戦禍のウクライナで活動した日本人医師 「全ての民間人に、安全と医療へのアクセスの確保を」

2022年04月28日
ザポリージャ医科大学病院で、多数の負傷者対応の研修を行う門馬(写真右) © MSF
ザポリージャ医科大学病院で、多数の負傷者対応の研修を行う門馬(写真右) © MSF

先の見えない戦争が続く、ウクライナ。3月下旬から4月上旬にかけ、国境なき医師団(MSF)の医師・門馬秀介が現地の緊急医療援助活動に参加した。
 
門馬は今回の事態を受けてウクライナに現地入りした最初の日本人医師。現地では、ウクライナの医療従事者への技術研修や、避難所での診療などを行った。帰国後の4月26日に日本記者クラブで報告会を行い、現地の現状を報告した。

生活を続けようと、努力する人びとの姿

門馬は、MSFの海外派遣スタッフ約130人の1人として、日本から初めて参加した。3月下旬、ウクライナと国境を接するポーランドの町メディカからウクライナに入国。そこからリビウ、ビンニツァを経て、およそ1000キロの道のりを陸路で移動し、派遣地である東部のドニプロにたどり着いた。道中について「道路の両側にはバリケードがあり、それが東に行くにつれどんどん重装になっていった」と語る。

© MSF
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ウクライナで最初の滞在先であったリビウでは、人びとは皆、空襲の際にアラームが鳴るアプリを活用していたという。アラームが鳴るたびに地下に避難することが推奨されたが、現地の人びとは買い物や仕事に出かけるなど、たくましく日常を送っていた。その様子を目の当たりにし、「国を存続させるために、生活を続けようとする。その努力する姿が印象的でした」と話した。
 
戦闘地域に近いドニプロでも状況は変わらず、アラームが鳴ってもそこには日常生活が営まれていた。ただ、決して安全な状況というわけではなく、門馬は就寝時もきちんと服を身に着け、枕元には靴やヘルメット、防弾チョッキを置き、いつでも避難できる態勢で過ごしていたという。

医療従事者は国内に残り、活動を続ける

ドニプロから80キロ余り南に位置するザポリージャでは、公立の医科大学病院など複数の医療機関でMCP(マス・カジュアリティ・プラン)の研修を行った。これは戦闘などにより、一度に100~200人規模の多数の負傷者が一斉に運ばれる事態に備えたトレーニングで、治療の優先順位を決めるトリアージ方法や外傷治療などの研修も併せて行った。緊急時は、誰に対しどの程度の治療が必要か、その取捨選択を素早く判断し、処置を行うことが一人でも多くの命を救うためには欠かせないためだ。

ザポリージャ医科大学病院での研修。手順通りにできない場合も、なぜできなかったのかを話し合い、改善につなげていく © MSF
ザポリージャ医科大学病院での研修。手順通りにできない場合も、なぜできなかったのかを話し合い、改善につなげていく © MSF

「ウクライナの医療水準は一定以上でレベルが高い。また、東部の人びとは西側の町に比べ、紛争に備える準備ができていたように感じた」と研修時の印象を語った。
 
ウクライナでは国内の多くの医療従事者が現地に残り、医療体制を維持している。そのため、現状では国外の医療援助団体が直接治療に介入する必要性は高くない。援助団体が戦闘地域で活動できない状況の中で、MSFはあくまで医療ニーズに基づいて、技術と物資の両面で現地の医療機関をサポートするという立場で活動を行った。

ショックを受けて、泣き出してしまうスタッフ

一方、ドニプロでは、市が古い美術館を改装した避難所を訪れた。そこには、激戦地マリウポリから逃れてきた人びとが多く生活しており、門馬は3歳から80歳まで幅広い年齢層の患者を診察した。ある高齢の男性は、7日間地下シェルターに身を隠していた際、いつでも逃げられるように靴を脱ぐことができなかったため、足に潰瘍ができてしまっていた。
 
また、現地での通訳を担当してくれた女性はもともと英語の教師をしていたが、心労が積み重なった結果、ショックを受けて突然泣き出してしまうことも。「戦争が自分のすぐ隣に存在する。そのぎりぎりの状態で生きることは、一人一人の心理状態にも大きく影響する。避難している人びとはもちろん、スタッフに対する心のケアも欠かせません」。そう、門馬は話した。

マリウポリから避難した男性。7日間、地下シェルターで過ごし靴を脱ぐことができなかったため、足に潰瘍ができていた © MSF
マリウポリから避難した男性。7日間、地下シェルターで過ごし靴を脱ぐことができなかったため、足に潰瘍ができていた © MSF

戦争が長引くにつれ、全土で不安やパニック、睡眠障害などの症例が増加している。門馬は心のケアは今後いっそう重要になると指摘する。
 
「避難した人びとに必要なのは、まずは安全に暮らせる環境を作ること。そして心のケアです。両親を亡くした男の子がどんどん暴力的になっていく様子も見ました。外傷と違い、心の傷は目に見えない。そのため、長いサポートが必要とされ、回復するのにどれくらい時間がかかるのかもわかりません」

安全と医療へのアクセスの確保を

MSFは現在ウクライナ国内15カ所、近隣7カ国を拠点に、診療や心のケア、技術支援、物資提供、医療列車による患者搬送などを行っている。
 
門馬はドニプロとザポリージャで、地下病院(UHOP)の設置準備にも携わった。地下に手術室を設置する試みで、水回りと換気の確保が重要課題だ。「MSFには物資の搬送や建築など、医療スタッフ以外の専門家がいる。そのため、医療が提供可能な環境を整えることができる。それはMSFの強み」と活動を振り返った。

ドニプロの地域病院の地下に治療施設を作れるか視察を行った © MSF
ドニプロの地域病院の地下に治療施設を作れるか視察を行った © MSF

活動を終えて帰国したが、ウクライナでは今も戦争は続いている──。門馬は改めて、「全ての民間人は、いつでも、いかなる場所においても、安全と医療へのアクセスを確保されるべき」と訴えた。
 
MSFは戦争当事者に対し、国際人道法を順守し、民間人、医療施設・従事者を攻撃しないこと、マリウポリなどの戦闘地域においては、人道援助スペースの確保するよう求める。また、戦闘地域の住民の避難、残留については、移動する人、残る人、それぞれの希望を尊重し、安全と医療へのアクセスを保証するよう強く訴える。

MSFは1999年からウクライナで、HIV、結核、C型肝炎等の治療活動を行ってきた。2014年からは東部ドネツク州において、紛争下に暮らす人びとに基礎医療と心のケアを提供。
2022年2月24日以降は、緊急援助体制に切り替え、現地の医療ニーズに合わせた援助活動を行っている。

ザポリージャ医科大学病院のスタッフと。笑顔の写真が多いのは「深刻になりすぎないよう、笑顔を忘れずに」との理由から © MSF
ザポリージャ医科大学病院のスタッフと。笑顔の写真が多いのは「深刻になりすぎないよう、笑顔を忘れずに」との理由から © MSF

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