海外派遣スタッフ体験談

不安定情勢のイエメンでアウトリーチ活動

白川 優子

ポジション
正看護師
派遣国
イエメン
活動地域
ハメル
派遣期間
2015年10月~2015年12月

Q国境なき医師団(MSF)の海外派遣に再び参加しようと思ったのはなぜですか?また、今回の派遣を考えたタイミングはいつですか?

今回の派遣前までは、国境なき医師団(MSF)の日本事務局で1年間働いていました。それまでは自分が派遣に行く立場でしたが、この1年間は派遣に出るスタッフの採用を担当し、別の角度からMSFの活動を見ることができました。今回の出発は、事務局での契約が終わったちょうど翌日のタイミングとなりました。

Q派遣までの間、どのように過ごしましたか? どのような準備をしましたか?

今回が9回目の派遣ということもあり、特別な準備はしませんでした。緊急プロジェクトのオファーで、出発まで数日しかありませんでしたが、これまでも同じような経験をしたことがあり、特に戸惑うこともなくいつもどおり荷物を持って空港に向かいました。

Q過去の派遣経験は、今回の活動にどのように活かせましたか? どのような経験が役に立ちましたか?

過去8回の派遣では、長期プロジェクト、緊急プロジェクト、状況調査プロジェクトなど、さまざまなプロジェクトを経験してきました。その中で新しい経験、学習、反省を繰り返しながら、いつも次の派遣に役に立てています。

MSFの生活は異文化、多国籍環境であり、日本の通常とはかけ離れた体験ですが、経験を重ねるうちに順応してきます。今回も過去のすべての経験が役に立ちました。

Q今回参加した海外派遣はどのようなプログラムですか?また、具体的にどのような業務をしていたのですか?
アウトリーチ活動をするアルカフラの診療所は、空爆で一部崩壊した アウトリーチ活動をするアルカフラの診療所は、
空爆で一部崩壊した

当初、イエメンの首都サナアで地上戦が起こると予測されており、マスカジュアリティ(集団災害)チームの一員として派遣されました。結局、激しい戦闘は起こらず、戦況が変わった事で活動計画も変更となり、私はサナアからアムラン州のハメルという北部の街に移動しました。

ハメルをベースに、いくつかのチームに分かれて活動をしていました。主要な活動は、救急・外科・一般・産婦人科・小児科を受け入れる病院での活動です。

私は、到着後はじめの数週間はこの病院の手術室のサポートをしていましたが、途中から別のチームに入り、アウトリーチ活動に加わることになりました。アウトリーチとは、十分な医療アクセスのない場所に出向き医療を提供する活動です。私たちはハメルのベースからそれぞれ車で約2時間弱の距離にある3ヵ所を対象にしていました。

MSFがアウトリーチ活動を始めた目的は2つあります。1つは、ハメルの病院まで遠く、来院に時間がかかる市民の負担の軽減。そしてもう1つは、来院患者が絶え間なくあふれ続けるハメル病院のスタッフの負担を減らすことにありました。

3ヵ所のアウトリーチ活動の場所にはそれぞれ診療所があります。MSFは、緊急プロジェクトが立ち上がる以前から薬剤や物資の寄付は行っていたのですが、今回は、新しく組まれた私たちのチームが出向き、スタッフの増員と教育、空爆で崩壊してしまった建物内の修復、衛生状況の改善、感染予防の管理に力を入れました。

これら3つの診療所で質の高い治療を確立させることによって、市民のハメル病院への移動とスタッフの労働力の負担という2つの問題が改善されました。この活動の中での私の役割は、衛生状況の改善、感染予防の管理でした。具体的には機材滅菌室の確立、医療廃棄物の管理、掃除担当スタッフの教育です。

このほかハメルでは、難民キャンプへ出向く移動診療のチーム、サアダ州のハイダン病院の支援をするチームがありました。ハイダン病院は私の活動期間中に空爆によって全壊し、20万人の医療アクセスが奪われました。

Q派遣先ではどんな勤務スケジュールでしたか? また、勤務外の時間はどのように過ごしましたか?
手術室スタッフに招待され、一緒にランチをした 手術室スタッフに招待され、一緒にランチをした

アウトリーチ活動をしていた期間は、朝8時半に車で目的の診療所に向けて出発し、10時過ぎに到着。空爆のリスクを避けるため1回の滞在期間は数時間に限られ、短いものでした。

到着後、少しの時間も無駄にできず、待ち構えてくれている現地スタッフに対し毎回集中的なトレーニングを行っていました。とても慌ただしい活動でした。3つのどの診療所でも毎回私たちの訪問を歓迎してくれ、ランチでもてなそうとしてくれていたのですが、安全上の理由から移動時間が制限されていたため、せっかくの申し出を断わらざるを得ませんでした。

食事を一緒にするという、イエメンの文化的に最高のもてなしを断るというのはとても心が痛いことでした。そんな中、1度だけランチを一緒にとることができた日がありました。診療所の庭で、ゴザを敷いてみんなで輪になって、サルタと呼ばれる伝統的なイエメンの料理とお茶を囲みながら、とても楽しくランチを食べました。

このランチの間にも飛行機の音がして、一瞬みんなの手が止まったこともありましたが、現地の人びとは、飛行機=空爆という恐怖に1日のうち何度も脅かされています。また特に北部では、戦闘の前線がいつ変わるか分からない不安定な状況の中で暮らしています。

Q現地での住居環境についておしえてください。

1つの大きな家を15人から時に18人で生活をしていました。キッチンはみんなで1つ、トイレ・バスは4~5人で1つの割り当てでした。部屋は1人部屋と2人部屋があり、私は2人部屋でブラジルから来た小児科医とシェアをしていました。

MSFのほかのプロジェクト同様、料理担当の現地スタッフはいましたが、今回はレパートリーが少なく、実はあまり人気がありませんでした。私は料理が大好きなので、手作りパスタやラザニア、チキン丸ごとスープなどを作って、特にヨーロッパ出身のスタッフから喜ばれました。

ウガンダから来たスタッフが、チャパティと呼ばれるパンをいつも作ってくれ、私がその他のメニューを考えて作っていました。必要な材料がすべてそろう訳ではないので、「もどき」ではありましたが、私は料理をすることがストレス解消になっていました。

料理が準備できたら鐘を鳴らしてみんなを集めるという風習で、夕飯時にはこの鐘でみんながぞろぞろと集まって、リビングルームにぎゅうぎゅうにひしめきあって楽しく食べていました。仕事中のスタッフ、緊急で呼ばれて慌てて抜けていくスタッフなどもいて、必ずしも全員が揃う日は多くありませんでしたが、これだけの人数がいるととても賑やかでした。

毎週木曜日をコンサートの日と決め、ギターや電子ピアノに合わせてみんなで歌を歌ったり、ほかにも映画の日やゲームの日がありました。また私は休日の朝にチーム内でヨガ教室を開き、希望者とともに楽しんでいました。

Q活動中、印象に残っていることを教えてください。
水道もシンクもない小さな部屋を機材滅菌室に 水道もシンクもない小さな部屋を機材滅菌室に

アウトリーチ活動で、医療チームリーダーから「機材滅菌室を作ってくれ」と依頼され、困ってしまいました。ものすごく狭い部屋で、滅菌に絶対必要な水道も、シンクも電気もない空っぽの狭い部屋だったからです。「無理です」と即答すると、そのリーダーは「ユーコ、想像力を働かせて!」と、引きません。

さて本当に困った!と思ったものですが、水がなければ外から汲む、シンクがなければバケツを使う、電気がなければガスを使う、このような発想で、なんと、本当に機材滅菌室が確立できてしまいました。その後、地元スタッフにトレーニングを行い、機材の洗浄、消毒、滅菌をするというシステムができあがった時には、壮大な達成感がありました。

高圧蒸気滅菌機。電気が通っておらず、ガスで動かす 高圧蒸気滅菌機。電気が通っておらず、ガスで動かす

この時の医療チームリーダーは、カナダから来た麻酔科医なのですが、これまでにもパキスタンやシリア、ネパールなどで何度も一緒に組んで仕事をしています。「ユーコならできる」と思ったそうですが、はじめは本当に無理難題を吹っ掛けられたと思いました(笑)。彼女の「想像力を働かせて!」の一言がなければ滅菌室は誕生していなかったかもしれません。どうにか、何とかなるもんだなぁ、という事を改めて学びました。

Q今後の展望は?

実はこれを書いている今、すでに次の派遣でパレスチナのガザ地区に来ています。この派遣は私にとって10回目という節目でもあり、また初めて「看護師長」というポジションに挑戦するという大きな転機でもあります。今までは手術室、アウトリーチのみの担当でしたが、このガザ派遣では自分の可能性をさらに広げ成長したいと思っています。

Q今後海外派遣を希望する方々に一言アドバイス

私は自分の魂の赴くままにMSFに参加し、初回派遣から5年たった現在もこの仕事が心から大好きで、毎日夢が叶っているという現実に幸せを感じています。結果として、行けば必ず医療の必要な人への援助につながります。頭で考えずに心で決める、これがキーだと思います。

今までに多くの仲間と出会って一緒に活動してきました。結婚していたり、子どもが小さかったり、母子家庭であったり、本職を持っていたり、家族が反対していたり、70歳を超えていたり、いろいろな難しい問題があると思いますが、みなさん、それを自分なりに乗り越えて参加しています。

MSF派遣履歴

  • 派遣期間:2015年4月~2015年5月
  • 派遣国:ネパール
  • 活動地域:バクタプル、アルガト
  • ポジション:手術室看護師
  • 派遣期間:2014年12月~2014年12月
  • 派遣国:フィリピン
  • 活動地域:レイテ島
  • ポジション:手術室看護師
  • 派遣期間:2014年2月~2014年4月
  • 派遣国:南スーダン
  • 活動地域:マラカル
  • ポジション:看護師
  • 派遣期間:2013年6月~2013年9月
  • 派遣国:シリア
  • 活動地域:-
  • ポジション:手術室看護師
  • 派遣期間:2012年6月~2012年8月
  • 派遣国:イエメン
  • 活動地域:アデン
  • ポジション:手術室看護師
  • 派遣期間:2011年7月~2012年1月
  • 派遣国:パキスタン
  • 活動地域:ペシャワール
  • ポジション:手術室看護師
  • 派遣期間:2010年8月~2011年4月
  • 派遣国:スリランカ
  • 活動地域:ポイント・ペドロ
  • ポジション:手術室看護師

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