「医療砂漠」と化したイエメンの村 紛争と貧困の中で危険にさらされる母子の命

2021年07月14日掲載

イエメン北部サアダ州のハイダン病院に入院する子ども=2019年 © Agnes Varraine-Leca/MSFイエメン北部サアダ州のハイダン病院に入院する子ども=2019年 © Agnes Varraine-Leca/MSF

お腹に痛みを感じ始めたとき、ウム・アイマンさんはそれが陣痛の始まりだと気づかなかった。まだ妊娠9カ月に満たなかったからだ。彼女は薬剤師のところに行った。アル・マラヘットの村では、体の不調の相談をできるのは薬局しかない。医療から取り残された場所で、どのような問題が起こっているのか。イエメンから伝える。 

病院まで5時間

ここは、サウジアラビア軍とイエメン軍が反政府勢力「アンサール・アッラー(通称フーシ派)」と争う前線に近い場所だ。サウジアラビアとの国境近くに位置する。周囲とは分断され、住民は孤立した状態に置かれている。

「お医者さんに『まだ産むのは早い』と言われて、点滴を受けました。でも破水してしまったのです」

その後自宅で出産しようとして3日間苦しんだ後、ウム・アイマンさんは家族がお金をかき集めて手配した車で病院へ向かった。目指すのは、5時間離れたハイダンにある国境なき医師団(MSF)の病院だ。到着して診察を受けたところ、赤ちゃんが子宮の中で、頭を下にした本来の状態ではなく横向きになっていることが明らかになった。分娩時に赤ちゃんは亡くなっていたため、ウム・アイマンさんの体から赤ちゃんを取り出し、母体の命を守る緊急手術が必要となった。 

空爆を受けたサアダ州の幹線道路=2019年 © Agnes Varraine-Leca/MSF空爆を受けたサアダ州の幹線道路=2019年 © Agnes Varraine-Leca/MSF

産前ケアを受けられないまま出産に

茶色の伝統的な家が立ち並び、青々とした畑が広がるハイダン。所々に、サウジアラビアの戦闘機に爆撃された跡が見える。この地では、ウム・アイマンさんのような話は珍しくない。住居や女子学校、MSFの病院までもが破壊された紛争当初と比べると爆撃は減ったが、いまも空爆の音が周辺の丘に響いている。

この地域は、遠隔地で交通の便が悪い上に、紛争や貧困の影響を受け、医療体制も機能していない。そのため、医療を必要としていても受けられる住民はほとんどいない。MSFが2017年に再建したこの病院は、数少ない医療機関の一つだ。

MSFでプロジェクト・コーディネーターを務めるデビッド・チャロ・カヒンディはこう話す。「ここはいわゆる"医療砂漠"です。医療施設はほとんどなく、状況は悪くなる一方です。昨年の同時期と比較して、小児科の入院件数は45%、分娩件数は30%増加しており、全体的に重篤な患者が来院するようになっています。救急処置室に来る人の数は横ばいですが、入院件数は昨年の2倍です」

この病院では、戦闘による負傷者の治療は比較的少なく、月に15人程度である。むしろ、母親と子どもたちに焦点を当てた活動が多い。チームは今年、月平均で176件の分娩を介助した。病院で出産する母親のうち、産前ケアを受けられたのは40%にすぎない。そのため、ウム・アイマンさんのように、陣痛が来るまで合併症が見過ごされてしまうことが多いのだ。

これまで、ハイダンの病院では対応できない患者は、サアダ市の病院に搬送していた。しかし昨年末に病院内に手術室を開設。サアダ市まで患者を搬送しなくても済むようになった。「多くの患者さんはハイダンに着くまでに数時間かかります。新しい手術室ができて、帝王切開が必要な女性や、一般外科手術の必要な人たちを、さらに遠くに連れていかずに治療できるようになり本当によかったです」とカヒンディは話す。

近年はガソリン代の高騰とインフレを受けて移動はさらに難しくなっている。「私たちの住むロワー・ドゥウェイブからハイダンまでは、6時間もかかるんです」と、交通事故で入院した叔父に付き添うハミド・アリさん(33歳)は話す。「地元の診療所には一人しかおらず、小さな箇所の包帯くらいしかしてもらえません。そのため、10万イエメン・リアル(約4万4205円)も払って車でこの病院まで連れてきてもらいました」。

紛争で大打撃を受けた地域の農家や牧畜世帯にとって、これは天文学的な金額にあたる。「家畜を飼って生活していますが、毎日のように戦闘の音が聞こえてきます」とアリさん。「村に砲弾が飛んでくることもありますが、できる限り普通の生活をしています」
 

子どもの入院患者が増えている=2019年 © Agnes Varraine-Leca/MSF子どもの入院患者が増えている=2019年 © Agnes Varraine-Leca/MSF

制限される人道援助

紛争はその地域の人びとを苦しめるだけでなく、人道援助団体の活動をも難しくしている。イエメンのさまざまな勢力は、人道援助団体の活動と移動を規制することがあり、「アンサール・アッラー」が設けている条件は特に厳しい。ハイダンのような最前線付近の地域で活動の許可を得るのは、複雑な状況ゆえにとりわけ困難で、この地区に常駐して活動を続けている人道援助団体はMSFだけだ。

「巨大なニーズを目前に、新たな診療を開始し、病院をさらに拡張してはいます。それでも、私たちだけでは全てのニーズに対応できません。既存のニーズに応え、事態の悪化を防ぐためには、より多くの団体や機関による援助と、当局による交通の便宜が必要です」とカヒンディは話す。

ウム・アイマンさんは、今回の体験で負った心の傷を乗り越えようとしている。「怖いのは、子どもたちに会うことなく死ぬことです」と話し、恐怖を感じながらも、傷口をきれいにするために手術室に戻る準備をしていた。比較的一般的な合併症だったが、ここでは、母体まで死の危険にさらし、心に傷を残すほどの苦難になった。

カヒンディはこう訴える。「この地域で人道援助団体が活動しやすくならない限り、ウム・アイマンさんのように、予防も治療もできる症状で苦しむ人は増え、命を落とす人も出てくるでしょう。そのような事態を決して引き起こしてはいけません」 

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