「もうどこにも安全な場所はない」シリア北西部、避難民キャンプすら爆撃の対象に

2020年01月16日掲載

 シリアにおける反政府勢力の最後の拠点である、北西部イドリブ県。昨年12月中旬から、シリア政府とその同盟軍がイドリブ県への攻勢を強化。毎日のように続く爆撃で、大勢の民間人が死亡し、数千人が避難を余儀なくされた。今年1月に入り停戦が合意されたものの、依然として予断を許さない状況だ。

昨年11月には、イドリブ県のカーにある国内避難民キャンプが爆撃を受け、8人の子どもの命が奪われた。「もうどこにも安全な場所はない——」シリアで国境なき医師団(MSF)の活動責任者を務めたハキム・ハルディが、その状況を伝える。

イドリブ県の国内避難民キャンプ=2019年7月 © MSFイドリブ県の国内避難民キャンプ=2019年7月 © MSF

Q. ロシアの支援を受けたシリア軍とさまざまな反政府勢力との紛争が、シリア北西部で続いています。11月20日に、カーで何が起きたのでしょうか。

11月20日夕方、カーの避難民キャンプにミサイルが撃ち込まれました。カー・キャンプはトルコ国境から5キロメートルの場所に2012年に設置され、約4000人の人びとが避難生活を送っています。イドリブ県保健局によると、8人の子どもを含む12人が亡くなり、58人が負傷しました。

多くのテントが爆撃で焼けてしまい、住まいがなくなった人たちは他のキャンプに移りました。何度もキャンプを移り渡り、カーにたどり着いてやっと安全になったと安心していた家族も、さらなる避難を強いられました。避難民の多くは、さらに国境に近いアトメ村のキャンプに避難しました。
 

Q. 今回、避難民キャンプが狙われました。これまでとどのような違いがあるのでしょうか。

これまで、このような攻撃はありませんでした。国境にこれほど近い場所が爆撃されたのはこれが初めてです。

以前は国境への近さが民間人を守ってくれると思われていました。しかし、安全だと思われていた場所がもう安全ではなくなったのです。

国境近くということは、病院にとっても大事な点です。アトメ村にあるMSF病院は、トルコ国境に近い場所に位置しているため、他の医療機関と違いこれまで無傷でした。2012年にMSFが開いたこの病院だけが、反政府勢力支配圏である北西部で唯一、やけど患者専門の治療を行える医療機関だったのです。8年弱もの間ずっと開院できていたのは、所在地が国境付近で、空爆から守られていたからです。
 

Q. イドリブ県内の他の地域の状況を教えてください。

昨年3月末に、シリア政府軍とロシア同盟軍は大規模な軍事作戦を開始しました。ジハーディスト(聖戦主義者)勢力であるHTSと、シリア当局が「テロリスト」と呼ぶ集団を相手に、イドリブ県南部で8月末まで攻撃を続けていました。

その攻撃の中で、医療機関、学校、モスク、市場は全て爆撃されました。医療機関の空爆は日常茶飯事です。援助に関する情報収集を行っているシリアのNGO「インフォメーション・マネジメント・ユニット」によると、2019年3月1日から8月24日にかけて、診療所や病院など34の医療機関が、イドリブ県と近隣のハマー県とアレッポ県で爆撃を受けました。

これらの軍事作戦で、人びとは空爆が比較的少なかったイドリブ県北部に追いやられました。イドリブ県北部のデルハッサン地域にある仮設キャンプで医療援助に当たっていたMSFチームは、軍事作戦が行われている間中、避難者が到着し続けた様子を目撃しています。

空爆から逃れてきた人びとに移動診療を提供(イドリブ県北部デルハッサン)=2019年5月 © MSF空爆から逃れてきた人びとに移動診療を提供(イドリブ県北部デルハッサン)=2019年5月 © MSF

10月初旬にはシリア北東部に新たな戦線ができたため、イドリブ県に住んでいた人は事態の鎮静化も期待していました。

しかし安定は訪れていません。イドリブ県の爆撃は止むことなく、またもや12月からサラキブ市とマアラト・ヌマンが標的にされだしました。人口密集地を狙った殺戮(さつりく)目的の攻撃に、民間人は恐怖を覚えています。
 

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