心の傷はまだ癒えず──シリア、紛争下での大地震発生から1年

2024年02月07日
震災発生翌日の2023年2月7日、シリア北西部イドリブ県の様子 © OMAR HAJ KADOUR
震災発生翌日の2023年2月7日、シリア北西部イドリブ県の様子 © OMAR HAJ KADOUR

「私たちは今もテントで暮らしています。子どもたちは建物を怖がっているんです。もう疲れました」。シリア北西部イドリブ県のアフリンに住む5児の母、ヒンドさん(36歳)は話す。

2023年2月6日、シリア北西部とトルコ南部を大地震が襲った。シリアでは、10年以上続く紛争と経済危機で苦しんでいた人びとに追い打ちをかけた。

「あの夜のことは、死ぬまで忘れられない」

「シリアでは地震でこれまで以上に多くの人が貧困に陥り、家を失い避難民となっています。経済状況や生活環境が悪化したばかりか、教育システムも崩れ、インフラも被害を受けています」と、MSFの現地活動責任者のトマ・バリベは話す。
 
「さらに、何千人もの子どもたちが保護者を失ったり、負傷したりしました。手足を切断した子どもも少なくありません。これら全ての要因が、この地域の人びとの心理的な状況を悪化させているのです」

がれきとなった建物で作業する人びと=2023年2月7日 © OMAR HAJ KADOUR
がれきとなった建物で作業する人びと=2023年2月7日 © OMAR HAJ KADOUR

昨年2月の震災の前から、シリア北西部ではすでに多くの人びとが紛争によって家を追われていた。そして地震により、仮住まいも食料も清潔な水も失ったのだ。
 
避難生活を送るヒンドさんはこう振り返る。

「砲撃がずっと続いていたので、私たちはイドリブの東にある故郷サラキブを離れました。何年も家を追われて安全な場所を探し、北へ向かいアフリンに落ち着きました。私たちの家には壁がなく、毛布をぶら下げて日よけと目隠しにしていました。夫は働いていましたが、食べるのがやっとでした。それから地震が起きて、私たちはまた全てを失ったのです」
 
イドリブで心のケアチームのリーダーを務めるオマル・アル・オマルは、地震後直後の数時間を忘れられないと言う。
 
「夜明けに、私はイドリブ県のサルカンに向かいました。建物は崩れて、がれきと化していました。何よりつらかったのは、がれきの下から助けを求める声が聞こえた時です。私は何もすることができませんでした。
 
その後、MSFが共同運営しているサルカン病院に行きました。中に入ると、病室や廊下に負傷者や遺体が横たわっている光景に愕然としました。立っていることもできず、地面に座り込んで涙を流しました。余震が続き、病院には次々と大勢の負傷者が運ばれてきました。あの夜のことは死ぬまで忘れられません」

多くの人びとが家族や家を失った=2023年2月7日 © Hadia  Mansour
多くの人びとが家族や家を失った=2023年2月7日 © Hadia  Mansour

いまだ大きい心理面の影響

震災前からシリア北西部の医療施設は資金不足に苦しみ、提供できるサービスも限られていた。地震によって55の医療施設が被害を受け、その機能を十分に果たせないままだった。医療支援だけでなく、この地域の人びとはトイレ、シャワー、暖房、防寒着、発電機、毛布、衛生用品キット、清掃用品など、あらゆるものを必要としていた。

最初の地震が発生してから数時間後、MSFは救急医療援助を開始。負傷者の治療を行うとともに、保管していた救援物資の配布を始めた。その後の数日間で、MSFは食料やテントなどの物資を積んだトラック40台を被災地に送った。また、水と衛生の専門家がトイレとシャワーを建設し、清潔な飲料水を提供した。

「緊急対応の急性期を経て、活動の焦点は仮住まいや食料、救援物資の提供や、医療、水と衛生へのアクセスを確保することに移りました。生活に必要なものの不足は、人びとの心に深刻な影響を及ぼすのです」とバリべは話す。

地震から1年が経ち、地震による物理的な被害は以前より目立たなくなったが、人びとの心理面の影響はいまだ大きい。

「地震以来、心的外傷後ストレス障害(PSD)や行動上の問題が、特に子どもたちの間で急増しています」とオマルは話す。
 

毛布や衛生用品などの物資を配布した=2023年2月8日 © MSF
毛布や衛生用品などの物資を配布した=2023年2月8日 © MSF

心のケア

MSFは2013年から、シリア北西部の人びとに心のケアの活動を行ってきた。震災後は緊急対応の一環として、総合的な心のケアの活動を展開。移動診療チームが80カ所で、心理的応急処置を行うほか、リスクの高い患者に専門的なカウンセリングを提供した。

また、災害の直後とその後の感情に対応できるよう、心のケアのセッションを行った。震災後、個人への心のケアを合計8,026件行った。

女性と子どもたちのための「安全な空間」

MSFはまた、女性や子どもたちが安心して過ごせる場所を提供するため、連携団体と協力し、アレッポ県北部とイドリブ県の4カ所で「安全な空間」プログラムを立ち上げた。この活動は現在も続いており、イドリブ県ではさらに3カ所が追加された。

これらの専用テントでは、絵を描いたりゲームをしたり、グループセッションに参加したりしている。特に何もせずに休むこともできる。静かに瞑想にふけったり、活発に会話したりと、女性や子どもたちが災害下の重圧から離れられる場所となっている。

これまでに約2万5000人の女性と子どもたちがこの空間を利用している。この内、体や心のさらなる対応が必要な1900人の女性と子どもたちを他の組織につなげた。

このスペースに頻繁に訪れるヒンドさんは、「ここでは苦しみも恐怖も忘れられます。子どもたちも一緒に来て遊んでくれています」と話す。

紛争と地震のがれきの中で暮らすシリア北西部の人びとは、今も清潔な水、食料、仮住まい、そして必要不可欠な医療へのアクセスを必要としている。
 
現地活動責任者のバリべはこう話す。「シリア北西部の人びとの生活環境を改善するためにより多くの援助が必要です。復興への道を開くためには、苦しみの根本に取り組まなければなりません」

イドリブの避難キャンプで暮らす人びと=2023年5月22日 © MSF
イドリブの避難キャンプで暮らす人びと=2023年5月22日 © MSF

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