海外派遣スタッフ体験談

現地スタッフの手術室看護技術を向上に導く

鈴木操

ポジション
手術室看護師
派遣国
スーダン
活動地域
アウェイル
派遣期間
2009年12月~2010年6月

QなぜMSFの海外派遣に参加したのですか?

自分の看護師という専門性を活かし、海外で勤務したかったという思いが主な動機でした。また、日本では考えられない環境、医療現場に自分を置くことによって、専門職としての自分の新たな部分・原点を見つめなおすきっかけになればという思いもありました。

Q今までどのような仕事をしていたのですか? また、どのような経験が海外派遣で活かせましたか?

3年間の臨床経験のあとに、JICAの青年海外協力隊で3年間海外経験を積みました。その後2年間、日本の臨床現場で勤務しました。

すべての臨床経験は手術室のみという大変狭い分野でしか経験のない私でしたが、逆に手術室に集中してきたからこそ提供できた手術室看護もあったのではないかと思います。また、海外から戻ったあとに、いったん日本の臨床に戻ったことも大変有意義でした。

Q今回参加した海外派遣はどのようなプログラムですか?また、具体的にどのような業務をしていたのですか?

今回のプログラムは前回に比べると、手術件数・スタッフの人数ともに大変少なかったです。行っている手術も産婦人科の緊急手術のみで、緊急オペのないときは高い清潔度を要するガーゼ交換を手術室で行っていました。手術室現地スタッフも看護師ではなくOTテクニシャン*という職種の方で、医療知識のない現地スタッフをいかに教育して、知識や技術レベルの向上へと導くかというのが最大の目標でした。

  • OTは“Operating Theatre”の略で「手術室」の意。OTテクニシャンは手術室技術監督者のような役割で手術室の衛生管理、手術道具の管理監督を手術室看護師などに教えていくような役割を受けもつ。

具体的には日々の業務をともに行う中で指導し、また、夜間の緊急には常に麻酔科医師・産婦人科医師・助産師とともに対応するという生活でした。

Q週末や休暇はどのように過ごしましたか?

皆で映画を見たり、バレーボールをしたり、お料理をして皆でおいしく食べたりと、いろいろです。とてもシンプルですが、だからこそ人とのつながりが深かったように思います。

Q現地での住居環境についておしえてください。
今回の宿舎であるトゥクル。外のテーブルは皆の憩いの場
です。

現地では、トゥクルという一人一軒与えられた小屋のようなものに住んでいました。電気はジェネレーターで、朝の8時から夜の10時まで供給がありました。トゥクルの中もコンセントがありました。水は水道をひねれば出るという環境が整っていました。

シャワー・トイレは共用です。キッチン・リビングももちろん共用ですが、ご飯は現地の方が毎食(土日も含めて)料理してくださいました。ご飯を食べるテーブルは屋外でしたが、マンゴーの木の木陰にそのテーブルは置いてあり、皆の憩いの場でした。

Q良かったこと・辛かったこと
よかったこと
素敵なチームメンバーに巡り合えたこと。楽しかったです。
辛かったこと
天候(暑い、夜眠れなかったこと) 体調の悪いときには特に。
Q派遣期間を終えて帰国後は?

帰国後は2年間、ほかの機関で勤務し、終了後は要請をいただけるようでしたら、もう一度、国境なき医師団(MSF)に参加したいです。

Q今後海外派遣を希望する方々に一言アドバイス

さまざまな国の方と生活をともにし、活動していくことは大変なように聞こえますが、私にとっては素敵な方々との出会いの連続でした。無責任な言い方かもしれませんが、興味のある方は是非飛び込んでみてください。さまざまなリスクもありますが、私は飛び込んでよかったと思っています。

MSF派遣履歴

  • 派遣期間:2009年12月~2010年6月
  • 派遣国:スーダン・アウェイル
  • ポジション:手術室看護師
  • 派遣期間:2009年1月~2009年7月
  • 派遣国:ナイジェリア・ポートハーコート
  • ポジション:手術室看護師

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