栄養失調、心の傷、危ない出産……シリアの避難民女性に内戦のしわ寄せ

2022年04月15日
MSFが共同運営する病院で4人目の子どもを出産した避難民女性 © MSF/Abd Almajed Alkarh
MSFが共同運営する病院で4人目の子どもを出産した避難民女性 © MSF/Abd Almajed Alkarh

冷たい雨が降りしきるなか、お産を控えた女性が夫の運転するバイクで病院に到着した。ここはシリア北西部、イドリブ県にある国境なき医師団(MSF)の支援先病院。避難民のラティバさんは4児の母で、3人の子を内戦下で出産した。テントの中で子どもたちを育てる暮らしは苦労が絶えない。

再び妊娠したラティバさんは栄養失調を患っており、「めまい、高血圧、疲労感にいつも悩まされている」と話す。その苦しみは、シリアにいる数十万人の妊婦や母親が抱える共通のものだ(※)。
※2021年、シリアで妊娠・授乳期に重度の栄養失調(急性消耗症)に陥った女性の数は26万5000人にのぼる。(出典:2022 Humanitarian Needs Overview: Syrian Arab Republic, OCHA他)

避難民の8割は女性と子ども

人口400万人のシリア北西部には現在、270万人の避難民が暮らす。避難民の8割を占めるのは女性と子どもだ。11年にわたる内戦の影響を受けた住民は、多くが劣悪な環境で暮らし、食料不足にあえいできた(※)。女性の場合、さらに性暴力や早婚など、以前からあった問題でも追い詰められる。
※2022年の推計によると、シリアでは人口のおよそ54%に相当する1200万人が食料不安の状態にある(対2019年比で51%増)。


医療を受けるのにも大きな壁がある。治安が不安定なうえ、医療施設までの距離が遠く、診療費や交通費などの費用もかさむため。「遠方に住む女性が先日、(間に合わず)病院の入り口付近で出産したのです」と語るのは、MSF医療チームリーダーのキャロライン・マサンダ。地域に救急車がないため、女性は交通費を払えるまで来院をためらっていたのだという。「出産の遅れは、母親も赤ちゃんも合併症を引き起こす恐れがあり、懸念すべきことです」

MSFが共同運営する病院で、保育器の中の生まれたての赤ちゃん © MSF/Abd
MSFが共同運営する病院で、保育器の中の生まれたての赤ちゃん © MSF/Abd

シリアの戦争は、女性たちの心にもダメージを与えた。10代の少女を含む多くの女性が、不安やうつ、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状に悩まされている。5人の子をもつ避難民の母親(25歳)は、うつ状態にあったため精神科に紹介された。「彼女は悲しみに打ちひしがれ、生まれたばかりのわが子に母乳をあげられなくなっていました」とMSFの健康教育担当者は話す。

医療が足りていない背景

このようにシリア北西部では人道支援のニーズが高まり続けている。しかし、ぜい弱な医療体制には構造的な問題あり、資金不足が大きな課題だ。

避難キャンプでは、「母子医療が受けづらくなった」という女性たちの声が聞かれる。流産を経験したばかりの7児の母、ファティマさん(仮名)も、最寄りの病院で医師や看護師が減っていることに気づいた。「そのため、ほとんどの診療サービスを受けられない。娘が生まれた病院は閉鎖されました」

2021年、シリアではさまざまな医療施設やプロジェクトが資金を失い、活動の縮小や閉鎖を余儀なくされた。また、何百もの医療施設は戦闘によって損傷し、あるいは破壊されたままだ。多くの医療従事者が殺害され、生き残った人も国外に逃れた。必要な薬や医療物資はしばしば手に入らない。こうした背景が、妊娠中の女性や新生児に欠かせない医療サービスに悪影響を及ぼしている。

人道支援は明らかにニーズに追いついていない。シリア北西部の女性たちが健康に暮らせるように、リプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関する健康)も含め、命を救う活動への増資が急務だ。「いまこそ、女性たちの期待に応える時です」とMSFシリア活動責任者ファイサル・オマル医師は訴える。

MSFのシリアでの活動

北西部イドリブ県のMSFが支援する診療所で診察を待つ女性たち © MSF/Abd Almajed Alkarh
北西部イドリブ県のMSFが支援する診療所で診察を待つ女性たち © MSF/Abd Almajed Alkarh

MSFは2012年からシリア北西部でリプロダクティブ・ヘルス分野の診療(産前・産後・新生児ケア、帝王切開を含む分娩管理、婦人科診療、家族計画、心のケアなど)を行ってきた。2021年は対応を強化し、共同運営する3つの病院で分娩数が50%上昇、帝王切開による分娩数は3倍に増加した。アレッポ県とイドリブ県で計1万8000件以上の分娩を介助し、20万件以上の診療を行った。

このほか北西部では現在、7つの病院(やけど病棟1カ所を含む)と12の診療所、搬送用の救急車3台を支援。また、国内避難民キャンプで11の移動診療所を支援している。さらに100カ所近くの避難民キャンプで、水・衛生設備を改善する活動も実施。

シリア北東部では、12カ所で予防接種を支援。また、診療所や非感染性疾患のプログラム、外傷治療を行う移動診療、アルホール・キャンプで安全な飲み水を提供するための海水淡水化施設などを運営している。このほか非感染性疾患の診療所2カ所を運営し、収容所での結核治療を含む基礎診療を提供。さらに病院1カ所と救急処置室のある外来部門を支援し、栄養治療プログラムも開始した。

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