結核薬の価格引き下げは重要な一歩。各国政府はより良い治療の早急な拡大を

2020年07月15日
2020年1月に行われたJ&J社への抗議キャンペーン © Negin Allamehzadeh/MSF
2020年1月に行われたJ&J社への抗議キャンペーン © Negin Allamehzadeh/MSF

製薬企業ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)が7月6日、結核治療薬ベダキリンの1日分の価格を1.5米ドル(約161円)に引き下げると発表した。これは、命を救うこの薬が、今までよりも大勢の薬剤耐性結核(DR-TB)感染者の手に届くようになるための大きな一歩だといえる。しかし国境なき医師団(MSF)の見解では、いっそうの低価格化と、引き下げ価格適用国の拡大が必要だ。

12万707人が価格引き下げの嘆願に署名していた

MSFは2012年の米国でのべダキリン販売開始以来、価格低減についてJ&J社に訴えかけ、2019年には結核を抱える人や市民団体とともに、低・中所得国向け価格を元の半額以下の1日1ドル(約108円)に引き下げるよう求め、世界的なキャンペーンを展開。12万707人が嘆願書に署名していた。

世界保健機関(WHO)も、DR-TB治療の支柱となる薬として経口薬ベダキリンを推奨し、毎日の注射が必要で聴覚障害など受け入れがたい副作用の恐れもある毒性の高い旧世代の薬からの切り替えを勧告してきた。また、新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)を考慮し、DR-TB患者に診療所通いを強いる注射薬ではなく、安全な自宅でのベダキリンなどによる完全経口治療を各国に奨励している。従来のDR-TB治療は約2年と治療期間も長く、合計1万4000錠に及ぶ薬を服用し、8カ月にわたって毎日苦痛を伴う注射に耐え続けなければならない。

MSFアクセス・キャンペーン結核顧問のピラール・ウステロは訴える。「世界中が新型コロナウイルスの大流行で揺れる今こそ、DR-TB感染者は費用負担の大きすぎないベダキリンによる治療の機会を必要としているのです。旧来の注射では痛みを伴い、深刻な副作用の恐れがある上、患者さんが毎日、医療施設に通わなければならないため、新型コロナウイルスへの感染リスクも高まってしまいます。価格引き下げを受け、各国政府はDR-TBの完全経口治療の要としてベダキリンの使用を早急に拡大すべきです。DR-TBを抱える人びとの苦痛に終止符を打つには、一刻も無駄にできません」

求められるさらなる価格引き下げと各国政府の取り組み

 J&J社がベダキリンに課す価格は引き下げられたものの依然、命を救う治療の重い足かせとなっている。この薬がDR-TBの治療法に必要な複数の薬の1つに過ぎないことを考えれば、なおさら深刻だ。同社は研究開発のために米国をはじめ各国政府から多額の公費を受け取っており、MSFも他団体もより多くの人に投与できるよう価格の引き下げを呼び掛けてきた。リバプール大学の調査では、ベダキリンは1日分を0.25米ドル(約27円)で販売しても利益が得られるという。

「J&J社は自らの力だけでベダキリンを開発したわけではありません。納税者、NPO、慈善団体からも多くの支援がなされてきました。米国政府の助成や種々の経済的な奨励策など何百万ドルもの公共投資を受けていますし、MSFのような治療の担い手も研究に寄与しています。J&J社がこの薬に高値を付けてよい国や地域などないはずです」MSFアクセス・キャンペーンHIV/エイズ・結核担当上級顧問のシャロナン・リンチはそう指摘する。

今回の引き下げ価格はこれまでの最低額に対し32%減(※)で、J&J社指定の国が対象。また、低・中所得国に結核治療薬を供給するストップ結核パートナーシップの組織「世界抗結核薬基金(GDF)」経由の調達を確約しなければならない。GDFを介せず調達する国は引き下げ価格を適用されず、今後も同社ないし、独立国家共同体(CIS)の一部の国での販売を担うロシアの提携企業ファームスタンダード社(Pharmstandard)の課す、より高い価格で購入しなければならない。例えば、ロシア連邦がベダキリン1日分に支払う金額は8米ドル(約860円)を超えており、引き下げ価格の対象国に適用される1日1.5米ドル(約161円)を大幅に上回る。

※ 以前の半年の治療費400米ドル(約4万3000円)から32%減と算出。

J&J社は現在唯一のベダキリン製造者として、大半の国で特許を取得し、販売価格を統制してきた。この独占に、インドなどの他メーカーがもっと手ごろな価格のジェネリック薬の生産供給を阻まれている。ベダキリンの主剤について同社が保有する特許の期限は2023年だが、同社は多くの結核まん延国で独占継続のために追加的な特許申請を行う「エバーグリーニング」を実施。ジェネリック薬メーカーは2021年中により安価な薬の製造開始が可能だと表明しているにもかかわらず、J&J社の特許が市場参入を許さない。MSFは同社に、ベダキリンの特許権行使と、特許延長によって独占を継続しようとすることを止めるよう要請してきた。質の確かなジェネリック薬の実用化をいっそう遅らせかねないからだ。

MSFアクセス・キャンペーンのキャンペーン・アドボカシー顧問であるララ・ドヴィファートは次のように報告している。「私たちは、結核とその苦痛を伴う治療を乗り越えてきた人びととともに、J&J社の本部と世界各国の事業所の前で抗議活動を行い、命を救う薬の価格引き下げを求めてきました。もっと費用負担の少ないベダキリンのジェネリック薬の実用化を切望しつつ、DR-TBの患者さんが現時点で最善の治療を受けられるよう各国政府に取り組みをお願いしたい。今回の価格低下は、その実現を助ける一歩になります」

MSFは、1人でも多くの命が助かるよう、J&J社にさらなる価格引き下げと、DR-TB高まん延国への割引価格での提供を求めている。

MSFはNGOとしては世界最大級の結核治療提供者であり、30年にわたり、紛争の常態化した地域、都市のスラム、勾留施設、難民キャンプ、へき地などのさまざまな環境で、現地政府の保健管轄局とも連携しながら、結核患者のケアに当たってきた。2019年9月までに14カ国のMSFプロジェクトで合計2000人余りが新世代の薬による治療を受けたが、そのうち429人には過去40年間で他に開発された唯一の新薬であるデラマニドが、1517人にはベダキリンが投与され、429人にこの2つの薬が併用された。世界全体のDR-TB発症者数は2018年の推計で48万4000人に上るが、治療を受けられた患者の数はその32%に過ぎなかった。

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