プレスリリース

地中海:見捨てられる遭難者——捜索救助活動の1年

2022年07月08日
マルタの救助海域で沈没の危険のある木造船から67人を救助=2022年5月11日 © Anna Pantelia/MSF
マルタの救助海域で沈没の危険のある木造船から67人を救助=2022年5月11日 © Anna Pantelia/MSF

 国境なき医師団(MSF)が、地中海中央部で移民・難民の捜索救助に使用する船「ジオ・バレンツ号」が活動を開始して1年が経過した。この間、同船は3138人を救助し、6536件の診療を行い、遭難者を欧州域内の安全な港に上陸させてきた。しかし直近6月27日にも、救助に向かったボートが沈没し、71人を救助するも、妊婦1人が死亡し、少なくとも30人が行方不明となる悲劇が起こるなど、欧州とリビアを隔てる海上の境界線では依然多くの人命が失われている。

MSFはこのほど、過去1年間にジオ・バレンツ号が救助した人びとから聞き取った証言や、捜索救助の活動ログ、海自当局及び他のNGOなどとの交信記録を元にした報告書『ONE YEAR OF GEO BARENTS AT SEA』(英文)を公開。救助に消極的な欧州の政策や、リビアへの強制送還が優先され、捜索救助体制が縮小していくことにより、人びとの苦しみと人命の喪失が続いていると批判する。

失われた多くの命

地中海中央部では2017年から2021年の間に少なくとも8500人が死亡、または行方不明になり、リビアへの強制送還者は9万5000人にのぼる。このうち2021年は3万2425人と、過去最多となった。リビアでは、送還者の拘束、虐待、拷問が常態化し、死に追いやられる事例が後を絶たない。MSFの捜索救助活動責任者フアン・マティアス・ヒルは、「リビア沿岸警備隊を支援する欧州諸国が、強制送還を後押ししていることに疑いの余地はありません。MSFが地中海中央部で活動しているのも、この海域における欧州主導の積極的な海難救助体制が縮小されているからなのです」と指摘する。

難民、難民申請者、その他の移民が地中海中央部の渡航を試みる前や、強制送還された後のリビアで味わう恐怖は、しばしば想像を絶する。MSFの報告書は、救助された後に自身の体験を語ってくれた人びとから聞き取った、地中海とリビアでとらわれた間に受けた暴力の悲惨な影響と壮絶な事実を採録する。 

リビアでの壮絶な体験

ジオ・バレンツ号の甲板でイタリアの海岸を眺めながら陸への到着に興奮する救助された人びと=2021年11月19日 © Virginie Nguyen Hoang/HUMA
ジオ・バレンツ号の甲板でイタリアの海岸を眺めながら陸への到着に興奮する救助された人びと=2021年11月19日 © Virginie Nguyen Hoang/HUMA

 「警察官も、沿岸警備隊も、軍も私たちのことなんて何とも思っていません。散々殴られました。寄ってたかって、気を失うまで、倒れるまでです。あの国ではすぐ厳罰を課せられます。欧州連合(EU)は、なぜあんな連中に手を貸しているんですか? 神様に『助けてください』とお願いしました。ナイジェリアが平和だったら、リビアなんかにはいなかったと思います。3回目の地中海渡航に臨んで、『リビアの収容センターに連れ戻されるくらいなら、海で死んだ方がましです』と神様に祈りました。叫んで、叫んで、そうして3回目の渡航で、別の船に乗れたのです」。ナイジェリア出身の男性(25歳)はこのように証言する。

船上でMSFが生存者から収集した証言によると、620件以上の暴力事例のうち84%がリビア国内で発生しており、68%が救助される前の1年以内の出来事だという。そして、相当数の事例が、リビア沿岸警備隊にだ捕され、収容センターに拘束された後に起きている。生存者の報告では、暴力事例の加害者のうち34%を収容センターの警備員が、15%をリビア沿岸警備隊が、11%を非正規の治安組織ないし憲兵隊が、10%を密入国・人身売買業者が占める。女性と子どもに対する著しい暴力の事例もあった。そのうち29%は未成年で、最年少は8歳。18%が女性だった。

ジオ・バレンツ号の医療チームリーダーであるシュテファニー・ホフシュテッターは、「報告されている暴力がもたらした健康被害で特に多いのが、鈍的外傷、やけど、骨折、頭部損傷、性暴力による傷害、心の不調です。また、長期的な身体障害、望まない妊娠、栄養失調、慢性の痛みなども挙げられます」と説明する。

捜索救助活動を阻む壁

救助された71人をボートに移すMSFのチーム=2021年10月23日 © Filippo Taddei/MSF
救助された71人をボートに移すMSFのチーム=2021年10月23日 © Filippo Taddei/MSF

2021年6月のジオ・バレンツ号の活動開始以来、MSFは海上での待機の常態化と、それによって生じる困難に直面し続けている。生存者の安全な上陸先を求めるMSFの要請はマルタ当局によって組織的に無視あるいは拒絶され、イタリア当局の対応も遅々として進まない。海上での待機は、医療や保護の必要性を速やかに見極める妨げとなるだけでなく、救助された人びとの苦しみを長引かせてしまう。

こうした致命的な移民政策を変えることは必要であり、可能でもある。欧州はウクライナ危機の中で、移動を強いられた人びとに人道的な対応が可能であることを示して見せた。すべての人命の保護は、人種、ジェンダー(社会・文化的な性差)、出身国、政治・宗教上の信条に関係なく、実践されなければならない。そして、安全を求めて欧州の門戸を叩く人びとには、その権利と尊厳に配慮し、公平な待遇がなされなければならない。

報告書『ONE YEAR OF GEO BARENTS AT SEA』(英文)はこちらから

MSFは2015年から、地中海中央部で通算8隻の捜索救助船を単独あるいは他団体と共同で運用し、合計8万人余りを救助してきた。ジオ・バレンツ号は現在のチャーター船として、2021年6月から2022年5月までに11回出航。47回の救助活動で、3138人を救出し、10人の遺体を回収した。一次診療やリプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関する健康)、心のケアを含む診療件数は6536件にのぼる。

救助された生存者の34%は子どもで、そのうち89%は保護者がいないか、家族とはぐれている。265人が、何らかの暴力、拷問、虐待を受けたと報告し、そのうち63人は性別・ジェンダーに基づく暴力に遭ったという。またMSFの聞き取りでは、救助された生存者がリビアの沿岸警備隊による再三のだ捕や強制送還の際や、リビア国内で、受けたり目撃したりした、身体的傷害、拷問、強制失踪、拉致、理不尽な逮捕・拘束などの事例620件を記録している。
 

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