ジャパン・イノベーション・ユニットのブログ

ユーザー体験の向上はスターバックスに学べ? 創造的な問題解決のコツ

2020年07月07日

By マッシモ・ラバシニー (JIU)

イノベーションを起こすには、それを担う部署だけで背負い込んではいけません。イノベーションはみんなの仕事だからです。担当チームの役割は、その過程を支えることにあります。
 
こうした認識のもと、国境なき医師団(MSF)のジャパン・イノベーション・ユニット(JIU)は、団体スタッフを対象とした実験的な指導プログラム「CREAME」 を9カ月間にわたって行いました。このプログラムは、創造的な問題解決の方法を身に付けることを目的としたものです。その結果、ある傾向が明らかになりました。

問題分析は焦らずに

まずこのプログラムでは、問題解決のプロセスなかでも、問題を分析する段階を急いで済ませる参加者たちがしばしば散見されました。一刻も早く解決策を見つけたいと思うからでしょうか。しかし、JIUのウェブページ「活動内容」では、こんな風に説明しています。

問題の本質を徹底的に分析しなければ、刺激的ではあるけれど現実的ではないアイデアに終始しがちです。

問題を見誤ると、その解決策についても正当に評価することができません。
 
それから問題分析を怠ると、主に2つの事態が招くことも分かりました。まず、問題を取り巻くエコシステム(生態系)をよく理解せずに提示された解決策は、同じシステム内の別の場面で、新たな問題を引き起こす恐れがある、ということです。
 
もうひとつは、すでに頭の中にあった解決策しか見えなくなってしまう点です。それゆえ、他の可能性を追求したり、そのアイデアの背後に潜む思い込みや偏見を見直したりすることもありません。これは、創造性を大きく制約することになります。最善策でないかもしれないアイデアに“賭ける”ことで、時間とリソースを無駄にするリスクも高めてしまいます。 

スタバから得たインスピレーションとは

このような傾向に対処するために、JIUは日本で起きているイノベーションにヒントを求めました。上平とケイによる2009年の研究論文では、次のような素晴らしい例を取り上げています。
 
──数年前、国内最大手のオフィス家具メーカーは、競争の激しい病院用家具の市場にチャンスを見出しました。日本の病院はこれまで「医師中心」で、患者の体験にはあまり注目が払われてきませんでした。しかし国の健康保険の制度上、病院は患者の利益になるよう多かれ少なれ競い合わなければなりません。
 
その家具メーカーはコンサルタント会社と契約し、患者の病院での体験について大規模な調査を行いました。その結果、患者の病院体験の中で一番重要なのは、受付ロビーであることが判明します。ロビーで待たされる時間というのは、先が見えず、不安や落ち着かない気分を覚えるものです。家具メーカーは、ロビーでの患者の体験を何らかの方法で革新すれば、病院の競争力を向上できると結論づけました。
 
さらにこの調査で、患者がロビーで過ごす時間の感じ方は、コミュニケーションや融通性、空間利用などの要素によって左右されることが分かりました。融通性と空間の問題は、病院だけに当てはまるものではありません。コンサルティング会社はすでにスターバックス、ホテルのロビー、小売店などで、椅子の配置や、座席とその他のスペースとの関係性を研究していました。それを元に、家具メーカーは顧客である病院に施策を提案したのです。

アイデアを形づくるには、まず仮説を立てる

この家具メーカーだけでなく、私たちにとってもコツとなるのは以下のことです。

「(デザイン思考とは)問題に焦点を置き、仮説によって導かれるプロセスだ。つまり、解決すべき課題を最初から決めつけないこと。問題の見極めこそ、デザイン思考の決め手となる作業である。また、この方法と姿勢を推し進めれば、複数の選択肢が検討され、吟味されることとなる」

(マフムード・ジュイニほか、2016年、151~152ページ)

病院について分析した人たちは、既成概念にとらわれない思考をするために地道な努力をしていました。「自由な発想」とよく叫ばれますが、この言葉はしばしば形骸化しているように見受けられます。患者体験を分析したアナリストたちは自由な発想によって、病院だけでなくカフェやホテル、ショップといった場所にも目を向け、患者体験を向上させる可能性を模索しました。
 
これは、調査で裏付けられた仮説に基づいて「水平思考」を用いた優れた例です。まさにスティーブン・ジョンソンの言う「隣接可能性」を応用したものと言えるでしょう。ジョンソンによれば、新たな発想とは、既存のアイデアをもとに構築され、段階的に展開していくものです。問題の見極めが早すぎたり、分析が不十分であったりすると、隣接する可能性を狭めてしまいかねません。そこから新たな発想を展開させることができなくなってしまうのです。
 
CREAMEプログラムは、 創造的思考を求められる難しい問題に直面するMSFスタッフに、 こうした手法を伝えることができました。CREAMEは、今まさに革新が進んでいるテーマを扱ったのではありません。私たちの同僚スタッフは、自らの業務の内も外もJIUよりはるかによく知っています。イノベーションを生み出す手段を知り、そのツールを活用すれば、おのずと新たな解決策は生み出されることでしょう。

参考文献:

  • Johnson, S. (2011). Where Good Ideas come from. The Penguin Group: London(スティーブン・ジョンソン『イノベーションのアイデアを生み出す七つの法則』 日経BP、2013年)
  • Mahmoud-Jouini, S.B., Midler, C. and Silberzahn P. (2016) Contributions of Design Thinking to Project Management in an Innovation Context. Project Management Journal. 47(2):144-56.
  • Uehira, T. and Kay, C.,(2009). Using design thinking to improve patient experiences in Japanese hospitals: a case study. Journal of Business Strategy, 30(2/3), pp.6-12.

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