“世界で最も忙しい”産科——仏アーティストが描く「女性による、女性のための」病院
2019年01月11日
アフガニスタン東部ホースト州。パキスタン国境から約30kmのこの場所に、年間10万人以上の赤ちゃんが産声を上げる病院がある。
国境なき医師団(MSF)が2012年に開設したホースト産科病院は、MSFの活動地で最も出産件数が多いだけでなく、世界的に見ても随一の“多忙”な産科病棟だ。
不安定な治安状況や道路事情、長引く紛争による医療者不足で、出産によって命を落とす人が後を絶たないアフガニスタン。質の高い産科医療が無償で受けられるMSF病院を訪れる女性は増え続けている。
フランス人アーティスト、オーレリー・ネイレは、毎月2000人もの新たな命が生まれる現場を見るため、ホースト産科病院を取材。文化的な理由で写真や映像には出られないアフガニスタンの人びとを、生き生きとした筆致で描いた。
女性の採用数は州内「最多」院内に託児所も設置
「ホースト産科病院の活動は、産科医療以上の価値があります。ここは、女性による、女性のための病院なのです」。そう語るのは、ベルギー出身のMSF産婦人科医セヴリン・キャルワーツ医師。外国人派遣スタッフとして、同病院で通算9回の活動経験を持つ。
ジェンダー規範の厳しいアフガニスタンには、男女を隔離する風習がある。ホースト州にはこの伝統が根強く残っているうえ、産科ではなおさら、異性との接触を避けるための配慮が必要だ。
そのため、約430人いる現地採用スタッフは、ほぼ全員が女性。病棟の大半は女性専用で、手術室と新生児病棟を除き、男性スタッフの立ち入りは禁止されている。MSFは、ホースト州で女性を最も多く採用している職場でもあるのだ。
病院に一歩足を踏み入れれば、患者はブルカ(イスラム教徒の女性が着る、全身を覆うベール)を脱ぎ、病棟内で気兼ねなく授乳することもできる。男性の前では決してできないことだ。
育児中のスタッフも仕事を続けられるよう、院内には無償の託児所も設置。「幼い子どもを持つ女性でも働きやすい環境を整えることで、大切な人材を失わずに済み、私たちも助かっています」とキャルワーツ医師。
スタッフの職種は、清掃担当から看護師、医師まで多岐にわたる。「そのほとんどが、それまで職を持たなかった人です。でも、新たなスキルや資格を得ることに意欲的で、清掃担当から受付係に、受付係から助産師に、助産師から医師に、とキャリアアップしています」。
種をまけば、花が育つ
病院スタッフが目指すのは、病院に来る女性の心がなごむような場所。アフガニスタン人のスタッフは特に、地元の患者さんに対して親しく話しかけ、家族のように接している。患者とスタッフが実際に親族ということも珍しくない。ここで働くスタッフは、この病院で赤ちゃんを生むことを姉妹や親戚にも勧めているからだ。
ホースト産科病院では現在、オープン時の約2倍に上る患者を受け入れている。MSFはより複雑な分娩に注力するため、州内5ヵ所の診療所と連携。24時間の産科診療や、助産師の訓練、物資面の支援などを行い、正常分娩は診療所で助産師が扱う体制を整えている。今後は、合併症を伴う症例を重点的にMSFの病院に紹介する予定だ。
「(ホースト産科病院で)私がかつて帝王切開を教えた医師が、自信を持って自分でできるようになっている。たった1年で、手助けがいらないレベルまで成長しているんです。だから、何度もここへ戻ってきたくなります。まるで、種をまき、花が育ち、ときにはバラが咲くように——その変化を見るのは、すばらしいことです」(キャルワーツ医師)