました。破傷風などの予防接種を受けた後、いくつか検査を受けると、私は梅毒に感染していたんです。このため夫も治療を受け、現在は経過観察を受けています。治療を始めると、気持ちが落ち着いてきて、食べるのも歩くのも今は普通にできます。怖くて震えてばかりの時もありました。まだ急に怖くなって震えることがありますが、それもだんだんよくなっています。

最近、義理の妹も治療を受けに来ました。私がよくなったのを見てその気になったようです。でも妹は、事件の後ルブンバシへ行ったきりもう帰ってきません。

気づくと独り言を言っている——ピチューさん

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心理療法士にも言ったんだけど、この話をするときは、目の前に映像が流れるような感じなんだ。頭の中の映像か、それとも夢なのかな…自分でも分からない。1度寝付くと、20時間以上も眠ってしまうんだ。

あれは8月、故郷の村が武装した男たちに襲われた。確か2017年だったと思う。今でも何が起こったのかよくわからない。奴らは川を渡って来て、村の人を大勢殺した。僕は他の人たちと一緒に逃げたけど、別の男たちに捕まってしまった。村に連れ戻され、拷問にかけられ、奴隷みたいに扱われた。水汲みにも行かされた。
もっと酷いこともさせられた。村の母親たちをレイプしろと言われたんだ。やらない人は殺された。よく思い出せないけど、僕も6~7人の女性を無理やりレイプさせられたと思う。

男たちがいなくなったあと、ツィカパから警察が僕たちを捕まえにきた。まるで犯罪者みたいに。それで、他の人と一緒に逃げたんだ。途中で別れてしまって、僕は一人で歩き出した。その10ヵ月前に腎臓の手術を受けて、治りかけているところだったけど、まるで手術を受けたばかりみたいに具合が悪くなってしまった。

ここに来たのは事件から3ヵ月後。教会でMSFの医者が話すのを聞いて、僕のような人も無料で治療ができると知ったんだ。病院に行ってみると、医者や女性の心理療法士が診てくれた。腎臓が痛くてたまらなかったけど、それだけでなく、頭の中も整理ができずにいた。検査を受けて、心理療法士ともたくさん話をして、薬をのむようになってから前ほど痛みはひどくなくなった。体調は万全とはいえないけど、調子はよくなっているみたいだ。でもまだ、気がつくと夢を見ているように独り言を言っているんだ。

夫は首を切られ、その横で強姦された——マミーさん

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家にいたら、武装した男たちが来て、夫を殺しました。奴らは夫の首を切り、家財をすべて盗っていきました。

私はレイプされました。その横には、首のない夫の遺体と、子どもたち。あれは昨年、暴力が横行していた時期でした。私には子どもが5人いて、やつらは年上の3人の娘をレイプしてから殺し、私は幼い2人と一緒に残されました。12歳になる男の子と9歳の女の子です。奴らは家財を盗み、なにもかも奪って、私たちを追い出しました。私は服を着る間もなく、腰から上は裸のまま、家から追い立てられました。

2人の子どもと一緒に、森の中を歩き始めました。どこに向かっているのかも分からないまま……。ツィカパに着いた後、子どもたちが体調を崩しました。ある団体が助けてくれて、お金も少しもらいました。その後、私はカナンガに帰ることにしました。元々住んでいた場所だし、他にも帰る女性たちがいましたから。トラックに乗せてもらえるかもしれないと、道沿いを歩きました。でも、途中で武装した男たちに遭ってしまい、またレイプされ……その後は、もう襲われないように隠れていました。

カナンガに着いたとき、MSFのお医者さんたちが助けてくれる話を聞きましたが、どこでやっているのかは分からないままでした。あちこち聞いてまわりましたが、情報と引き換えにお金を求められました。教会で、やっとどこに行けばいいかわかりました。

病院に着くまでとても不安でした。体がすごく弱っていて、下腹部がひどく痛かったから。森の中では食べ物もなく、途中で見つけたキャッサバ団子は私と2人の子どもには足りません。お金は持ってなかったし、着ていた服はボロボロでした。

病院に着くと薬をもらえて、お医者さんに診てもらえました。そうしたら、私はHIVに感染していたことが分かったんです。すごく心配で……もう長く生きられなかったらどうしましょう。病院に来る間、子どもたちは教会に預けています。教会なら、ときどき誰かが来て食べ物をくれるから。これからどうやって子どもたちを養ってやればよいでしょうか。

レイプされ頭が割れたような気持ちに——アニーさん

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2017年3月の終わり頃、ある朝男たちがカナンガに来て、物を盗み人を殺しました。うちにも来て、何も取るものがないとわかると、私を殺すと脅してきたんです。4人組でした。奴らは、殺す代わりに私をレイプしました。

家には私と、4歳になる息子だけ。夫はアンゴラとの国境近くで働いていて、何ヵ月もずっと一人きりです。暴行の間、息子は部屋の隅に隠れていました。私は45歳で、子どもは6人。ほかにも2人いましたが亡くなりました。男たちが来たとき、上の子5人は祖父と一緒に別の場所にいました。

襲撃の後、男たちは立ち去りました。私はどこへ行けばよいかも分からず、頭が真っ二つに割れたように感じました。子どもたちのご飯を用意しているときに、物が落ちて音をたてるだけで心臓がドキドキして縮み上がるんです。それからしばらくして、夫が家に帰ってくる途中に戦闘に巻き込まれて亡くなったと知らされました。

その後、また事件が起きたんです。カナンガで売る食料品を調達するため、他の女性たちと一緒に近くの村まで出かけたときのこと。途中で男たちに呼び止められ、お金を持っていなかったので、奴らは私たちをレイプしました。逃げた女性もいましたが、私は捕まって森に引きずりこまれました。私が暴行を受けている間、近くで誰かが悲鳴をあげていたのを覚えています。事件の後、下腹部がひどく痛みだして、まともに歩けず、食べられず、ただひたすら寝ていたかった。教会でMSFの話を聞く機会があり、性暴力の治療について聞きました。そこで相談に行き、助けてもらいました。
 

デニ・ムクウェゲ医師のノーベル平和賞受賞で知られるようになった、紛争下の性暴力。武力衝突が続いているコンゴ民主共和国では、凄惨なレイプ被害が後を絶たない。MSFは、中央カサイ州の州都カナンガの州立拠点病院で、性暴力の被害者に質の高い医療と心理ケアを無償で提供している。患者のほとんどが、暴行から数ヵ月以上治療を受けていない。性暴力被害の専門的な治療はあまり知られておらず、遠方の被害者はカナンガまで来ないとケアを受けられない状況にある。

※本稿に出てくる人名は全て仮名です。  
コンゴの性暴力被害の状況はこちら⇒ コンゴ:性暴力被害2600人超に——15歳未満の被害162人

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