プレスリリース

新型コロナ医薬品の知財保護免除案──EUの対案は解決につながらない

2021年06月08日
新型コロナを患ったブラジル、アマゾン川流域に住む109歳の女性 © Mariana Abdalla/MSF
新型コロナを患ったブラジル、アマゾン川流域に住む109歳の女性 © Mariana Abdalla/MSF

新型コロナウイルスにより世界で350万人もの命が奪われる中、医薬品配分の著しい不公平を解消するための画期的な提案を巡り、世界貿易機関(WTO)で議論が続いている。同提案は、WTO加盟国の多国間協定である「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS協定)」における知的財産権保護の義務を一時的に一部免除することで、必要な医薬品の生産と供給を拡大するという画期的なもので、1カ月前には米国が支持を示し、大きな前進となった。

しかし、欧州連合(EU)、英国、スイス、ノルウェーは牛歩戦術によって公式な交渉開始を拒み続けており、国境なき医師団(MSF)はその対応を批判してきた。EUからは6月4日に強制実施権に焦点を当てた対案が発表されたが、内容に検討に値する新提案は含まれず、交渉プロセスを更に滞らせるものと考えられる。

知財保護の免除提案は交渉段階へ

知財保護を免除するこの提案が採択されれば、新型コロナの医薬品やワクチン、その他の医療技術の研究・開発、製造、普及、供給拡大における協力を促進するために、知的財産権の障壁を超える重要な政策的余地が各国に与えられる。市場の独占を排することは、このパンデミック下に公平な土台を設け、最も重要な医薬品を、必要としている世界中の全ての人びとの手に公平に届けることにつながるはずだ。

MSF国際医療主事のマリア・ゲバラ医師はこう指摘する。「ここ数カ月、インド、ペルー、ブラジルといった国々で、コロナ患者の治療にあたる医療従事者の苦闘を目の当たりにしてきました。これらの国の医療体制は崩壊寸前で、酸素濃縮器、人工呼吸器、薬がいまだ不足しているため、重体のコロナ患者に支持療法を行うことすら非常に難しい状況です。このパンデミック下で入院患者や死者を減らすには、ワクチンに加え、新しい治療薬と診断法を全世界で早急に普及させる必要があります。どの国もできる限り多くの命を救える機会が最大限得られるよう、各国政府は力を尽くすべきです」

知財保護免除の共同提案国側は先ごろ、その適用範囲と期間を示した改定案をWTOに提出した。目的は、文書ベースの正式な交渉の開始だ。共同提案国は6月7日現在、63カ国にまで増え、支持国は直近でBRICs諸国(※)も加わり、100カ国以上に上る。ただしブラジルは、全面的な支持の表明にはいまだ消極的で、「議論は拒まない」との立ち位置だが、より長期的な交渉プロセスを主張している。
※ブラジル・ロシア・インドおよび中国の4カ国

EUが推す強制実施権がパンデミックに向かない理由

5月5日に米国が免除案を支持し、文書ベースの正式な交渉に臨む意思を表明したことを受け、議論を進展させることに関心を示す国が大幅に増加した。一方、EUはこの提案について生産的な議論を行うことを拒否し、製薬企業に自主的な対応を求めてきたが、これまでのところほとんど成果につながっていない。またEUは、個々の新型コロナ関連医薬品の生産を促すには、TRIPS協定の義務免除によって全ての知的財産権の壁を事前に取り除くのではなく、各国が既存の公衆衛生上の措置である強制実施権を用いて、製品ごとに特許を解消すべきだと主張してきた。

必須の医薬品を普及させるために、後発医薬品(ジェネリック薬)の市場競争によって価格引き下げの効果が得られる強制実施権を、必要に応じて各国が行使することを、MSFも長年提唱してきた。しかし、この方法はパンデミックの条件下では効率的ではない。法律上の障壁や、製薬企業の圧力、そして煩雑な形式上の手続きのために、強制実施権の発動は、世界的大流行のような規模の問題に適用するにはあまりにも手間と時間がかかり、複雑であるからだ。提案されているTRIPS協定の知財保護免除ならば、各国も知財の壁にぶつかってから慌てて動くのではなく、あらかじめ知財の壁を取り除いておけるため、効果的かつ迅速な対応が可能になる。

新型コロナ治療のため、南アフリカの病院に設置された酸素療法の器具 © MSF/Chris Allan
新型コロナ治療のため、南アフリカの病院に設置された酸素療法の器具 © MSF/Chris Allan

強制実施権はEUの口実に過ぎない

MSFアクセス・キャンペーンEU担当政策顧問のディミトリ・アイニケルは「免除提案に反対するための口実として、対案の中でも強制実施権の活用に固執するEUのやり方は不誠実で、世界の公衆衛生を危機にさらすものです。強制実施権で回避できるのは特許権のみであり、全ての知財権の壁には対応できない措置なので、EUが推す案はTRIPS保護免除案よりも効果の薄いものになります。このパンデミックの猛威の中で各国がすべきことは、全世界でコロナ医薬品の製造を後押しするために、可能な限りの手段を講じることです。EUなどの免除反対国は、公衆衛生上の緊急事態に際して国民の保護に努めようとする国々を妨害すべきではありません」と指摘する。

一方、欧州議会には免除案への支持取り付けに奔走する議員も多くいる。2030年までにHIV/エイズ流行を終わらせることを議題に5月に採択された決議では、TRIPS協定の知財保護免除案への支持がはっきりと呼びかけられている。議会では6月7日から10日にかけて、免除案を支持する決議の投票が行われる見通しだ。反対を続ける国々がメンバーでもあるG7 では、今週、各国首脳がサミットに出席する。主要7カ国の首脳は、世界的な連帯を示すとともに、この重要な免除案を支持し、新型コロナ関連医薬品の独占を排して普及を進めるための、具体的な対応に踏み出すべきだ。

ゲバラは、「多くの国で感染力の強い変異株が広がっています。コロナ医薬品の生産拡大と供給の多様化を実現し、全ての人の手に届くようにするために、この免除案やそのほかの必要な対応策の採用を、もう先延ばしにすることはできません」と訴える。

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