ジャパン・イノベーション・ユニットのブログ

ビヨンセ、データの共有、そしてデータ倫理──国境なき医師団(MSF)における医療データ保護はいかにあるべきか

2020年05月22日
"brilliant Matt Taylor "data" illustrations" by giladlotan is licensed under CC BY-NC 2.0
"brilliant Matt Taylor "data" illustrations" by giladlotan is licensed under CC BY-NC 2.0

By 国境なき医師団ジャパン・イノベーション・ユニット

あなたが無料の電子メールサービスを利用していると仮定してみてください。サービスの名称はCmailとしておきましょう。
 
ある日、Cmail運営会社があなたのメール内容を元にして出版物を制作しました。あなたは、そのことを知らされていないし、同意した覚えもありません。あなたの個人情報が利用され、あなたが友人たちとどのようなトピックについて話しているのかが公にされたわけです。しかも、その出版物に気がついたのはあなたではありません。友人の1人がその出版物を読んで、あなたのことだと気づいたのです。友人は、あなたがビヨンセに会いに行ったのに、そのことを教えてくれなかったと怒っています。ビヨンセのファンである私をなぜ誘ってくれなかったのかと。 あなたは、個人情報を公にされた挙句、友人を1人なくしてしまいました。その上、ビヨンセのファンであるという理由で、偏見や憎悪の対象となり、危険な目に遭う可能性すら出てくるかもしれません。
 
個人のデータは誰に帰属するのか
 
MSF日本イノベーション・ユニット(JIU)は、人道援助活動に携わっています。この人道援助活動におけるデータの取り扱いについても、同じような論点が提示できます。例えば、ある医療援助従事者が、援助活動において収集されたデータを元に、学術論文を執筆という名案を思いついたとします。任期を終えて、データのコピーを自国に持ち帰り、論文を発表します。データの対象者である患者さんたちには、このことを一切伝えていません。
 
2つ目のエピソードの方が、個人の尊厳に対していっそう深刻な影響を及ぼしていますが(保健医療の助けを求める患者さんは、概して弱い立場にあります。MSFの活動する地域では、とりわけそう言えます)、Cmailの例も、人道援助の例も「個人のデータは誰に帰属するのか」という同じ問題を問いかけています。Cmail運営会社も、人道援助従事者も、データの「所有者 owner」であるかのようにふるまっています。しかし、データは本当に所有できるものなのでしょうか。所有物と言えるのでしょうか。
 
民間企業も人道援助団体も、データを所有物として扱う傾向があります。データが所有できるのであれば、その権利は譲渡できます。自動車の所有権を移転できるのと同じように、データの所有権も移転することができます。それならば、民間企業がデータを販売して、その所有権を移転して利益を得ることも自由です。人道援助団体もまた、自らの目的(すなわち、被害軽減や尊厳保護)に見合った方法によって、自らの収集したデータを移転してかまわないわけです。
 
ただし、倫理学者たちの中には、こうしたデータの扱い方に対して異論を唱える者もいます。彼らに言わせれば、収集されたデータは、そのデータの対象者の一部を構成します。私たちの氏名、電話番号、健康状態などは全て、私たち人間の一部を構成するものです。人間を人間たらしめている部分は、当然ながら譲渡不可能です。人権と同じです。放棄や譲渡は不可能であり、即座に無効とみなされます。
 
データ共有とは何を意味するのか?
 
団体などの法人が自ら収集したデータを所有しているのならば、そのデータを部外者に譲渡した段階で、データを共有したことになります。つまり、共有をめぐる倫理的問題が発生するのは、データが外部の他者に譲渡された場合のことです。Cmail運営会社も人道援助従事者も、そうした理解に基づいて行動しているように見えます。これを論拠にすると、データの収集に同意を得た法人自身がそのデータを再利用しているにすぎない場合、共有という現象は存在しません。
 
しかし、データが譲渡不可能なものだとすれば、共有は、1つの法人や団体と他の組織との間でデータがやりとりされるという問題ではありません。問題になるのは、データの利用について、データ対象者とデータ収集者との間で結ばれる取り決めです。共有が発生するかしないかは、その取り決めによって定まります。取り決めの範囲外の目的に使用された時、データは共有されたことになり、共有をめぐる倫理問題が発生するのです。したがって、Cmail運営会社にしても援助従事者にしても、自らの収集したデータを新たな目的で使用したら、それが組織内部における利用であったとしても、データ共有の問題が発生するのです。その瞬間、データ対象者に対する倫理上の義務が発生し、別個の新たな取り決めが必要となります。
 
このことは、組織としていかにデータを管理していくか、いかにデータ収集の同意を得るのか、という課題に結びついていきます。倫理審査委員会の役割、事業活動のあり方、レピュテーションリスク管理などにも影響を与えるでしょう。(これに興味があったらこことここをクリックして下さい).
 
ビヨンセに話を戻すと、彼女なら「インフォメーションを集めるためにさあフォーメーションについて!」と言うかもしれません。データ収集の段階から、共有についての計画を立てておくことが必要です。私たちは常に根本的なところから思考し、自らの行動を問い直すべきです。患者さんたちにとっても、人道援助団体にとっても、それが最善の道です。

この記事のタグ

関連記事

活動ニュースを選ぶ