ウクライナ:地下鉄駅で5歳の誕生日を迎え 心理療法士が語る避難者の思いとは

2022年05月12日
テントが並ぶハルキウの地下鉄駅。高齢の避難者も多い © Mohammad Ghannam/MSF
テントが並ぶハルキウの地下鉄駅。高齢の避難者も多い © Mohammad Ghannam/MSF

攻撃から身を守るため、多くの人が避難している地下鉄の駅。国境なき医師団(MSF)は、ウクライナの首都キーウ(キエフ)や第二の都市ハルキウの地下鉄駅で移動診療を行い、厳しい環境で避難生活を送る人びとへ医療援助を提供している。

長引く避難のなか、人びとの心はどのような状態にあるのか。MSFの心理療法士であるコンチェッタ・フェオが語る。

灰色の駅に誕生日ケーキと風船が

私はリビウからウクライナに入り、ビンニツァで活動した後、電車でキーウに入りました。そこには、既に1カ月間も地下で避難生活を送っていた人が大勢いたのです。私たちは、看護師、ソーシャルワーカー、心理療法士2人(ウクライナ人の同僚と私)のチームで地下鉄駅での移動診療を行いました。

活動を通して出会った人の一人に、5歳のナタリアちゃんがいます。彼女はその日、ちょうど5歳の誕生日を迎えたところだったのです。ボランティアがチョコレートケーキとピンクの風船を用意し、灰色で寒い地下鉄の駅を明るく演出しました。

ナタリアちゃんの母親のヘレナさんは、自宅の近くで最初の爆撃があった後、3日間一睡もできなくなるほどのストレス症状に悩まされていました。娘と愛犬と寒い車内で3日間も過ごしてから、勇気を振り絞って家族全員を地下鉄の駅まで連れて来たそうです。「駅に着いた夜は6時間ぐっすりと寝ました。心も体も疲れ果てていたのです」と彼女は話していました。

数日後、ヘレナさんは駅を出てナタリアちゃんを祖父の家に連れて行こうとしましたが、外はまだ危険だったので、数時間後には地下駅に舞い戻ったそうです。賢明な判断でした。というのも、それから間もなく、祖父の建物は迫撃砲による攻撃を受けたからです。祖父は奇跡的に一命を取り留めたそうです。

何週間も恐怖と不安に耐えながら、ヘレナさんは、小さなナタリアちゃんを守るために全力を尽くしていています。「ブチャで起きた悲劇を聞いて、私は崩れ落ちました。もし娘があんな目に遭ったらどうするのか、想像もつきません」とヘレナさんは話しました。
 

ハルキウの地下鉄駅で子どもの診療を行うMSFの医師 © Morten Rostrup/MSF
ハルキウの地下鉄駅で子どもの診療を行うMSFの医師 © Morten Rostrup/MSF

駅で過ごす子どもたちの心は

誕生日の会場には、さまざまな年齢の子どもたちが集まり、ナタリアちゃんのいつもと違う誕生日を祝っていました。9歳のマキシムさんもその一人。ダウン症がある13歳のアンドレイさんから、水の入ったボトルを宙に投げてまっすぐ着地させる方法を教わったりして遊んでいました。

とても聡明で好奇心旺盛なマキシムさんは、英語で私に話しかけ、私の拙いウクライナ語を聞いて笑っていました。彼はこの戦争が始まってから数日後、母と姉、叔母とともに駅に逃れて以来、ずっと駅で寝泊まりしています。

姉のオクサーナさんは、「マキシムは戦争におびえています。ほとんど眠れず、急ごしらえのマットレスで寝るたびにかんしゃくを起こしていました。大きな音にも敏感で、いくらボトル投げで遊んでも、戦争のことを考えずにはいられないのです」と話します。

弟への責任感と、新型コロナウイルスの2年間にわたる流行で、深い孤独感を感じてきた10代のオクサーナさん。戦争はそこへ追い打ちをかけたのです。話を聞いたのは夜遅い時間でしたが、彼女の話はせきを切ったように出て、とめどなく続きました。しかし、話をさえぎってしまっては彼女を傷つけることになります。彼女が心のケアを必要としているのは明らかで、私たちはまさにその務めに当たっていたのです。

オクサーナさんのカウンセリングが終わった時、私はマキシムさんがまだそこに立っているのに気づきました。ぎゅっとハグしてほしくて待っていたのです。
 

子どもたちの絵が飾られたハルキウの地下鉄駅 © Mohammad Ghannam/MSF
子どもたちの絵が飾られたハルキウの地下鉄駅 © Mohammad Ghannam/MSF

ドンバス地方に残る母と夫 「もう会えないのでは」

ドンバス地方(ルハンスク州とドネツク州)から来た、48歳のマーシャさんにも会いました。2014年に起きたロシア軍による攻撃を逃れた時に続き、いま、二度目の心的外傷に苦しんでいます。

マーシャさんのお母さんはロシア軍が支配している地域に閉じ込められているので、家族は何週間もお母さんを助け出そうと努力したそうです。マーシャさんの夫は、ずっと暮らし、働いてきたドンバス地方に残ることに決めました。もう二度と会えないのではないかという恐怖、孤独感と無力感にさいなまれていて、夫の決断を恨んでいると話します。

悪夢こそないものの、ごく短時間、それも浅くしか眠れないのです。食欲もなくなり、物音がするたびに縮み上がり、泣くこともしばしばだと。前回の戦争とは異なり、今度は人生を元通りにはできないのではないか、自分も将来も立て直せないのではないかと感じているそうです。マーシャさんは悲しげな目で私を見つめ、助けを求めてきました。

駅構内には毛布が所狭しと並ぶ © Mohammad Ghannam/MSF
駅構内には毛布が所狭しと並ぶ © Mohammad Ghannam/MSF

感謝と罪悪感 複雑な思いを抱え

イリーナさんとウォローディアさんはホストーメリから来た高齢の夫妻です。一人息子は海外にいて、毎日電話をかけてきます。この夫婦は最初の1週間から地下鉄の駅で寝泊まりし、この非常事態を乗り切って生き抜こうと努力しています。

夫婦の心身の状態を確認したところ、疲労やいくつかの健康上の問題はあっても、希望にあふれ、村に戻りたい気持ちにあふれていました。

イリーナさんは爆撃された自宅の写真を見せてくれて、夫のウォローディアさんはシェルターの中で過ごした日々を話してくれました。長年暮らした場所に戻ろうと、地雷などの撤去作業をする軍からの許可を待っているところだそうです。

最後に、年老いた両親に連れられた若い女性、マリアさんのことをお話ししましょう。いま怖いのは何か聞き取っていくと、マリアさんは言ったのです。「ブチャで亡くなった人たちが、私たちの命を救ってくれたのだと思わずにはいられません。あの人たちは体と命をもってキーウと私を守ってくれたのです」

感謝と罪悪感——。マリアさんはその二つの感情が入り混じった思いを浮かべていました。私がこれまでに会った人たちと同じように。

地下鉄の車両の中で避難生活を送る人たちもいる © Morten Rostrup/MSF
地下鉄の車両の中で避難生活を送る人たちもいる © Morten Rostrup/MSF

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