始まった無人島への移住──ロヒンギャ難民が絶望の中で迫られる選択とは
2021年03月30日バングラデシュ南部のコックスバザール県には、ミャンマーでの迫害と弾圧から逃れて来たイスラム系少数民族ロヒンギャの人びとが暮らす、世界最大級の難民キャンプがある。
現在86万4000人が滞在するこのキャンプの周囲には有刺鉄線が張り巡らされ、人びとの出入りは厳しく制限されている。また最近では新型コロナウイルス感染症対策という名目で人道援助団体にも立ち入り制限が課されており、過密で不衛生な難民キャンプの生活環境は悪化する一方だ。
バングラデシュ当局は、ロヒンギャの人びとをバサンチャールという島へ移送することで過密状態を解消しようとしている。本土から60キロメートル離れた沖合にあるこの島には、10万人の収容能力があるとされ、2020年12月以降、既に1万人以上が移住した。しかしバサンチャールは地盤が不安定なうえ、洪水が起きやすいという地形的なリスクを抱えており、安全面の不安がつきまとう。
現在ロヒンギャの人びとが置かれている過酷な状況、そしてバサンチャール島への移住に際して懸念される点について、コックスバザール県で活動責任者を務める国境なき医師団(MSF)のバーナード・ワイズマンに話を聞いた。
- Qロヒンギャの人びとは難民キャンプでどのような生活を送っていますか。
- Qバサンチャール島について教えてください。
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バサンチャールはベンガル湾の中心に位置する無人島で、川からの土砂が堆積して2006年頃にできました。2017年の難民危機(※)の後、ミャンマーからの100万人近い難民の一部を移住させるため、バングラデシュ政府が整備を進め、最終的に約10万人を移住させるという政策を掲げています。
※2017年の難民危機:2017年8月、ミャンマー西部ラカイン州で起きた、ミャンマー軍によるロヒンギャの人びとを狙った大規模な掃討作戦。大勢が難民となって隣国のバングラデシュへと逃れた。
現在島にいるMSFの元患者に話を聞いたところ、島の生活環境はおおむね良好だそうです。建物はコンクリート製で頑丈な屋根も付いており、移住前は竹で作った簡素な小屋に住んでいたので、それに比べれば住環境は改善されたと言えます。
とはいえ、本当にこの島が移住先として適切なのかは疑問が残ります。バサンチャールは本土から約60キロメートルも離れており、本土への交通手段はバングラデシュ軍が管理する船しかありません。 - Qバサンチャールへの移住について、MSFが懸念することは何ですか。
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現地では、ごく初歩的な基礎医療しか受けられないということです。私たちの知る限り、二次医療や専門医療は提供されておらず、本土から船で3時間もかかる島で、救急医療を必要とする患者がどのように病院に搬送されているのかも分かりません。どうすれば島でもきちんと医療を受けられるようになるのか、という話し合いも、ほとんど行われていないのです。MSFは、継続的なフォローアップと投薬を必要とする慢性疾患の患者さんがケアを受けられるようにするため、ネットワークの構築に努めています。
バングラデシュ当局が進めるバサンチャールへの移送計画は、長引くロヒンギャ難民問題に対する解決策を、国際社会が提示できなかった結果です。長期的な解決策が打ち出されるまで、難民を封じ込めようとする政策は続き、人びとの苦境をさらに長引かせることになるでしょう。
難民キャンプで大規模火災が発生
3月22日、コックスバザールの難民キャンプで、大規模な火災が発生した。国連の推計によると、この火災による死者は15人、負傷者は560人を超えるという。MSFが運営する診療所は全焼したものの、患者とスタッフは避難して無事だった。
このキャンプでは大勢の人が密集して暮らしており、また簡素な住居は燃えやすい素材でできているため、火の手は瞬く間に広がった。4万5000人以上が避難したとされているが、最終的な被害状況はまだ明らかになっていない。バングラデシュに逃れてから3年以上、困難な生活を強いられてきたロヒンギャ難民。その多くが今回の火災によって住まいを失い、さらなる苦境に立たされている。