ジャパン・イノベーション・ユニットのブログ

コロナ禍の物資調達──先達たちのレジリエンスに思いを馳せる

2020年06月02日
ベルギーのオーステンデ空港で荷積みされるMSFの医療などの物資。ここから、台風30号被災後のフィリピンでの援助活動へと運ばれる=2013年11月 © Bruno De Cock/MSF
ベルギーのオーステンデ空港で荷積みされるMSFの医療などの物資。ここから、台風30号被災後のフィリピンでの援助活動へと運ばれる=2013年11月 © Bruno De Cock/MSF

By 国境なき医師団ジャパン・イノベーション・ユニット(JIU)

25年も前のこと。当時の国境なき医師団(MSF)のリーダーたちは、財源を多様化するという驚くべき先見の明を持っていました。時を経て今日、新型コロナウイルスの感染拡大によって、その教訓を再び活かすことが急務となっています。

1990年代、先達たちは未来を見据え、MSFにおける資金調達の構造を変える決断をしました。世界各地で新たなオフィスを立ち上げ、支援者や寄付者を募ることで、援助活動が一国の政治や政策によって左右されないようにしたのです。その結果、MSFはどの国にも縛られず、活動地を独自に判断できるようになりました。
 
アフガニスタンやイラク、ソマリアといった政情不安な地域でも、最も医療を必要としている人びとに援助を集中させることができます。また、人道支援への寄付額が最も多い主要国に対して、真実をよりよく伝えられるようになりました。最近の例で言えば、欧州や米国における難民の待遇などを訴えています。この教訓は財務に限らず、MSFの活動のなかで他の分野にも生かされてきました。
 
貿易の自由化、資本の移動、経済規模を求める利潤追求、不平等な賃金──現代のグローバリゼーションがもつ特性によって、それまで地域に根付いていた多様なサプライチェーン(供給網)が世界的規模へと拡大し、単一の供給源からの調達に大きく依存するようになりました。この仕組みの弱点がいま、新型コロナウイルス感染症で露呈しています。
 
日本では、自動車や電子機器などの製造業が、中国の数少ないサプライヤー(供給業者)に依存しており、その根本的な脆弱性が認識されるようになりました。供給を多様化するために、「中国脱却」の議論が活発化しています。供給において中国の生産者に頼るシンガポールや韓国でも、同じ議論が起きています。企業や政府は、サプライヤーを集約あるいは統合させることで、供給網のレジリエンス(回復力)が損なわれ、在庫が枯渇するというリスクにようやく気付きました。
 
MSFのような人道援助団体も、同じような調達システムの内にあります。ただし中国依存の例とは対照的に、MSFではその歴史的背景により、供給拠点がヨーロッパにありました。さまざまな重要物資が、欧州の単一サプライヤーから定期的に調達されてきたのです。
 
これもまた回復力のない仕組みであることは、新型コロナウイルスによって徹底的に明かされました。しかしMSFは、以前から独自の「脱欧州」策で是正する取り組みを始めていたのです。2015年以降は、MSFジャパン・イノベーション・ユニット(JIU)と、供給センターの「MSFロジスティック」が、その道筋を飛躍的に進展させました。
 
世界全体のGDP(国内総生産)のおよそ50%は、アジアが占めています。一方、アジア域内で生じるMSFの国際調達は、わずか13%にとどまります(インドのジェネリック医薬品やトヨタのランドクルーザーなど)。それまで日本を除くアジア地域からの調達を控えていたのは、品質への懸念が理由でした。しかし韓国やマレーシアなどの国々は、医薬品や医療機器の水準も規制制度も、すでに洗練されています。中国の水準はまだ高くないとはいえ、品質と規制の仕組みは国際基準にかなうものです。
 
MSF日本とMSFロジスティックは2015年に、薬と医療機器を日本で調達するプロジェクトを開始。2019年には、団体内の基金である「Transformational Investments Capacity(変革を起こすための投資力)」の助成で、「アジア調達プロジェクト」へと拡大させました。MSFのインターナショナル事務局や戦略的調達プログラム(MSPP)からも、支援を受けるに至っています。
 
欧州と米国がコロナ危機に見舞われた直後、MSFも各国の政府や医療機関と同じように、個人防護具などの物資調達で困難に直面しました。そこで速やかに中国をはじめとするアジア諸国に目を向け、手配と調達を行う体制を急きょ立ち上げました。JIUは現在も定期的にその仕組みを支援しています。ただ、アジア市場に関する知識がまだまだ未熟であることは明らかです。
 
新型コロナウイルス感染症の発生で、サプライヤーの数や地域を拡大する重要性が証明されました。MSFによる世界規模の新型コロナ対応のために、JIUは物資調達を集中的に行っています。今回のパンデミック(世界的流行)がなくとも、このアジア調達プロジェクトは、従来のMSFの供給網にバランスと回復力をもたらす足掛かりとなりました。今後は在庫の枯渇も、購入や輸送のコストも減らしていけることでしょう。
 
1990年代、MSFのリーダーたちは資金源を多様化することで、地政学的な環境の変化に対応しました。環境の変化はいま、私たちに調達先の多様化を迫っています。

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