「顧みられない熱帯病」への援助がコロナ禍で縮小 対策の進展を止めてはならない

2022年06月29日
ルワンダの細菌検査室=1995年 © Severine Blanchet
ルワンダの細菌検査室=1995年 © Severine Blanchet

コロナ禍が、それまで進展していた深刻な感染症への取り組みに打撃を与えている。「顧みられない熱帯病(Neglected Tropical Diseases、以下NTDs)」と呼ばれる、見過ごされがちな疾患群に対する資金援助が縮小しているのだ。

エチオピアのMSF診療所でカラアザール病棟の<br> 患者を診察する医師 © Susanne Doettling
エチオピアのMSF診療所でカラアザール病棟の
患者を診察する医師 © Susanne Doettling
約20年にわたり、NTDsの予防・診断・治療はある程度の成功を収めていた。より効果的な新しい診断検査や治療薬の開発で実績も出ていたが、それが新型コロナウイルスの感染拡大で突如として暗転した。多くの援助国が、世界的大流行を引き起こしかねない病気を優先する取り組みに資金を振り向けたのだ。

特定の地域に集中するNTDsで、世界的流行が生じることは滅多にない。そのため、欧米諸国がNTDsへの対策として確約していた資金が、自国民を直撃する可能性のある将来の疾患対策に流用されつつある。

例えば昨年、英国政府は対外援助の削減を進める中で、NTDsへの出資を大幅に減らし、新型コロナと新興感染症への対応を優先した。この動きは、NTDsとの戦いを再開する正念場に、悲惨なシグナルを送ることとなった。英国はそれらの病気から人びとを守る取り組みに出資する、数少ない国の一つだったからだ。10年前、NTDsの関係者が初めて顔をそろえる会合が英国の主催で開かれ、「顧みられない熱帯病に関するロンドン宣言」に結実した。その国が大きく拠出を減らしたのだ。

MSFと顧みられない熱帯病

先日、私ジュリアン・ポテは、中央アフリカ共和国でヘビ咬傷(ヘビこうしょう=蛇にかまれた傷)の患者に提供する治療を向上させるため、国境なき医師団(MSF)のスタッフへの研修を担当した。現地スタッフが、医学的に重要となるヘビの種類についての知識を深め、ヘビ咬傷を予防する方法を学び、病院で効果的なヘビ毒治療を行うためのトレーニングだ。わずか1~2週間で、スタッフのスキルには向上が見られた。しかし現実には、この国やイエメン、南スーダンといった多くの活動地で、ヘビ咬傷がもたらしている深刻な被害や損失に対する医療ニーズからすれば、大海の一滴に過ぎない。

へき地で活動していると、顧みられない熱帯病に直面することがよくあります。毎年大勢の人を治療しているからこそ、医薬品メーカーや製薬業界に迅速検査やよりよい薬物療法を繰り返し求めています。社会的に排除され困窮している、私たちにとって大切な人びとのために……。忘れられた病気への対応にとどまらず、それらの病気に苦しみながら顧みられない人びとへのケアでもあるのです。

クルト・リトマイエル(MSF顧みられない熱帯病コーディネーター/医師)

ヘビ咬傷の被害地域での活動にとどまらず、MSFは特にへき地で毎年、何千人ものNTDs患者を治療している。カラアザール(内臓リーシュマニア症)、アフリカ睡眠病(アフリカ・トリパノソーマ症)、水がん(壊疽(えそ)性口内炎)、シャーガス病などの忘れられた、しかしながら命にかかわる病気がもたらす苦痛を日々、目のあたりにしてきた。また、臨床試験を通じて治療法の安全性・効果の向上と短期化のための研究にも加わり、製薬業界に対しては迅速検査と薬物療法の改善を働きかけている。私たちは、日の目を見ないこれらの病気について伝え、この放置状態に終止符を打つための資金援助と政治の取り組みを呼びかけてきた。

しかしいま、現地での医療ニーズとニーズを満たす資金との差が再び広がっている。特にその影響を受けているのがカラアザールを患う人びとで、その事例は、すべてのNTDsを取り巻く現状の問題を表している。MSFは東アフリカとアジアで長年、カラアザール感染者の治療に携わり、繰り返し支援の拡大を要請。そうした努力は成功にもつながり、治療プログラムの継続資金も確保できていた。今後もプログラムが継続されていくという確信があり、だからこそMSFは運営プロジェクトの一部を終了した。しかし、ここに至って出資国が、青天の霹靂のごとく新規治療プログラムから手を引いてしまった。約10年の成果に、続々と脅威が迫っているのだ。

国際的な援助資金の不足を埋めるための慈善資金も限定的で、各国の対策プログラムの効果は大幅に削がれ、命が失われつつある。世界保健機関(WHO)がカラアザール対策として拠出する資金の削減も深刻だ。WHOでも、来年度の現地プログラム支援に必要な診断検査と治療薬の調達資金の目途が立っていないのだ。今後も甚大な人的被害が懸念される。

しかし、私たちはあきらめるわけにはいかないし、そのつもりもない。これらの病気に翻弄されながら、改善を求める声をあげ、議論の場に着くこともほとんどできない人びとのことを私たちはこれからも伝え続ける。

キガリ宣言を決め手とするために

6月23日にルワンダの首都で開かれたキガリ・サミットで、世界の指導者がマラリアやNTDsについて議論した。これらの病気による苦しみを和らげるための取り組みは、正念場を迎えている。これまでの大きな進展が永遠に失われかねない一方で、必要な資金投入と団結した政治的意思があれば、飛躍も期待できる。いまこそ、行動の時だ。

MSFも、NTDsの収束に向け、資金、関係者、そして何よりも政治的意思の動員を目指すキガリ宣言に署名した。

野心的な宣言を実現するには、さまざまな関係者による活動が求められるだろう。新たな援助出資者の参画と、現地のプログラム実行への拠出が必要だ。NTDsの撲滅のために、より効果的な医薬品の開発を継続的に支援する必要もある。また近年、一部の治療薬の供給不足が続いており、治療薬・診断検査のメーカーによる長期的で安定した生産・供給の努力も欠かせない。さらに、各まん延国は、保健省の策定した意欲的な計画に十分な資金を充て実施しなくてはならない。

私たちは、キガリ・サミットに出席した各国代表や関係者に、開発途上国で多くの命を奪ってきたNTDsを撲滅するという宣言を実現させ、取り組みへの新たな熱意を真に示すことを求める。各国や援助国が公約を実行に移せば、それは世界で最も弱い立場の人びとを苦しめるこれらの病気を撲滅する取り組みにおいて、次の10年を決定づける瞬間となるだろう。

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