新型コロナウイルス:誤った安心感が命を脅かす 死者数2位のブラジルで広がる 「あの薬」

2021年05月11日掲載

ブラジル北部・ロンドニア州の救急病棟で治療を受ける新型コロナウイルス感染症の患者 © Diego Baravelliブラジル北部・ロンドニア州の救急病棟で治療を受ける新型コロナウイルス感染症の患者 © Diego Baravelli

「私はまだワクチンの接種を受けていないけれど、あの薬を飲んでいるから大丈夫」。ブラジル北部でよく聞かれる声だ。

「あの薬」とは、抗マラリア薬や寄生虫駆除薬、抗菌薬の混合薬で、“新型コロナキット”と呼ばれている。この混合薬の効果を科学的に示したデータは存在しないにも関わらず、ブラジル政府は新型コロナウイルス感染症の予防や治療に効果があるとして利用を推し進めてきた。

問題は、この混合薬を服用した人が、自分は新型コロナのウイルスから守られていると誤った安心感を抱いてしまうことだ。その結果、コロナが疑われる症状が出ても病院へ行かず、重症になってから病院に運ばれるというケースが後を絶たない。

科学的根拠に基づいた一元化した対応が取られず、ブラジルにおける新型コロナウイルスによる累計死者数は米国に次いで世界2番目に上る(2021年5月10日時点・世界保健機関)。患者の対応にあたっている国境なき医師団(MSF)のジャミラ・コスタ看護師が、現地の状況を伝える。 

多くの人が信じているが──

新型コロナウイルスの患者のケアにあたる
ジャミラ・コスタ看護師 
© Mariana Abdalla/MSF新型コロナウイルスの患者のケアにあたる
ジャミラ・コスタ看護師 
© Mariana Abdalla/MSF

ここブラジル北部のロンドニア州では、新型コロナウイルス感染症の治療が必要な患者の大半は、“新型コロナキット”を服用した人たちです。

この混合薬を飲むと新型コロナウイルスに感染しづらくなり、感染しても重症化を防げると多くの人が信じているのです。

当局はこの薬の明確なガイドラインを定めていないので、医師は自由に処方することができます。患者自身が、これが欲しいと医師に求めることもあります。もし医師に処方を断られても、薬局に行けば簡単に手に入れることができるのです。

処方されたよりも多い量を長期間飲み続けるなど、危険な例も確認されています。この薬で変異株からも身を守れると信じられているのです。

親が、小さい子どもにこの薬を与えていることもあります。「子どもは感染しても症状が出ないので、感染を広げないためにもこの薬を飲ませているんです」と母親は話していました。

そのような場合には、新型コロナウイルスの感染予防には、こまめな手洗いと、人との距離を取ること、そしてマスクを着けることだと、正しい情報を伝えるようにしています。

医療機関では受け入れ能力の限界を超えている © Diego Baravelli医療機関では受け入れ能力の限界を超えている © Diego Baravelli

命を落としてからでは遅すぎる

“新型コロナキット”を飲んでいた家族全員が体調を崩して来院したこともあります。母親と父親は救急病棟に入院。息子さんは、新型コロナの陽性反応が出ているにもかかわらず、毎日両親に食事を運んでいました。

これらの救急病棟はいわゆる“病院”ではなく、受け入れ能力を超えた医療機関の負担を軽減するために使われています。そのため、食事を出したり、患者に配ったりする仕組みを持っていません。本来であれば患者に食事を出すのは看護師の仕事ですが、人手が足りないため、家族の誰かが危険を冒して引き受けざるを得ないのです。

父親は、心臓に持病を持っていました。「家族皆で混合薬を飲んで、私はとても具合が悪くなりました。全く役に立ちません」。そう不満を漏らした数日後、彼は命を引き取りました。

“新型コロナキット”を服用していた人が亡くなったということは他の患者に衝撃を与えました。誰かが気管挿管されたり亡くなったりして初めて、この薬に効果はないと気づくのは、本当に悲しいことです。

悲しみも課題は尽きません。それでも私たちは毎日努力し続けるしかありません。手洗いやマスク、人と人との距離を取ることなど、実際に効果のある予防策を地域社会に広め、守ってもらえるよう、力を尽くしていきます。
 

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