世界最大の難民キャンプ そこに生きる人びとの暮らし

2018年07月19日掲載

世界最大級の難民キャンプとなったクトゥパロン=バルカリ難民キャンプ世界最大級の難民キャンプとなったクトゥパロン=バルカリ難民キャンプ

 バングラデシュ南部コックスバザール県の丘に広がるクトゥパロン=バルカリ難民キャンプ。2017年8月以降、ミャンマーの弾圧を逃れ62万人超のロヒンギャ難民が到着したこの巨大キャンプには、難民が自ら建てた仮設住居がひしめいている。

無数の丘が連なるキャンプ内を1本の道が貫き、そこを援助団体や難民が行き来する。町に行政区分があるように難民キャンプも細かい区画に分けられ、その数は現在22。1本道を辿った先にあるのが、キャンプ18区だ。

当初、難民キャンプ東側に集中していた人口を分散させるために設けられたこの区画には、約6500世帯、2万9300人以上が身を寄せている。国境なき医師団(MSF)は、ここで暮らす2家族に話を聞くことができた。

これまでに見た事がないほど残虐な光景/ファティマ・カトゥンさん

3~11歳の子ども4人を連れて2017年10月に避難してきたファティマさん。1992年にも一度、バングラデシュへの避難を経験している。ミャンマー当局がロヒンギャに課した強制労働を免れるためだ。2年間の避難生活を経て故郷の村に帰ったが、自宅は破壊され、再建を余儀なくされた。そして昨年、再びミャンマーでの暴力が激化し、ここへ逃れてきた。ファティマさんがミャンマーで見たものとは。 

息子はいまだ行方不明/モハメド・エレヤスさん

45歳になるモハメド・エレヤスさん45歳になるモハメド・エレヤスさん

モハメド・エレヤスさんは、故郷ミャンマーの村で食料雑貨店を営んでいた。しかし、ミャンマー兵士が店も自宅も焼き払ったのだという。難民キャンプで日雇いの仕事を見つけ、台所と2部屋を備えた仮設住居に家族8人で暮らす。快適さは自宅に遠く及ばない。

モハメドさんは8人の子の父親。息子の1人は、16歳のときにミャンマーで消息を絶った。1ヵ月かけ捜索したが、行方は分からないままだ。残された家族9人でバングラデシュへ逃れたが、避難途中で長男と生き別れになった。

就学のためミャンマーに残った実兄とは定期的に電話で連絡を取り合っている。兄は家を離れ、森で寝起きしているという。 

 MSFはクトゥパロン=バルカリ難民キャンプ内に病院5ヵ所、診療所10ヵ所、医療施設3ヵ所を開設し、24時間体制で診療している。主にみられるのは、劣悪な生活環境からくる下痢、呼吸器感染症や皮膚感染症だ。キャンプ18区では1日平均150件の診療を実施している。

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