ジャパン・イノベーション・ユニットのブログ

アメリカンジョークと、オンライントレーニング

2020年11月18日

By 小林 信久

カズオ・イシグロ氏の代表作の一つといえる『日の名残り』を読んだことはあるだろうか?この小説の中で、ダーリントン・ホールの執事であるミスター・スティーブンスは、アメリカンジョークの練習をする。表向きの理由としては、米国生まれの新しい主人を笑わせるためとしているのだが、しかし、それ以上に重要なのは、主人との関係を改善させる媒体として、アメリカンジョークを使おうとしていることだ。

COVID-19の影響で、世の中の仕事と生活の多くをサイバー空間に移している中で、私たちジャパン・イノベーション・ユニットが組織・システムの設計に関する業務をつうじて得た最も重要な学びは、インフォーマルなコミュニケーションをオンライン上で再現することの重要性である。私たちは以前、オンライン・ミーティングにインフォーマル・コミュニケーションを導入する方法と、新しいスタッフをリモートで迎える方法について共有した。

 
このブログでは、オンライン・トレーニング・プログラムを設計する際に直面する、非常によく似たコミュニケーションの問題について書こうと思う。今までのトレーニングは、参加者がいかにうまく知識やスキルを習得できたか、という点に重点を置いており、企画・運営側はその成否によって成功を判定していた。私たちも、はじめはこの点に重きを置くことを想定し、オンライン・トレーニングを設計していた。しかし、デザイン思考の人間として、自分たちの仮定に異議を唱えるスペースを残し、他の視点を探ってみた。
 
当初の仮定に対するテストを念頭に置いて、私たちは、対面とオンライン両方のトレーニングにおいて参加者が感じた様々な経験について、一連のインタビューを行った。その中の一人、MSFの対面トレーニングとオンライン・トレーニングの両方に参加した経験を持つ田村真理子さんは、私たちの発見を象徴するような言葉を提供してくれた。

トレーニングは知識だけではなく、ネットワークを作り、経験豊富な人からヒントを得ることです。非公式なコミュニケーションから得られる情報は、トレーニングを成功させるために非常に重要です。

田村真理子さん、MSFフィールドスタッフ

真理子さんのコメントから、参加者によるトレーニングに対する成功の判断基準は、知識やスキルの習得だけではないことは明らかだ。

オンライン・トレーニングでは、この2つの成功の定義をどう満たせるか。

この企画・運営側と参加者側の2つの成功指標は、トレーニングをオンラインに移行する際に課題として表面化する。一般的に、オンライン・トレーニングにおいても、知識伝達をファシリテートすることが最も注視される。そのためには、様々なツールを使用して、教室を仮想的に再現できるし、ワークルームを設定してグループ単位での作業を行うことも可能だ。例えば、1人目のファシリテーターがセッションを実行している間に、別のファシリテーターがオンライン・ワークスペース(ホワイトボードなど)を管理するなど、ファシリテーションを支援するためのベストプラクティスが開発され、現在では広く利用可能になっている。

本質的には単純であるにも関わらず、真理子さんが強調したネットワーキングの機会や非公式な交流をオンライン上で促すという課題は、あまり注目されていない。このような関係性の構築は、対面でのトレーニングではトレーニングの最中や休憩時間に自然と発生する。しかし、私たちのオンライン・トレーニングの経験では、休憩時間は異なった使われ方をしていた。つまり、オンライン・トレーニングでは、休憩時間は関係性を構築するのではなく、コンピューターから離れる時間として使用されたのだ。もちろん、コンピューターから離れる時間も明らかに重要なのは間違いない。しかし、コンピューターから離れてしまったら、関係性を構築する機会は、確実に発生しない。

オンライン・トレーニングのニーズをより的確に満たすために、どう休憩をデジタル化するか。

近い将来、私たちがオンライン・トレーニングでテストしたいと考えている解決策は、オンライン・トレーニング中に2種類の休憩をスケジュールし、オンタイムとオフラインの休憩を事前に明確に定義しておくことだ。例えば、各コマの間の休憩時間を、フィードバックや質問のためのカジュアルなオンライン・セッションとして構成する(もちろん、マグカップを片手におしゃべりすることが最も理想的である)。その後、オフラインでの休憩(おそらく長い昼休み)をスケジュールし、午後のセッションを開始する前にオンラインに戻ってエナジャイザーを行う。このようにして、参加者にも企画・運営側にも、コンピュータから離れた明確な休憩時間を提供することができると同時に、インフォーマルなコミュニケーションのための時間を確保することができる。
 
私たちはまだミスター・スティーブンスにとってのアメリカンジョークのような媒体を見つけたわけではないが、オンライン・トレーニング参加者のニーズをより充足させるために、ここで書いたツー・ブレイク・アプローチをテストし、実践してみようと思う。このアプローチにはメリットがあると考えており、今後も改良を続けていく。

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